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そろそろ10歳

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 さて、ガンガーラの王弟と約束をしてから1月が経とうとしていますが、相変わらず呼び出しはありません。レオンに監視されながら生殺し状態な日々に、飽きた私は現実逃避をすることにしました。

「すごいですね! さすがチェリ。この刺繍と透け感の兼ね合いが完璧です!」
「ありがとうございます」

 現在、私はチェリと共に鏡の前でファッションショーをして楽しんでいます。
 私が魔法で作り出した服に刺繍をしたり、飾りを付けたりして、それを互いに着せ替えて遊んでいるのです。もちろん寝室でやっていますので、男子禁制でございます。
 チェリは真面目に、私が後々着ることになりそうなガンガーラの服とか、外出用のワンピースとか、ドレスを作ってくれました。デザイン画を元に概形を魔法で作り出したのは、私ですけど。

「カーラ様・・・これは、ちょっと・・・」
「え? 可愛くないですか?」

 制服美少女戦士的なものは却下されたので、正統派アイドル的なふんわりプリーツ多用、パニエ着用推奨の膝上ドレスを作ってみたのですが・・・チェリが着るのを渋っています。

「可愛いのに・・・」

 どうやらこれもお蔵入りのようです。なにせ私のデザイン力が貧困なせいで、どうしてもコスプレ方面へ行ってしまうのですよ。そしてそれは、この世界の人からすると際どいものが多い。
 チェリと私のサイズは全く違いますので、チェリに作ったものを私が着ることはできません。仕方なく、オニキスが作った異空間収納の穴に放り込みました。

 そのオニキスはというと、ベッドの上に寝そべって、きゃっきゃうふふしている私たちをぼんやりと眺めています。興味がないのかと思いきや、気に入った時は無意識に尾が揺れるらしく、ちゃんと見ているようです。ちなみに今も揺れています。

 今、私が着ているのはガンガーラの服なのですが、前回のものとは違って上が半袖で裾が短く、ヘソが出ています。下は長い生地をペチコートに挟みながらスカートのように腰に巻き、残りを肩の上にかける、インドの民族衣装と言ってすぐ思い浮かぶ感じですね。問題は巻き付ける生地が薄いため、ヘソが透けていることです。薄紅色の生地に、ベージュの糸で、チェリ渾身の刺繍が施されていますから、よーく見ないと分かりませんけど。

「ヘソが出ているのは普通なのですか?」
「そうですね。その様なものが多いです。年配者や旅装はその限りではありませんが」

 どうやらこれが普通らしいです。血まみれになった服は処分されてしまいましたから、王弟に呼ばれた時はこれを着ていくことにします。
 それまで汚したくないので、脱いで丁寧にたたみ、影の異空間収納へしまいました。

「チェリ、そろそろお昼にしませんか?」
「かしこまりました」

 私の割と正確な腹時計が食料を要求し始めました。もうお昼時のようです。
 チェリは手早く片付けると、一礼をしてから寝室を出て行きました。後に残された私は、オニキスの横へうつぶせで倒れこみます。

「お出かけできないと、つまらないですね」
『1月も外出しなかったのは、転移を習得して以来初めてではないか? まあ、我はどこだろうと、カーラさえいれば満足だが』

 そう言ってもらえるのは嬉しいですし、私もオニキスといるのはとても落ち着くので好きです。しかし、どうしても屋敷でじっとしているのが、苦痛に感じてしまうのです。それなりに制限はあっても、今までは好き勝手してきましたからね。

 クラウドとの鍛錬でストレスを発散してはいますが、魔法禁止ですので当然のように連敗中。余計に鬱憤が溜まってきました。
 せっかく父がエンディアを離れたというのに、こっそりチェリを派遣するだけで、私はカーライル村へ行けていませんし。もちろん国境の雑草や、山林の様子も見に行けていません。

『国境も山林も雨を降らせておいた。心配ない』
「ありがとう、オニキス」

 オニキスはいつも水を撒きに行く場所に目印を付けたらしく、遠隔で雨を降らせることができるようになりました。私が行う水まきとは違い、広範囲にゆっくりと水を供給できるため、雨を降らせるのは1週間に1度としています。
 私の遊びに付き合いながら遠隔で天候を操作するなんて、オニキスは本当にチートですよね。無駄な抵抗かもしれませんが、レオンに私の秘密がバレないよう我慢している今、その有能さがありがたい。

 目の前にあったオニキスの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を閉じました。



『カーラ、王弟が呼んでいる』

 耳が痛いほどの静寂と、人の気配がほとんどしない様子から、時刻は真夜中だと思います。確かに私は人払いをしろと言いましたが、何も真夜中に呼び出さなくてもいいのに。

 私はのっそりと起き上がると、ぼんやりしながらも影の異空間収納から、午前中に着て遊んでいたガンガーラの服を取り出しました。すでに日付が変わっていそうなので、正確には昨日の午前中になりますね。

 実は王弟に渡したのはただのペンダントで、呼んだら教えてくれるようオニキスに頼んだだけです。オニキスはついでにペンダントへ、王弟の居場所が精霊の世界からわからないよう、ジャミング効果を持たせたらしく、今回は光の精霊にバレるのを心配しなくてもいいそうです。

「クラウドはどうしましょうか」

 仕事は完璧従者な彼も、この時間はさすがに眠っています。彼の部屋は応接室をはさんで向こうにありますので、起こしに行けばいいのですけど、眠っている人を起こすのって気が引けるのですよね。

「僕を連れて行ってよ。カムの従者ほど強くないけど、盾にはなるよ」
「っ!!」

 誰もいないはずの暗闇から声がして、心臓が飛び跳ねました。

 びっくりした! びっくりした!! びっくりした!!!
 気付いていたなら教えてくださいよ、オニキス。

『いや、気付かなかった。そもそもこれの気配はつい先ほどまで、隣の部屋にあったぞ?』

 オニキスが私と声の主、レオンの間に移動する気配がします。明かりは窓から入り込む月の光しかありませんので、レオンの姿も、闇色のオニキスの体もほとんど見えません。

「ごめん。驚かせた? どうして気付いたのかとか、どうやって来たのかは企業秘密ぎゃん!」
『カーラ様、無事っすか?』
「遅くなりまして申し訳ございません」

 レオンの悲鳴が聞こえて、室内が明るくなりました。蝋燭を片手に、クラウドがレオンの腕を捻りあげているのが見えます。
 どうやらモリオンがこちらの異変に気付いて、クラウドを起こしたようですね。

「ありがとう。クラウド」

 モリオンもありがとうございます。
 視線を送ると、モリオンが小さく頷きました。わかってくれたようです。

「カーラ様、ペンタクロム様はいかがいたしましょう?」
「拘束して置いていきます。面識があるクラウドならともかく、レオンを連れていけば警戒されるだけですから」
「承知いたしました」
「えっ! 僕の意見は無視?!」

 クラウドがどこからともなく取り出した縄で、レオンを後ろ手に縛り上げました。
 不服そうなレオンが、口を歪ませて金の瞳を伏せています。ボタンを外してくつろげてある胸元に、色気を感じました。9歳でこれでは、先が思いやられますね。

「レオン、留守を頼みます」
「わかった。今回は諦めるよ。でもそろそろ僕を信用して欲しいな」

 オニキスに裏切る気配はないと言われましたし、口止めの状態異常をかけてあるので、それほどレオンを警戒してはいません。しかし規格外をばらすのは、勇気がいるというか・・・彼は怖がって取り乱したりしないと思いますが、逃げられてレグルスを見張れなくなるのは困ります。

「・・・善処します」

 手始めに転移を見せてしまいますか。
 あ。そういえば一度見られたような。

「クラウド、行きますよ」
「はい。カーラ様」

 クラウドは縛られたままのレオンを床に転がすと、蝋燭の火を消しました。
 この月明かりだと転移するところがよく見えませんが・・・まぁ、いいか。オニキスに視線で合図を送ります。

 口に出さずに要望を思い浮かべて、呼び出し地点から近く、人のいない場所へ転移してもらいました。チェリがついでだと言って作ってくれた、クラウドの着替えを彼にわたします。そして私は「なんちゃらパワー! 変身メタモルフォーゼ!」と心の中で唱えて、ガンガーラの服への着替えを完了させました。

 今回は前回の失敗を踏まえて、すでにクラウドへ背を向けています。彼が着替えている間に、自分へクラウドと同じ歳に見えるよう視覚阻害をかけ、認識阻害もかけました。

「お待たせしました」
「では参りましょう」

 クラウドが脱いだ服を受け取って影にしまい、その手に触れて認識阻害をかけました。そして物置のような部屋を出ます。オニキスの案内で、所々にランプの明かりが点る薄暗い廊下を歩きました。

 どこまで人払いをしてあるのか、周囲に人の気配がしません。目的の部屋まで誰にも会いませんでした。
 クラウドが私に下がるよう手で示し、扉をノックします。拍子抜けするくらいあっさり扉が開き、王弟殿下が顔を出しました。

「来たか。てっきり室内に忽然と現れるものだと思っていたぞ」

 王弟殿下の言うように現れようかとも思ったのですが、彼の望みがレオンの予想通りなら、この部屋の中にガンガーラ王がいる可能性が高いです。そんな場所にひょいと飛び込むのは、考えなしの自覚がある私でもためらいました。

 王弟殿下の招きに、私、クラウドの順に部屋へ入ろうとすると、クラウドのみ止められてしまいました。

「従者はここで待て」
「しかし・・・」

 押し入ろうとするクラウドの腕に触れて見上げます。不安に揺れる茜色の瞳を見つめました。

「大丈夫です。ここで待ちなさい」
「・・・はい」

 クラウドが私の足元へ視線を落とし、それを受けたオニキスが仰々しく頷きます。

「こっちだ」

 招き入れられた石作りの部屋には誰も居ませんでした。高価そうな毛の長い絨毯が敷かれたその部屋は、端にベッドかという程大きなソファとその上にたくさんのクッションが置かれており、正面のテラスには松明が焚かれています。外の様子からして、2階か、3階でしょうか。
 絨毯の上を何のためらいもなく土足で突っ切った王弟殿下に、隣の部屋へ案内されました。
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