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ついに16歳

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 おかしい。絶対に変です。
 あの目立つ銀髪を見つけられなかったなんて。

「クラウド。入学式へ参加している生徒の中に、ジスティリア大公令嬢をお見掛けしましたか?」

 本日の午後の授業は兵法と経済学のため、履修登録していない私は放課となります。
 学年が変わる時に申請をすれば、履修科目を変更することもできますが、多くの生徒はそのまま繰り上がりで履修します。私も1年時の科目はすべて単位が取れましたので、1年時の選択のまま武術、植物学、家政学を履修予定です。

 問題と言えば私の癒しの家政学を、なぜかヘンリー殿下が履修されていたくらいで。
 いつも通り殿下が私へ絡んでくるかと思いきや、殿下は王族を逃がすまいとした肉食令嬢たちに絡めとられ、がっちり捕まりました。
 もちろん護衛のツヴァイク様を含みます。「魔女め。高みの見物か?!」「ちょっとこっちへ来てもいいんだぞ!」「・・・ごめんなさい。こちらへ来ていただけると助かります」等のツヴァイク様の視線も何のその。私はそれを離れた所から生暖かく見守るだけで済ませましたよ。
 ちなみにその間、レオンは廊下で待機をしていました。巻き込まれるよりは、廊下で突っ立っていた方が楽なんだそうな。・・・気持ちはわかります。

 植物学の方はアレクシス様が一緒でしたが、誰も座りたがらない私の近くの席へ座ってみえただけで何もありませんでしたし。実習でも孤立しないように気を遣っていただいたくらいで。
 まあ、そんなわけで概ね順調でしたね。

 で、暇を持て余している午後。別館に引きこもっても良かったのですが、たまにはクラブ活動をしておこうかと思いまして。現在、裁縫部部室にてクラウドと共に刺繍をして時間を潰し中なのです。

 クラウドはもちろん、刺繍もつつがなくこなせますが、好きではないようですね。
 ちまちまと刺しては手を止めて、私の手元をぼんやりと眺めたり、自分の作品が気になるのか、午後でも崩れることなくきれいに保たれている私の髪を眺めたりしています。

 私はと言うと、可愛い物好きが高じて前世でもよく裁縫をしていました。ですから自分で言うのもなんですが、結構うまい方だと自負しています。高校生の頃はその技能を生かして人形の服を縫ったり、レイヤー友達のコスプレ衣装を作ったりして、小遣い稼ぎをしていた程です。
 美的感覚的に自分が可愛い服を着るのを許せなかったので、そうして鬱憤を晴らしていたのもありますが。

 私の問いかけにクラウドは私の手元を眺めていた視線を上げ、わずかに首を傾げました。

「そういえば、お見掛けしませんでした。あの目立つ銀髪を見落とすとも考えられないのですが・・・。入学式を欠席されたのでしょうか?」

 かく言う私も、入学式をさぼった前歴がありますからね。目立つことを避けたければ、入学式を欠席したとも考えられます。
 ただそうなると、ゲームのシナリオから反れる行動を、ゲーム主人公がとった事になってしまうのですよ。
 しかしまあ、すでにゲームの設定が崩壊している状態ですし。それによる自然な心境の変化があってもおかしくはありません。

 シナリオでは学園へ入学する直前に発見され、大公家に引き取られるはずの主人公。そして庶民感覚のまま、煌びやかな社交界へ憧れ、期待を胸に学園へ入学してきます。
 だがしかし。
 現状は5歳で大公家へ引き取られていますから、すでに社交界の裏側を覗いてしまっているでしょうし、それによって面倒を避けようとしたとしてもおかしくはないのです。

「そうかもしれませんね。今年、入学されるのは確かなのでしょう?」
「はい。レオンハルト様の情報ですから、それは確かだと思います」

 うーん。それならやはり、面倒を避けるため・・・かな。
 納得いかなくとも考えても仕方がない事なので、私は再び刺繍を始めます。すると私の影の中でオニキスが不快げにうごめいた気配がしました。

「どうしました?」

 オニキスは別館以外では不用意に話しかけてきたりはしません。私は刺繍する手を止め、風魔法で防音を施してから、影の中の彼に問いかけました。

『・・・いた』
「はい?」

 私の影に潜んだままのオニキスは、喉に何か詰まっているような、非常に口にし辛いような感じです。意味が分からなくて首を傾げる私に、オニキスは言い直してくれました。

『大公令嬢は、あの場にいた。あれほど目立つ真白を見落とすことなどない』

 どういうことでしょうか。入学式が行われた講堂内には、銀髪が見当たらなかったというのに、オニキスは彼女がいたと言います。
 理解できなくて黙り込んでいると、オニキスが明らかな迷いを含んだ声で、独り言のように呟きました。

『それに・・・あれは・・・恐らく・・・いや、確実に・・・』

 グルグルと唸りつつ言いよどむオニキスの様子に、思わず身構えます。体をこわばらせたまま、私は自分の影に視線を落として待ちました。でも自信がないからなのか、言いたくないことなのかは分かりませんが、オニキスはなかなか言葉にしようとしません。
 私に告げるべきなのか、戸惑っているのはなんとなく感じるのですが。

 見られていては言いにくいのかもしれないので、私は刺繍に視線を移します。そして今日はここまでにしようと、手に持っていた針を布地に刺して固定しようとしました。

『大公令嬢は精霊と契約している』
「はあぁ?! っっいたぁ!」

 驚きのあまり手元が狂って、思いっきり指を刺してしまいました。
 どうやら自分で自分を傷つけることを想定していなかったからか、自傷に「傷害無効」は通用しないようです。

「カーラ様?!」

 刺した場所を自分の目で確認する前に、転移でもしたのか、いつの間にか近くにいたクラウドが私の左手を掴んでいます。彼の目の前に、彼の手によって固定されている私の人差し指から、ぷっくりと盛り上がった血が今にも滴り落ちようとしていました。
 おもむろにそれを口に入れる、クラウド。

「ぎゃあぁぁぁぁぁ! こら! ぺっしなさい!! ばっちいでしょ?!」

 彼の頭を右手で鷲掴みにして力いっぱい左手を引きましたが、びくともしません。

 はい。突然ですが、ここで歯科業界の方に残念なお知らせがございます。
 実は! なんと! この世界には虫歯菌が存在しないのです!!

 ですからこの世界の人々の口内には、雑菌がいないかもしれないという事実! 少女漫画の伝家の宝刀「舐めて消毒」が成り立つかもしれないのですよ!
 ここで「かもしれない」なのは、有機物を分解する、腐敗菌は存在するからなのございます。ちゃんと唾液を培養して、無菌を確認したわけではありませんからね。

 混乱のあまり現実逃避しながら抵抗する私の目に、クラウドの喉元が上下するのが映りました。

「ひぃぃぃ! 飲んだ! 不用意に他者の血を飲むとか、正気ですか?! 私が血液感染する病気にかかっていたら、どうするのですか?!」
「かぅりゃしゃみゃ」
「人の指を咥えたまま、喋るんじゃありません!」

 指を這う舌の動きで、掴まれている左手に鳥肌が立ちました。この間、ずっと自由な方の右手でクラウドの頭を鷲掴みながら、自分の左手を救出しようと試みているのですが、全くの徒労に終わっています。

 現実逃避ついでに言うと、風邪や感染症、遺伝性疾患などの病気はもちろん存在します。
 だって治癒術師である、ゲーム主人公の活躍の場ですよ! シナリオの中盤に、攻略対象たちのうち最も好感度が高い人物がひどい風邪にかかって、主人公が看病しつつ光魔法の呪文を一生懸命構築するなんてイベントもあるのですから!
 どこまで前世に沿っているのかわからないので、血液感染する病気が本当に存在するのかは知りませんが。

 えっと。とにかく、虫歯菌がいないのは確実なのです。そこはちゃんと確認しました。
 職業を生かしたチートを狙っての事ですが、前世の職歴を真っ向から打ち砕く、非常に残念な結果に終わりました。もちろん情報源はセバス族兄妹ですよ。そういえば歯周病も聞いたことがないような。
 でもまあ、その理由は分からなくもありません。だって乙女ゲームの住人たちの前歯がないとか、虫歯で穴が開いているとか、見た目的によろしくありませんからね。

 なぁんて現実逃避を続けている間に、なんとなく息苦しく、重力が増してきたようになってきたのはあれですか。オニキスさんが大掛かりなことをしようとしている時の・・・。

『ク~ラ~ウ~ド~!!!』

 地獄の底から響くようなオニキスの声が、私の影から漏れてきます。そこでようやく私の指を口から出したクラウドが、うっとりと微笑みました。

「カーラ様と同じ病にかかるなら本望です」
「・・・」

 全身に鳥肌が立って、思わず息を飲みました。さらに体が硬直してしまっているせいか、上手く息ができません。
 はくはくと浅い息を繰り返す私の指を、クラウドがハンカチで丁寧にふき取り、傷口を確認しています。不思議なことに、血が止まるどころか、刺し傷が消えていました。

「よかった。うまく治せたようですね」
『「よかった」じゃないわっ!!』

 実体化したオニキスがクラウドの横っ面に蹴りを入れたと思ったら、私たちは砂漠の、例のオアシスの横に立っていました。オニキスによって強制転移させられたようです。

『覚悟しろ、クラウド。死なない程度に、しっかりいたぶってくれるわ!!』

 オニキスによる最初の一撃を紙一重で避けていたクラウドが、私の手をようやく解放してくれて、一歩後ろへ下がります。そしてその場で恭しく一礼してから、怒りも露わに全身の毛を逆立てているオニキスへと向き直りました。

「受けて立ちましょう」
『ふん! 吠え面かくなよ!!』
「それはこちらの台詞です」

 睨み合う両者。
 こうなっては止められないので、私は早々に諦めてオアシスの巨岩の上へと避難します。雰囲気的に今日の大乱闘は、久々なのもあって長くなりそうな気がしました。
 と、いうことで私は即席パラソルを作り、中心にその支柱が入るくらいの穴を開けた石も作り出して、パラソルを固定します。だって、今まで日陰を提供してくれていた鳥は、もうここにいませんからね。
 日陰の出来に満足して、岩の上へ腰を下ろしました。

「モリオン」
『はいっす!』

 ぴょこっと傍らへ現れたモリオンが、キラキラしたつぶらな瞳で見上げてきました。私は気を抜くとデレてしまいそうになる顔を意識して引き締めつつ、じっと目を合わせ、ポフポフと膝を叩きながら懇願します。

「私に癒しをくださいませ」

 途端にモリオンの耳と尾がへにょっと力を失い、悲壮感を漂わせ始めました。それでもそのまま私の膝の上へ乗り、愛らしい体を差し出そうとしてきます。

「嫌ですか? では無理しなくても・・・」

 慌てて膝から下ろそうとすると、モリオンが高速で首を横に振りました。

『嫌じゃないっす! ただ、後でオニキス様が怖いな・・・と』

 あぁ。なるほど。
 現在進行形で私を放って戦いに興じているオニキスに、文句は言わせません。

「そちらは私が何とかします」
『お願いしますっす』

 くてっと私の膝の上で力を抜いたモリオンの、すべすべとした黒い毛並みを堪能します。それから夕食の時間直前まで続いた大乱闘を、私はモリオンに癒されながら観戦しました。

 
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