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ついに16歳

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やまいを一気にまき散らすなら、人が集まる場所を狙うだろうねぇ。となると、北のグレイジャーランド帝国は2日後に帝都で行われる、トゥリの毒婦・・・あ、「星華」ってのの宿主だよ。その公開処刑時を狙うだろうから、まだ猶予がある。南のガンガーラ国はここ数年、王宮から治癒術師を一掃した挙句に、国を挙げて薬師を育成していて、光教会の治癒術に頼らない国を作ろうとしてるところでね。国内の使徒がかなり減ってるんだ。そんなところへ新たに使徒が産まれたならすぐに噂になるだろうし、今のところ僕の情報網にも、ペンタクロム伯爵のとこにも引っかかってきていないから、「日華」とやらはまだ降りてきてないんじゃないかな」

 転生やゲーム云々うんぬんはもちろん省いて。「狂乱の華」と呼ばれる真白たちの企みと、その際にばら撒くと予想される病について説明した結果、モノクロード国の暗部の頭領、ペンタクロム伯爵の実子であるレオンが惜しみなく情報を披露してくれました。
 実の父親を伯爵呼びするところに引っかかりを覚えなくもないですが、恋人等の深い関係でもないのにそこまで踏み込むのはどうかと思いますので、流すことにします。

 砂漠のど真ん中、不安定な砂地の上に立ってあれやこれや話すのは、時折砂混じりの突風が吹くのもあって、意外に苦痛でした。そのため、現在はオアシスを囲む巨石の中、池のほとりへ移動し、クラウドがどこからともなく取り出して用意したテーブルセットに腰かけて、優雅に紅茶とお菓子を頂いています。
 夜の砂漠の冷気にさらされた体へ、温かい紅茶が染みわたるぅ。

「問題はねぇ・・・ガンガーラ国を出た使徒が、だいぶモノクロード国うちに流れてきてることでさ。しかも人が集まっているところを狙うなら、明日なんだよね。卒業生がいるやしきの前で真っ昼間から酒や軽食を振舞う習慣があるし、それにあずかる都民たちで王都はお祭り騒ぎになる。もしくは1月後の建国記念日なんだけど、宿主がアリエスクラート卿・・・あ、側妃様の弟君のお名前ね。なら、絶対に側妃様を巻き込んだりしないと思うんだ。卿の側妃様崇拝は有名な話だし」

 ほうほう。アリエスクラート卿はシスコンとな。

 ブラコンの自覚がある自分と通じるところへ勝手に共感を抱いていると、私がマドレーヌを狙っていることに目ざとく気付いたレオンが、隣に座る私の口元へフォークに刺したそれを持ってきて「あーん」をしてきました。
 主従の誓いはどこへ行ったのでしょうか? いや、でもご主人様「どうぞ」ならアリなのかも? いやいや、子供でもあるまいしナシでしょう! と結論を出しつつ、それを無視して正面に座るレイチェル様へ視線を向けます。

 しかしこちらはこちらで、姿を隠す気もなく堂々とレイチェル様を膝の上に座らせ、冷気に震える彼女を包み込むように背後から抱きしめているメディオディアの恍惚とした表情が目に入って、胸やけがしました。今なら砂糖が吐けそうな気分になりながら、どこへ向けようかと視線を彷徨わせます。

 私としてはこんなところでお茶をしている場合ではないと思うのですが、「これからの方針も決まっていないのに態々わざわざ敵のふところへ飛び込むのはおろかだと思うよ」と、悪魔にわらわれまして、今に至っております。その際「君らしいけどね」とも言われましたので、いつもの失敗の原因がそこにあるのだと自覚した次第であります。
 つまり、私が行き当たりばったりの考えなしだという事ですね。いえ。わかっていたつもりではあるのですよ?

『だいたいなぁ! お前たち真白が本来の役目をちゃんと果たしていれば、こんなに色彩が増えることも、寿命が延びて狂う事もなかったんじゃないのか?!』

 レオンの後ろでとぐろを巻いていたトゥバーンが、レイチェル様の後ろであまーい空気をまき散らしていたメディオディアを睨みつけました。そちらをギッと睨み返し、メディオディアがいつもの威圧を始めます。

『では我らに消えて無くなれと、そう言うのか?!』
『あぁん?! 俺らが狂い死ぬのは無視か?!』

 突如始まった精霊同士の喧嘩と、そこから発せられる威圧感に身をすくませます。
 巻き込まれてはかなわないので気配を消しつつ、恐い精霊が背後にいない、殿下の方へと視線を向けました。

「精霊たちはどうやって体を奪っているんだい?」

 私の足元に寝そべるオニキスへ問いかけた殿下が、私の視線に気付きました。
 すると悪魔は私がマドレーヌの次に狙っていたクッキーを掴み、見せつけるようにして口に含みます。咀嚼しながら、流し目で艶めかしく唇を舐めて、いけないものを見てしまったような気分にさせるのはやめてください。

『宿主の精神が破綻すると、精霊はその体を乗っ取ることができる。我らを襲った真白は、宿主に薬を飲ませて体を奪ったようだ。寿命を縮めるたぐいの物のようで、宿主の体はほとんどの臓器が上手く機能していない状態だった』
「薬を使わず、彼らの特殊な力を使って乗っ取ったりは、出来ないのかい?」
『出来なくもないが・・・我らは精神生命体だ。互いの精神を覗いたり、干渉したりはできても、破綻させるとなると難しい。最悪、引きずられて自らも破綻する。それに奴らは力を使ったら使っただけ小さくなる。そんな負荷を負うより、薬物を用いた方が楽だろうな』

 いつも通り顔にすべてが表れている「私は木。私は木」と暗示をかけているのだろうツヴァイク様をチラ見し、同じく私の背後で気配を消している従者モードのクラウドをふり返ります。私へ向かって小さく頷いたクラウドが、紅茶を継ぎ足してくれました。
 ヘルプ要請は黙殺されてしまったようです。

 結局、俯いてしまった私を見上げて、オニキスがふんすと息を吐きました。私の足元で伏せていた体を、のっそり起き上がらせて慰めるように膝の上へ頭を乗せてきたので、その好意に甘えてゆっくりと撫で癒されます。
 はふぅ。落ち着くぅ。

「では、側妃様の・・・アリエスクラート卿は・・・」

 意外にも話を聞いていたらしいレイチェル様が、お顔を真っ青にして息を飲みました。
 宿主の立場や地位を利用する必要が無いのなら、やばいお薬で寿命を縮めてでも手っ取り早く体を乗っ取り、とっとと病をまき散らして精霊の世界へ帰ればいいのですから、その線が濃厚ですよね。

 特に意見も名案もない私は、視線をオニキスへ固定したまま聞き役に徹します。
 じっとそんな私を見ていた殿下が、おもむろに私の方へと手を伸ばしてきました。それを視界の端に認めて、反射的に身を反らします。私の耳の辺りすれすれで空を切った手を握りしめ、殿下が小さく舌打ちをしました。

 ひぃっ・・・もう全部放り出して逃げたらダメかな。
 家族は「身に着けている者は傷害無効」のアイテムを身に着けてくれているでしょうし、弟のルーカスとお揃いでこしらえた華奢な金のブレスレットにも同じ状態異常を付与して、このままいけばきっと未来の義妹となるだろうイングリッド様にもお渡ししました。とりあえず、私の大事な人たちが無事ならばいいと思うのですよ。
 あー。でもチェリや、ぷりぷりベイビー、ドード君、その他カーライル村の人々も巻き込まれたら嫌だなぁ・・・。
 それにガンガーラ王族たちに何かあって、せっかくの和平条約が破棄されてしまっても困りますねぇ。

 と、いう事は、とりあえず悪魔の手先として行動しておいた方がよさそうですな。
 悪魔の発案でしたら私の行き当たりばったりより格段にいい結果を生むでしょうし、相談せず行動したことへの父のお小言から逃れることが可能でしょう。

「うーん、どうだろうね。彼は軍人だし、体も大きい。公爵家の人間でもあるし、ある程度の薬に慣らされている。相当量の薬を飲まないと効かないと思うよ」
「そもそも、殺すだけならともかく。精神を破綻させるなんて特殊な薬物は、材料も特殊だったり、国法で禁止されていることが多いからね。それを大量に保有したり、仕入れたりすると目立つ。僕の耳に引っかかってないところを見ると、その可能性は低いんじゃないかな」

 たとえ面識がない人物だとしても、死をほのめかされていい気はしません。どうやらそんな事態は避けられそうだと内心ほっとしていたら、再びレイチェル様が口を開きました。

「契約している可能性はないの?」

 質問先は口喧嘩を放棄し、レイチェル様の背後から彼女の頬へ頬ずりしている、メディオディアです。
 そちらへ振り返ろうとして、図らずも自分から頬を押し付ける形になってしまっただけなのに、感極まったヤンデレさんが彼女を抱きしめる腕の力を強めたようです。レイチェル様の愛らしい唇から、カエルの鳴き声のような音が漏れました。

『ないだろう。「月華」が「狂乱」を遺して死を選ぶなど、考えられない』
「あれ? でも精霊から名乗られれば、精霊から破棄できる契約ができるんじゃないの?」
『まあな。だが精霊の声が聞こえる者は稀だ。すでに契約している、または体を乗っ取られた者を介したとして、それは光教会の者に違いない。そうなると宿主も共犯者ということになってしまうぞ?』

 二人の会話を興味深そうに聞いていた殿下が、少し間考えるしぐさをしてから頷きました。

「うん。考えられなくもないよ。彼はずっと、姉であるエリスリーナ妃が未だに側妃であることを憂いていたからね。正妃の座が空位になってから、ずいぶん経つ。元の身分的にも高位だったエリスリーナ妃が、側妃に甘んじていることへ不満を爆発させたなら、ありえなくもない」

 おぉ・・・。なんだか一気に面倒くさくなってきましたね。
 あ、でも交渉の余地があることを喜ぶべきなのでしょうか。「月華」の宿主であるアリエスクラート卿が、精霊と仮契約に至っているという前提ですが。

「うーん。とりあえず、彼を見張るしかないかな」

 そう言って殿下が立ち上がりましたので、その他の面々もそれに倣って立ち上がります。それを見回していつもより好戦的に見える微笑みを浮かべた殿下が、私の足元に立っているオニキスへと視線を落としました。

「そろそろパーティーが終わる頃だ。お願いできるかな?」
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