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第3章
第53話 名津と悠
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慕わしい唇が頬に触れて、はっとした。
「な、つ……?」
「あれ、起こしちゃった?ごめん、静かにしたつもりだったのに」
懐かしいほのかな甘い匂いが全身を包み、眼前には名津が大学生の頃に買ってくれたダブルサイズのベッドがあった。
「…って、いうのは嘘。そろそろ起きないかなー、起きて欲しいなーって思ってキスしちゃった」
ほころぶ名津の左手には、俺専用のマグカップが握られていた。その中には、俺の好きな温かいココアが入れられている。
なつに促されるまま、マグカップを口元へ運んだ。
「……あったかい…」
「ふふ」
そう言うと、名津は俺の額に口付けをした。春の温かな日に、日向ぼっこをしているかのような温もりを感じる。座っているベッドは眩しいくらいに白く、俺を優しく包み込んでいる。
「ねえ、俺にもちょっとちょうだい?」
真っ白で温かいマグカップを、名津の方へ差し出す。
「口移しで欲しい……ダメ?」
名津の眸子はいつも美しく、物乞いをする子犬のようだ。俺はこの視線から逃れられたことがない。
「えっ、口移し……?」
「うん、お願い!」
気恥ずかしいので、断りたい。だが、逸らした視界の中に、また可愛らしい子犬が入ってきた。
ため息を吐き、覚悟してココアを口に含む。そのまま喉を下降しないように、舌でココアを押さえながら、顔を名津の方へゆっくりと動かす。
名津の口元を見続けていると、吸い込まれそうになる。程よく血色が良く、その縦皺は色気を醸し出す。
「んっ……」
名津の唇に、ココアで湿った俺の唇を添え、舌で堰き止めていたココアを注ぎ込む。
名津の口角を伝うココアが、首、鎖骨を濡らしていく。濡れた喉元がゴクっと鳴き、おかわりをせがむように口腔を舌が這い回る。甘ったるいココアで覆われた口腔を、丁寧に舐めとるように名津の舌が這い回る。
「んっ…な、つっ…」
骨ばって大きい名津の手が、俺の身体に熱をもたらす。心臓を愛撫するように、中心の突起を何度もくすぐる。熟れた蕾から全身に熱が行き渡り、俺の頬が紅を潮した。
もっと触れて欲しくて、自身の手が名津へ伸ばされたそのとき、玄関ドアのチャイムが部屋中に鳴り響いた。
磁石のようにくっついていた唇が剥がされ、名津は吸い寄せられるように玄関へ向かった。
「え……な、名津!待ってくれ!」
声を張り上げて叫んでみたが、名津は全く振り返ろうとしない。
「名津!行かないで!お願い!」
俺は名津を追いかけようとしたが、何故か足に力が入らずこの場から離れられない。懸命に右手を伸ばしたが、名津はどんどん離れて行く。
「名津……、名津っ!」
何故こんなに懸命に名津を呼んでいるのか、自分でも分からない。荷物を受け取ったら、こちらに戻ってくるだろうに。
……いや、名津は二度と戻ってこないのだった。俺は名津と、別れたんだった。俺は日本に居て、名津はアメリカにいる。もう二度と会えないから、こんなにも必死に名津を呼んでいるんじゃないのか。
ーー
はっと目を開けると、心配そうに覗く人影が視界に入り心臓が跳ねた。
「うわっ!……あっ…しょ、所長……?」
「大丈夫……?うなされていたようだけど……」
そうだ。今日は入社式で、途中で離席し休憩室で休んでいたのだった。目の前には、その休憩室に連れてきてくれた名津の兄、悠所長の心配そうな顔があった。
「もっ…申し訳ありません。ゆっくり休ませていただきました。もう大丈夫です」
起き上がると頬に冷たさを感じ、触れるとかすかに濡れていた。所長に気づかれないように、慌てて拭い取った。
「……家まで送るよ」
「えっ……。いや本当に大丈夫です」
「大丈夫には見えないよ。ほら、行こう」
所長は、サイドテーブルにまとめて置いてあった資料や俺のバッグをさっと持ち、そのまま部屋から出て行った。
「な、つ……?」
「あれ、起こしちゃった?ごめん、静かにしたつもりだったのに」
懐かしいほのかな甘い匂いが全身を包み、眼前には名津が大学生の頃に買ってくれたダブルサイズのベッドがあった。
「…って、いうのは嘘。そろそろ起きないかなー、起きて欲しいなーって思ってキスしちゃった」
ほころぶ名津の左手には、俺専用のマグカップが握られていた。その中には、俺の好きな温かいココアが入れられている。
なつに促されるまま、マグカップを口元へ運んだ。
「……あったかい…」
「ふふ」
そう言うと、名津は俺の額に口付けをした。春の温かな日に、日向ぼっこをしているかのような温もりを感じる。座っているベッドは眩しいくらいに白く、俺を優しく包み込んでいる。
「ねえ、俺にもちょっとちょうだい?」
真っ白で温かいマグカップを、名津の方へ差し出す。
「口移しで欲しい……ダメ?」
名津の眸子はいつも美しく、物乞いをする子犬のようだ。俺はこの視線から逃れられたことがない。
「えっ、口移し……?」
「うん、お願い!」
気恥ずかしいので、断りたい。だが、逸らした視界の中に、また可愛らしい子犬が入ってきた。
ため息を吐き、覚悟してココアを口に含む。そのまま喉を下降しないように、舌でココアを押さえながら、顔を名津の方へゆっくりと動かす。
名津の口元を見続けていると、吸い込まれそうになる。程よく血色が良く、その縦皺は色気を醸し出す。
「んっ……」
名津の唇に、ココアで湿った俺の唇を添え、舌で堰き止めていたココアを注ぎ込む。
名津の口角を伝うココアが、首、鎖骨を濡らしていく。濡れた喉元がゴクっと鳴き、おかわりをせがむように口腔を舌が這い回る。甘ったるいココアで覆われた口腔を、丁寧に舐めとるように名津の舌が這い回る。
「んっ…な、つっ…」
骨ばって大きい名津の手が、俺の身体に熱をもたらす。心臓を愛撫するように、中心の突起を何度もくすぐる。熟れた蕾から全身に熱が行き渡り、俺の頬が紅を潮した。
もっと触れて欲しくて、自身の手が名津へ伸ばされたそのとき、玄関ドアのチャイムが部屋中に鳴り響いた。
磁石のようにくっついていた唇が剥がされ、名津は吸い寄せられるように玄関へ向かった。
「え……な、名津!待ってくれ!」
声を張り上げて叫んでみたが、名津は全く振り返ろうとしない。
「名津!行かないで!お願い!」
俺は名津を追いかけようとしたが、何故か足に力が入らずこの場から離れられない。懸命に右手を伸ばしたが、名津はどんどん離れて行く。
「名津……、名津っ!」
何故こんなに懸命に名津を呼んでいるのか、自分でも分からない。荷物を受け取ったら、こちらに戻ってくるだろうに。
……いや、名津は二度と戻ってこないのだった。俺は名津と、別れたんだった。俺は日本に居て、名津はアメリカにいる。もう二度と会えないから、こんなにも必死に名津を呼んでいるんじゃないのか。
ーー
はっと目を開けると、心配そうに覗く人影が視界に入り心臓が跳ねた。
「うわっ!……あっ…しょ、所長……?」
「大丈夫……?うなされていたようだけど……」
そうだ。今日は入社式で、途中で離席し休憩室で休んでいたのだった。目の前には、その休憩室に連れてきてくれた名津の兄、悠所長の心配そうな顔があった。
「もっ…申し訳ありません。ゆっくり休ませていただきました。もう大丈夫です」
起き上がると頬に冷たさを感じ、触れるとかすかに濡れていた。所長に気づかれないように、慌てて拭い取った。
「……家まで送るよ」
「えっ……。いや本当に大丈夫です」
「大丈夫には見えないよ。ほら、行こう」
所長は、サイドテーブルにまとめて置いてあった資料や俺のバッグをさっと持ち、そのまま部屋から出て行った。
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あやさん、いつもありがとうございます😊免許取得、早すぎましたね笑 引き続きよろしくお願いします✨
あやさん、いつもありがとうございます😊佐野が表紙の雑誌、欲しいなと思ってしまいました…✨引き続きよろしくお願いします🙇♀️