31 / 54
第1章
第30話 コッペパンと嫉妬
しおりを挟む
体育の授業中にバスケットボールが頭に当たり、鼻血も出たので保健室で休んでいた。幸い怪我は大したことなく、次の授業から通常通り受けることができた。
体育の授業中に、自身の中に仕込んだローターのことばかり考えていたから、このようなことになったのだ。次の授業からは反省し、ローターは外して授業を受けた。
「りょう、ごめん。今日は部活終わるの遅いから、家まで送れない…」
「問題ない。佐野は部活に集中してくれ」
「ごめんね…あ、優心さんに迎えに来てもらう?」
「いや、大丈夫だ。少し自習室へ寄ってから帰るから」
名残惜しそうな佐野を見送ってから、少し勉強をして帰路に就いた。
「寒い……」
夕方になるとぐっと冷え込み、耳が冷たくなっていくのが分かる。
「あ……」
校門に寄りかかって、誰かを待っているような井沢がいた。
「井沢、もう遅いから早く帰った方がいいぞ。誰か待っているのか?」
「委員長のこと待ってた。今日は家まで送る」
「……今日のことはもう何ともないから、気にしなくていい」
今日の体育の授業中に、俺にバスケットボールをぶつけたのは井沢だ。ただ、井沢はわざとではないし、俺が呆けていたのも悪い。
「それでも、俺が納得できないから、家まで送らせて欲しい」
「……分かった、ありがとう」
人の好意を無下にするのは良くないし、一緒に帰るだけなら問題ないだろう。
ただ、やはり井沢と2人きりというのは気まずい。何を話せばいいのだろう。佐野と2人きりだと、こんなふうに困ったことがないことに、今更ながら気付いた。
「あ…あの……井沢は、バスケやってるのか?」
「え、なんでそう思うの?」
「いや、今日の体育で活躍してただろ?バスケ経験者なのかと思って」
「……中3までは、バスケ部だったよ」
「え、そうなのか…」
ということは、井沢は少し前まで佐野と同じ部活だったのか。井沢は今、何の部活にも所属していないはずだ。なぜバスケ部を辞めたのだろうか。気になるが、訊いても井沢は答えてくれないだろう。
「あのさ、これ。食べたことある?」
井沢が差し出したのは、コッペパンだった。
「いや、一度も買えたことがないな」
このコッペパンは、安くて美味いと学内で人気No.1の学食だ。昼食時はもちろん、夕刻も販売されているが、いつもすぐに売り切れるので購入できたことがなかった。
「あげる。今日たまたま買えたから」
「え!いいのか?」
「いいよ」
「……ありがとう!」
実は結構食べてみたかったのだ。井沢のおかげで、人気のコッペパンに初めてありつけそうだ。
コッペパンはそっとバッグにしまって、井沢と自宅へ向かった。その道中は、新しい担任のことやこの間の期末テストのことで、会話が弾んだ。単純だが、コッペパンをもらえて俺のテンションは少し上がっていた。
体育祭の接吻事件から井沢に苦手意識があったが、話してみると落ち着きのある声や態度が安心できると感じた。陽キャの苦手なノリがないのも良い。
「今日はありがとう」
「いや……じゃあ、また」
「ああ、また明日」
井沢との時間は思った以上に楽しく、あっという間に自宅に着いた。帰宅すると優心が夕食の支度をしていたので、手伝いながら今日の出来事を話す。
「そのコッペパン、父さんも一口欲しい!」
「ああ、半分にしよう」
井沢からもらったコッペパンは、ふんわりとしていて軽い。半分に切ると、中には白いクリームが入っていた。
頬張ると、焼き立てのようにふんわりとしていて、クリームがほんのり甘く素朴な美味しさがある。
「おいしいね」
「ああ」
井沢は俺への謝罪のつもりでコッペパンをくれたのだろうか。ここまでしてもらうとは、逆に申し訳ない。何かお礼をしなければ。
コッペパンを食べ終わると、玄関のチャイムが鳴った。
「あれ、武が鍵でも忘れたか?」
「あ、そうだ!今日佐野くんが来るんだった」
「え?佐野が?」
佐野は今日家に来るなんて言ってなかったが、何かあったのだろうか。優心が急いで玄関扉を開けに行った。
「佐野!どうしたんだ?」
「会いたかったから、会いに来ただけ」
ニカっと破顔した佐野の顔は、部活動での疲れを感じさせない清々しさがあった。
慣れたもので、佐野は我が家の食卓に家族のように参加している。
「佐野くんは、学校のコッペパン食べたことある?」
優心は、先ほどのコッペパンがやけに気に入ったようだ。佐野にもコッペパンのことを訪ねている。
「コッペパン…?ああ、あの人気の。何度かありますよ」
「今日りょうが持って帰ってきてくれてさ、初めて食べたんだけど。めちゃくちゃ美味しいね!」
「りょう、コッペパン買えたんだ!」
「いや、買えたというか……もらった……」
別にやましいことは何もないが、なぜか小声になってしまう。
「もらったんだ。へぇー…」
ニヤニヤしながらこちらを見るだけで、佐野はそれ以上何も訊いてこない。
俺のフェロモンの微かなにおいにも気づく、野性的な感を持ち合わせている佐野のことだ。いろいろと察していることがあるだろうが、何も言ってこないのが逆に怖い。
「デザートにイチゴがあるんだけど、部屋に持ってく?」
「はい、ありがとうございます!」
優心が洗ってくれたイチゴを持って、佐野はさも当然のように俺の部屋に向かっている。その後ろ姿に付いて部屋に入ると、扉を背に右肩を押さえつけられた。
「さっき優心さんが言ってたコッペパン、美味しかった?」
「えっ……あ、ああ。美味しかった……」
「誰にもらったの?」
「その……井沢に……」
「ふーん。もしかして、家まで来た?」
何か分からないが、恐怖で声が出てこない。別に佐野に隠す必要もないのだろうが、これ以上何も言ってはいけない気がする。
「…………」
「なんで黙ってるの?」
「……来た。でも玄関前までだし、家の中には入っていない」
「そうなんだ」
佐野は部屋の中央にあるテーブルにイチゴを置いて、座った。
「今日、りょうに一緒に帰れないって言ったとき、寂しそうだったのが気になって家に来たんだよね」
「そう、か……」
「でも、春久と一緒に帰ったってことは、寂しくなかったんだよね。なら良かった」
佐野は破顔しながら、手招きをした。
「一緒に食べよう」
井沢と一緒に帰ったことを、佐野に咎められるかと思っていたが、大丈夫そうだ。
「ああ」
俺は安堵して佐野の隣に腰を下ろした。その途端、今度は両肩を掴まれ床に押し倒された。
「…って、俺がそんな大人な対応できると思った?俺16歳だもん。りょうの言う通り子供だから、めちゃくちゃ怒ってるよ」
「……佐野を怒らせるつもりはなかったんだ、申し訳ない」
「俺の嫉妬心を舐めてもらっちゃ困るよ、りょう」
すごい力で佐野に押さえつけられ、身動きが取れない。そのまま佐野は猛々しい口付けを始めた。
体育の授業中に、自身の中に仕込んだローターのことばかり考えていたから、このようなことになったのだ。次の授業からは反省し、ローターは外して授業を受けた。
「りょう、ごめん。今日は部活終わるの遅いから、家まで送れない…」
「問題ない。佐野は部活に集中してくれ」
「ごめんね…あ、優心さんに迎えに来てもらう?」
「いや、大丈夫だ。少し自習室へ寄ってから帰るから」
名残惜しそうな佐野を見送ってから、少し勉強をして帰路に就いた。
「寒い……」
夕方になるとぐっと冷え込み、耳が冷たくなっていくのが分かる。
「あ……」
校門に寄りかかって、誰かを待っているような井沢がいた。
「井沢、もう遅いから早く帰った方がいいぞ。誰か待っているのか?」
「委員長のこと待ってた。今日は家まで送る」
「……今日のことはもう何ともないから、気にしなくていい」
今日の体育の授業中に、俺にバスケットボールをぶつけたのは井沢だ。ただ、井沢はわざとではないし、俺が呆けていたのも悪い。
「それでも、俺が納得できないから、家まで送らせて欲しい」
「……分かった、ありがとう」
人の好意を無下にするのは良くないし、一緒に帰るだけなら問題ないだろう。
ただ、やはり井沢と2人きりというのは気まずい。何を話せばいいのだろう。佐野と2人きりだと、こんなふうに困ったことがないことに、今更ながら気付いた。
「あ…あの……井沢は、バスケやってるのか?」
「え、なんでそう思うの?」
「いや、今日の体育で活躍してただろ?バスケ経験者なのかと思って」
「……中3までは、バスケ部だったよ」
「え、そうなのか…」
ということは、井沢は少し前まで佐野と同じ部活だったのか。井沢は今、何の部活にも所属していないはずだ。なぜバスケ部を辞めたのだろうか。気になるが、訊いても井沢は答えてくれないだろう。
「あのさ、これ。食べたことある?」
井沢が差し出したのは、コッペパンだった。
「いや、一度も買えたことがないな」
このコッペパンは、安くて美味いと学内で人気No.1の学食だ。昼食時はもちろん、夕刻も販売されているが、いつもすぐに売り切れるので購入できたことがなかった。
「あげる。今日たまたま買えたから」
「え!いいのか?」
「いいよ」
「……ありがとう!」
実は結構食べてみたかったのだ。井沢のおかげで、人気のコッペパンに初めてありつけそうだ。
コッペパンはそっとバッグにしまって、井沢と自宅へ向かった。その道中は、新しい担任のことやこの間の期末テストのことで、会話が弾んだ。単純だが、コッペパンをもらえて俺のテンションは少し上がっていた。
体育祭の接吻事件から井沢に苦手意識があったが、話してみると落ち着きのある声や態度が安心できると感じた。陽キャの苦手なノリがないのも良い。
「今日はありがとう」
「いや……じゃあ、また」
「ああ、また明日」
井沢との時間は思った以上に楽しく、あっという間に自宅に着いた。帰宅すると優心が夕食の支度をしていたので、手伝いながら今日の出来事を話す。
「そのコッペパン、父さんも一口欲しい!」
「ああ、半分にしよう」
井沢からもらったコッペパンは、ふんわりとしていて軽い。半分に切ると、中には白いクリームが入っていた。
頬張ると、焼き立てのようにふんわりとしていて、クリームがほんのり甘く素朴な美味しさがある。
「おいしいね」
「ああ」
井沢は俺への謝罪のつもりでコッペパンをくれたのだろうか。ここまでしてもらうとは、逆に申し訳ない。何かお礼をしなければ。
コッペパンを食べ終わると、玄関のチャイムが鳴った。
「あれ、武が鍵でも忘れたか?」
「あ、そうだ!今日佐野くんが来るんだった」
「え?佐野が?」
佐野は今日家に来るなんて言ってなかったが、何かあったのだろうか。優心が急いで玄関扉を開けに行った。
「佐野!どうしたんだ?」
「会いたかったから、会いに来ただけ」
ニカっと破顔した佐野の顔は、部活動での疲れを感じさせない清々しさがあった。
慣れたもので、佐野は我が家の食卓に家族のように参加している。
「佐野くんは、学校のコッペパン食べたことある?」
優心は、先ほどのコッペパンがやけに気に入ったようだ。佐野にもコッペパンのことを訪ねている。
「コッペパン…?ああ、あの人気の。何度かありますよ」
「今日りょうが持って帰ってきてくれてさ、初めて食べたんだけど。めちゃくちゃ美味しいね!」
「りょう、コッペパン買えたんだ!」
「いや、買えたというか……もらった……」
別にやましいことは何もないが、なぜか小声になってしまう。
「もらったんだ。へぇー…」
ニヤニヤしながらこちらを見るだけで、佐野はそれ以上何も訊いてこない。
俺のフェロモンの微かなにおいにも気づく、野性的な感を持ち合わせている佐野のことだ。いろいろと察していることがあるだろうが、何も言ってこないのが逆に怖い。
「デザートにイチゴがあるんだけど、部屋に持ってく?」
「はい、ありがとうございます!」
優心が洗ってくれたイチゴを持って、佐野はさも当然のように俺の部屋に向かっている。その後ろ姿に付いて部屋に入ると、扉を背に右肩を押さえつけられた。
「さっき優心さんが言ってたコッペパン、美味しかった?」
「えっ……あ、ああ。美味しかった……」
「誰にもらったの?」
「その……井沢に……」
「ふーん。もしかして、家まで来た?」
何か分からないが、恐怖で声が出てこない。別に佐野に隠す必要もないのだろうが、これ以上何も言ってはいけない気がする。
「…………」
「なんで黙ってるの?」
「……来た。でも玄関前までだし、家の中には入っていない」
「そうなんだ」
佐野は部屋の中央にあるテーブルにイチゴを置いて、座った。
「今日、りょうに一緒に帰れないって言ったとき、寂しそうだったのが気になって家に来たんだよね」
「そう、か……」
「でも、春久と一緒に帰ったってことは、寂しくなかったんだよね。なら良かった」
佐野は破顔しながら、手招きをした。
「一緒に食べよう」
井沢と一緒に帰ったことを、佐野に咎められるかと思っていたが、大丈夫そうだ。
「ああ」
俺は安堵して佐野の隣に腰を下ろした。その途端、今度は両肩を掴まれ床に押し倒された。
「…って、俺がそんな大人な対応できると思った?俺16歳だもん。りょうの言う通り子供だから、めちゃくちゃ怒ってるよ」
「……佐野を怒らせるつもりはなかったんだ、申し訳ない」
「俺の嫉妬心を舐めてもらっちゃ困るよ、りょう」
すごい力で佐野に押さえつけられ、身動きが取れない。そのまま佐野は猛々しい口付けを始めた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる