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まだ幼児

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 母の出産は、思ったよりもスムーズにいきました。食事もとれるようになり、さらに散歩で体力をつけたおかげでしょうか。予想通り、産後に母が肺炎にかかりましたが、オニキスに食べていただきました。案外とおいしいそうです。
 それから変化を見逃すまいと、毎日、母と弟を観察しておりました。今日も母は元気に日課となった散歩をしていますし、弟も順調に育っております。弟は1歳半になり、よちよちと散歩についてこれるようになりました。観察は続けますが、まあ大丈夫でしょう。

 では、次のステップへとまいりましょう。
 とりあえず命の危険から脱したとはいえませんが、遠のきはしたでしょう。ですから今度は追放に備えることにします。追放されれば、一人で生きていかねばなりません。

『我は死ぬまで共にあるぞ?』

 オニキスがすり寄ってきました。かわいい。かわいいよ、オニキス! もふもふ・・・あぁ、幸せ。
 おっと。思考が反れました。オニキスがずっと一緒にいてくれるのは、わかっています。彼がいれば、大抵のことはなんとかなるでしょう。しかし人一人が生きていくのに必要なものがあるのです。それはズバリ、金! お金です!!

『食い物ではないのか?』

 それも正解ですが、食べ物を長期保存するのは難しいでしょう。ですから、それを買うのにお金が必要なのです。それにあっても困らない、腐らない。それがお金!

『長期保存とは腐らなければいいのであろう? ではそのように状態異常を付与すればよいのではないか?』

 えっ? 食べ物にも付与できるのですか? 素晴らしきかな、状態異常。さすがオニキスさんです。
 生きていくのにはお金が必要ですが、知識と力も必要だと、日々読み書き、魔法の練習をしてきました。こっそりと。私はまだ、3才児ですからね。

 ここは地球という惑星の日本人であった私が、前世でプレイした乙女ゲームの世界なので、その世界と同じところが多々あります。
 例えば1日は24時間、1年は365日で、12の月に区切られていること。また1月はだいたい4から5週からなり、1週間は7日であること。
 距離や、重さの単位。
 食べ物や道具の名前もだいたい同じです。
 ただし、ゲームに登場しなかった物は時々名前が違ったり、存在しなかったりするので、要注意。

 最近になってようやく、オニキスの力を使うことに慣れてきました。どうやら闇魔法というのは、常識を書き換える、逸脱させる力のようです。
 しかし、食べ物にも付与できるのならば・・・あれ、作れないかな。

 ポーション。

 水に付与して売れば、元金タダのぼろ儲けができると思うんです。容器は土魔法で作れるし、水は水魔法でだせる。うはうはではないですか!
 この世界は治癒魔法があるものの、やはりお金がないと治療を受けられません。民間療法的なものはあっても、治癒魔法があるせいで医療があまり発達していません。それに今、我がテトラディル侯爵領にはその治癒を行っているはずの光教会がいない。売れると思うんです。

『水に状態異常を解除する効果を持たせるということか? 万能薬は難しいと思うが、効果を限定すればそう難しくはないと思うぞ』

 効果を限定というと・・・止血とか、造血とか、治癒力向上とか、解毒とか? 全部治るようにではなく、細かく指定するという意味ですか?

『うむ』

 なるほど。それならイメージしやすそうです。
 あとはどうやって売りに行くかですが・・・私も転移できないかな。

『我だけならば簡単だが・・・カーラと共にとなると、難しいな』

 そう。オニキスは転移なる空間移動ができるのです。すごく便利そうなのですが、どうやら私を灯台のようにして移動しているようで、灯台の私も移動となると迷子になりかねない。
 あ、私のほかに灯台を作ればいいんじゃないでしょうか。

『ふむ。ではカーラの気配がするものがいい』

 私の気配ですか。私の分身・・・は無理ですから、私の一部? 髪ならいいですが、髪の毛だけ置いておくと捨てられてしまいそうです。では自髪を使った人形とか? なんか髪の毛伸びそうで怖いな。

『人形がいい。使わない時は我が責任をもって保管しておく』

 そうそう、オニキスは異空間収納ができるのです。私も真似をしてみましたが、鞄や袋に付与することはできても、何もない空間に収納を持たせることはできませんでした。想像の限界っていうのですかね。
 さて髪の毛ですが、私の髪は切る人がいないせいで伸び放題です。ゲーム補正なのか、手入れもしていないのにサラサラ、艶々しています。ゲーム補正素晴らしい。髪を一つにまとめて先の方を持つと、オニキスに確認します。

『そのくらいでいい』

 先から5センチくらいでしょうか。握ったまま見える位置まで持ってくると、風魔法を使って、スパッと切れるのを想像します。イメージ通りにきれいに切れました。3歳児の部屋に刃物はありませんからね。
 あ、ちなみに私付きの侍女は扉の横で真っ青になっています。そろそろ彼女が暇を欲しがる頃かな。彼女がいるときは声を出さないようにオニキスと会話していますが、私の動作から何かがいるように見えますからね。今、3歳児の髪が詠唱なしに切れましたし。

「甘いものが食べたいです」
「はっ! はい! ただ今!!」

 侍女は逃げるように部屋を出て行きました。毎日、こんな感じ。給金がいいからか長くもった方ですが、そろそろ限界でしょう。怯えない侍女と、従者が欲しいな。
 たしたしと、オニキスがテーブルの上を前足で示すので、そこへ切った髪を置きます。するとオニキスが私をちらちらと見ながら、土魔法を使い始めました。

「おぉ・・・って、私?」

 かなり精巧な、20センチくらいの陶器のような質感。見覚えのあるゲームでの年齢の、17歳のカーラの人形が、机の上にできあがっていました。それはいいのですが・・・

「服を着せてください」
『す、すまん』

 オニキスがあわあわと魔法を使って服を着せようとします。しかし土魔法で薄いレースの部分とか作ろうとするので、うまくいきません。無駄にリアルな下着を履かせなくていいから。

「服は植物魔法のほうがうまくいくと思いますよ」

 植物の繊維をイメージしながら服を形作ります。地味な緑のワンピースになりましたが、上出来でしょう。あ、下着も履かせなければ。

「もう一緒にお風呂入るのはやめましょうね」
『っっっ!!!!!』

 あふれんばかりの涙に、黒い瞳が揺れています。耳も尾もしゅんと垂れてしまいました。
 オニキスは異様に私から離れるのを嫌がるんですよね。だからいつでも一緒。
 部屋にいるときも、散歩のときも、食事のときも、お風呂のときも、寝るときも。まあ、私が死んでしまえば自分も消えてしまうから、心配なのでしょうけど。
 あ、どんなに嫌がっても情報収集には行ってもらっています。オニキスは姿も見えなければ気配もないので、情報収集にはもってこいなんですよ。

「それにしても、どうして私の人形なんですか? 私の部屋に私の人形って目立ちますよ?」

 しばらく視線を泳がせていたオニキスは、顔を臥せて上目遣いでこちらを見ました。あざとい! でもかわいいから許す。

『認識阻害をかけておけば大丈夫だ。存在は感じても、記憶には残らない』

 なるほど。あ、それって私がポーション売りに行く時にも、便利そうですね。私の黒髪は目立ちますし、その前に3歳児ですし。
 売り子の私も問題ですが、味のない怪しげな薬という名の水をどうやって売りましょうか。まずは効果を信用してもらわないと売れないですよね。

『今、難民どもが国境の町にいるのであろう? 奴らなら、金もないし、怪しげでも飲むのではないか?』
「そうですね! そういうところは衛生状態が悪化していることが多いですし、病を発症していたり、栄養失調の人もいるでしょう。初めはお試しとして配ってみるのもいいかもしれません。目の前で飲んで見せれば、害はないと分かってくれるでしょうし」

 よし! 目途が立ったところで、早速作成に入りましょう。
 しかし侍女はどこまで行ったのでしょうか。やはり彼女はもう限界のような気がします。


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