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6章 時に囚われた皇女

#11-3.目的を捨て彼は      を選んだ

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 彼の悲劇は、ここから再び鎌首をもたげようとしていた。
次に見えた光景。それは、ひどくじめっとした城の中であった。
イグドラシルとは違う景色。
世界はシャルムシャリーストークへと変わっていた。

「貴方が、ラミアの話していた客人とやらですか? 確か、伯爵とかいう――」
そこに座していたのは、黒髪の、若いローブ姿の男だった。
目元まで深く被ったフードの所為でよくは分からないが、声質は高く、少年のよう。
おっとりした口調の中に、刺す様な鋭い威圧感が込められていた。
「ああ、そうだ。ここへは、君が魂を探索する能力を持った人形を作る事ができると聞いて、訪れた」
そんな威圧をものともせず、伯爵は笑いかける。
「……人形を、ね……」
伯爵の言葉に、考えるように顎に手をやる。
「確かに、私は貴方の求めるモノを作る事が出来るでしょう。ですが、それも材料あっての事」
「無論、そちらの求める材料はこちらで用意しよう。協力して欲しい」
真摯な眼差しで自分の様子を窺う伯爵。
彼――ネクロマンサーは、そんな男の様子に並々ならぬものを感じ、考える。
(ここでこの男に助力する事は容易い。この男が望むものを与えてやれば、彼は満足するだろうが……)
協力のための代償に何を求めてやろうか。
見ればこの男は顔も悪くないし、洗脳して自分の夜の相手でもさせてやろうか。
そんな、善くない考えに及んだあたりで、ふと、伯爵の後ろに控えていた侍女に目が行った。

「……!!」

 それは、とても美しい魂だった。彼が今まで見た事すらないような、穢れ一つ無い純粋なる魂。
それを内包する人の形も眼を奪われるほどに美しかったが、彼は魂の美しさに完全に心奪われてしまった。
「……?」
その視線を受けてか、侍女もネクロマンサーの顔を見る。
自然、視線が交差し、互いに互いの表情が見える。
「……その」
ネクロマンサーは、そのままではいられなくなっていた。
本来同性愛者である彼に、女の魅了チャームは一切効果をなさないはずなのに。
目が合っただけで、彼は思春期の少年のようにどもってしまっていた。
「その、後ろの女性は……?」
視線を無理矢理伯爵に戻し、侍女を指差し問いかける。
「これは私の侍女。ヴァルキリーだが。それが何か?」
ネクロマンサーが何を問おうとしているのか解らず、伯爵は聞かれたままのことを答える。
「いえ……そうですか。ヴァルキリー、と――」
何度も噛む様に口の中でその名を唱え、覚える。
名前の響きすら彼には心をときめかせる何かとなっていた。
自然、頬は赤く染まる。
「どうかしたのか?」
流石に様子がおかしいと感づき、伯爵は近寄ろうとする。
「いえ、何でもありません」
ネクロマンサーは顔を右手で隠しながら、左手を前に出し、それを制した。


「自動人形の材料として、基本的に必要なものがいくつかあります」
「聞かせてくれ」
しばし沈黙の後、ようやく平静を取り戻したネクロマンサーは、それでもヴァルキリーの方をちらちらと見ながら説明を始めた。

「一つは、生成する為に大量の魔力が必要となります。私自身も消耗しますが、同時に人形自身にも最初は魔力を注いでやる必要があるのです」
「それに関しては問題ない。私が魔力を提供しよう」
「そうですか。まあそれに関しては何の心配もしてませんでしたが」

「二つ目。とても美しい女性が一人以上必要です。自動人形とはあくまで人形ですから、ガワの部分を形成する為に魂と親和性の高い生物的な材料が必須となります」
「それは……つまり、生贄が必要ということか?」
「そうなります。人間でも魔族でも神でも構いません。美しい女であれば問題ないので用意してください」
「ううむ。解った」

「最後に、貴方の事を愛する者の魂。自動人形とは生物の魂を核として構成される人形ですが、これには人格が備わります。マジックアイテムとして活用するなら、その人格は道具となって尚『貴方の役に立ちたい』と願えるほどに本気の愛を抱く魂でなくてはなりません」
ここまでそれほど疑問も感じず問題点をクリアした伯爵であったが、これに関しては思うところあってか、考え始めてしまう。
「……私を愛する女だと?」
「女である必要はありませんが、そういった魂を持つことは必須です」
「それは困ったな……」
ネクロマンサーは当たり前のように言ってくれるが、伯爵にはそんな相手の覚えは全く無かった。
「何がお困りで?」
「私には、私を愛してくれる者など誰一人としていないからな。というか、今の私にはこのヴァルキリー以外、何も無いのだ」
後ろに控える侍女を指しながら、苦笑してしまう。
「しかし困ったな。女に愛された事なんてないから、それがどういうことなのかよく解らんぞ?」
「……そうなのですか?」
拍子抜けしてあっけに取られたのはネクロマンサーであった。
相応の覚悟あって自分の元に訪れたものと思っていたのだが、愛のなんたるかも解らずに困り果てているのだ。
ネクロマンサー自身、どうしたらいいのかよく分からなくなってしまう。
「ああ。女を愛した事などないし、女に愛された事もない。いや、忠義も愛だというならそれはあるが……しかしなあ」
ヴァルキリーを見ながら、あーでもないこーでもないと一人ごちる伯爵。
ヴァルキリーはというと、その主の様子にさほど傷ついた様子もなく、澄まし顔で控えていた。
「……とりあえず、それらが揃わずには人形の製作は不可能です。私の方にも材料が余っているわけではありませんので、それはなんとかそちらで用意してもらわないことには……」
「ああ、解った。すまないが、少しの間待っていてくれ。こちらのほうで何か考えてみる」
軽く手を挙げ「じゃあ」と、まるで友達のように去っていく伯爵とその侍女に、ネクロマンサーはぽかんとしたままその背を見つめていた。


「いや、困ったな。まさかここであんな事を言われるとは思いもしなかった」
ネクロマンサーの城を背にし、苦笑しながら、頭をぽりぽりと掻き、伯爵は笑う。
目的のモノが手に入らないというのに、それほど困った様子も感じられず。
そんな主に、侍女は心配そうに視線を向ける。
「主様。お困りでしたら……」
「いや、困ってはいるが……だが、同時にありがたいとも思ってしまった」
「……?」
主の言葉に、それが理解できないのか、侍女は頭にクエスチョンを浮かべる。
「私を想ってくれる者を犠牲になどしたくないしな……あいつの事は、もういいんじゃないかと思ったんだ」
遠い遠い旅路。二人きりの長い旅は、さまざまな出会いやさまざまな冒険とともに、彼の心から初心を薄れさせていた。
「主様……?」
「ネクロマンサーの前ではおどけて見せたがな、私は、お前を犠牲にしてまで勇者を探したいとは思わない。どうしてもそうしなければならないなら、もう仕方ない。諦める他ないだろう?」

 ずっと長い事一緒にいたのだ。
侍女が、その風を装ったヴァルキリーが何を思い、何を考え、何を抱いてずっと傍に寄り添ってくれたのか。
長い長い旅路の中、伯爵はそれはもう、理解しているつもりだった。
それを手放すつもりは、毛頭無かった。

「ですが、それでは主様の願いは……主様の存在が嘘になってしまいますわ」
「私も、ここにくるまでに随分、歳を取ってしまった。これから先、途方も無く長い旅の末にあいつと会えるのだとして、会えた時に私はどうなっているのだろうと思うと……それはそれで、怖い」
自らの手を見る。伯爵の手はまだまだ力が溢れ、握り締めれば相応の圧も掛かるが、それでも若かりし日と比べ、生気が薄れ始めていた。
――どんな生物にも老いは等しく訪れる。彼はそれを悟っていた。
「会えるならまだ良い。だが、お前を犠牲に人形を得て……それでも尚、奴と会えなかったなら……会う前に私が倒れてしまったら、これほど救いの無い事はない」

 ヴァルキリーと出会ったばかりの頃の彼は青年になったばかりだった。
魔王の座を捨て、彼女と旅を始めたのは大人に差し掛かった頃か。
そして今、彼は、中年とも言える外見になろうとしている。
まだ若さはある。彼の人生が人間で言う中年に差し掛かったあたりなのだとしたら、このまま老齢になり、余生を楽しむ位の余地が残されているはずだった。

「残りの人生を、この世界で過ごすのも悪くない。お前と二人なら、決して退屈せずに過ごせるだろう――」

 だが、彼はその余生を、ここで過ごすつもりだった。
景色を見渡せば、そこには未知の世界が広がっていた。
自分たちにとって見れば訪れたばかりの、未だ未踏の世界。
強い力を持つ自分たちならば、どのような世界でも苦労なく、楽しんで過ごせるだろう、と。
何かを諦めたように笑う主に、しかしヴァルキリーは頬を緩める。

「――ありがとうございます。貴方様にそう想っていただけること。とても幸せに感じますわ」

 無機質な表情に感情が戻り、伯爵はその笑顔に心奪われてしまう。

「……お前、そんな表情もできたんだな」

 長く一緒にいた彼女の、初めて見る笑顔であった。
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