11 / 38
第一片 女騎士、かの地にてイケメンと邂逅す
第一片 女騎士、かの地にてイケメンと邂逅す 10
しおりを挟む
気がつくと、椅子に縛りつけられていた。
真正面に、央霞とみずきが立っている。
ここはまだ、みずきの部屋のようだ。
「よかった。目を覚まさないんじゃあないかと心配したぞ」
カリンを昏倒させた当人である央霞が、安堵の表情を見せた。
自分は任務に失敗し捕らえられたのだと理解する。
央霞の言葉は、尋問して情報を引き出せなくなると困る、という意味だろう。
「くっ……殺せ!」
これ以上、騎士としての矜持を汚すわけにはいかない。
すると、腕を組んでゴミ虫でも見るような目でカリンを睨んでいたみずきが口をひらいた。
「そうしてあげてもいいんだけど、いまからじゃあ正当防衛にならないのよね」
やたら不機嫌そうである。命を狙われたのだから当然だが。
「物騒だな、みずき。そんなに床を汚されたのが嫌だったのか?」
「ちがうわよ! そ……それもあるけどっ!」
「だけど、顔を殴るわけにもいかないだろ。相手は女の子なんだから」
みずきをなだめておいてから、央霞はカリンの前で屈み込んだ。
「まだ痛むか? すまない。加減するつもりだったんだが、どうも素手だとクリティカルヒットが出やすいらしくてな」
そう言えば、腹はズキズキと痛むし、口内は酸っぱい味がする。
どうやら、殴られた際に胃の中のものをぶちまけてしまったらしく、部屋のすみにはバケツと雑巾が置いてあった。
「このカーペット、お気に入りだったのに」
みずきはちょっと涙目だった。
「なあに? 命を狙われたってのに、怒るところはそこなんだ。それとも、圧倒的優位にいる者の余裕ってわけ?」
泣きたいのはこっちのほうだ。右も左もわからない世界で散々苦労し、ようやく目的が果たせると思ったとたんにこれか。
そう思うと本当に涙が出そうになったが、敵の前で弱味を見せまいと己を鼓舞し、かろうじてこらえる。
「本当に殺す気だったのか。きみも大概物騒だな」
驚いた顔はするものの、どこかのんきそうな央霞の肩を、みずきが小突いた。
「だから! そう言ったでしょ?」
「彼女が異世界から来た刺客だなんて話、いくらなんでも信じられるか。ほら、お前よく、鬼が超強いからつかまると死んじゃう鬼ごっことか、わけのわからん遊びをしかけてくるだろ」
「わけわからんゆーな! そんなふうに思ってたのか!」
ひどいひどいと駄々っ子のようにわめきながら、みずきは央霞をぽかぽかと叩く。
カリンはぽかんとなった。
これが、あの気品に溢れ、皆に慕われていた生徒会長の姿だろうか。
こちらの視線に気づいたのか、みずきがキッとカリンのほうを向いた。
「あなたからも説明してあげて」
「なんで私が」
カリンはむっつりと返す。そんなのは、当事者だけがわかっていればいいことだ。
「だいたい、どうして桜ヶ丘央霞がここにいるのよ」
「それはもちろん、寮生だからだが?」
「なにをいってるの? ここは女子寮でしょ」
「いや、だから――」
困惑の色を浮かべる央霞のうしろで、ぷーっという音がした。
ぷーっ、ぷくすすすす。
みずきが笑いをこらえようとして漏れ出した音だった。
「やだ、この娘。央霞ちゃんを男だと思ってたのね」
「え……?」
カリンのあごが落ちる。
みずきは熟れた鬼灯のように真っ赤な顔になって、痙攣する腹部をおさえていた。
まじまじと央霞を見つめる。
凛々しい顔立ち。
低く落ち着いた声。
図書館での紳士的な振る舞い。
それに――
「だ、だって、私のクラスメイトがイケメンって言ってたし……それって、格好いい男の人って意味なんでしょう?」
「たしかに、よく言われるが……」
「その場合、イケメン風だとか、単に面がイケてる程度の意味でしょうね」
「わかるかー!!」
そんな微妙なニュアンス、使い魔の翻訳機能では伝えきれるはずもない。
「そんなことないでしょ。さらさらのロングヘアに、女子の制服。おっぱいだってそれなりにあるんだから」
「か、髪は男でものばす人はいるし、服と胸は……服と胸は、その……ごめんなさい。目に入ってませんでした」
いくら相手の目ばかり見るクセがあるからといって、これはちょっと注意力散漫すぎるだろうと、自分でも思わずにはいられなかった。
「さすがに、この歳になって男と間違えられるとは思わなかったな」
結構ショックを受けているらしく、央霞は沈んだ表情をしていた。
「やーい、やーい。わたしを信じなかった罰なんですぅ」
みずきは笑い転げながら、央霞の身体を人差し指でつんつんつついた。
その姿を見ているうちに、カリンの腹の底から、ふつふつと怒りがわいてきた。
「ちょっと、あんた! あんたよ、白峰みずき!」
「なあに?」
「なあに、じゃないでしょう! わかってるの? タイカの話をするってことは、あなたの親友を戦いに巻き込むってことなのよ」
「わかってないのはあなたよ」
みずきは笑いを収め、すっ、といずまいを正した。
とたんに、これまで振りまいていた稚気は鳴りをひそめ、威厳と風格めいたものが漂う。
「桜ヶ丘家は、代々白峰家に仕える家柄なの。だから央霞ちゃんは、わたしの言うことやることに、決して逆らったりはしない」
「奴隷ってわけ?」
「それだと外聞が悪いわね。いちおう、立場上はわたし付きのメイドってことになってるけど」
メイド?
カリンが目を向けると、央霞は無言でうなずいた。
「嘘だ!」
思わず叫ぶ。
「お前みたいなメイドがいるか!」
カリンの知っている、この世界のメイドとは、もっと可憐でかわいらしいものだ。
うっかりその格好をしてしまって、あとで自分のキャラではなかったと落ち込むほどに。
「いや、わかる。私も、似合わない肩書きだとは思っているんだ」
自分のことだというのに、央霞は妙に恬淡としていた。
まさか、悟りの境地とでもいうのか。
「とまあ、いちおう主従関係ではあるんだけれど、実際はそのへんどうでもいいのよね。大事なのは、わたしと央霞ちゃんの絆が、親友とか幼馴染とか、そういうものすら超えるレベルのなにかってこと。さらにつけ加えるなら――」
白魚のような指で、みずきは央霞の髪をかきあげた。
「わたしは、央霞ちゃんもわたしたちの一人だと考えているの」
「ど、どういう意味?」
動揺を隠せないカリンを前に、みずきは満足そうに目を細めた。
「アルマミトラの魂が砕け散る瞬間を、あなたも見たでしょう? 粉々に砕けた魂の欠片は、流星となってこちらの世界に降り注いだ。――さて、その意味するところはなんでしょう?」
「なんですって……」
カリンの声が上擦る。
待て。
待て待て待て待て待て。
それじゃあ、邪神アルマミトラは。
その魂を宿す者は――
「何人もいる……ってこと……?」
「大せいかーい」
みずきは破顔し、パチパチと手をたたいた。
カリンは絶句する。
これまで、たったひとりの転生体を倒せば事は済むと思っていた。
だが、思い返してみれば、誰もそんなことは言っていない。すべては、カリンの勝手な思い込みだったということか。
「女神の魂を持つ者を、わたしは《欠片の保有者》と呼んでいるわ。欠片同士がふたたびひとつになろうとする作用により、《保有者》同士はいずれ巡り逢う運命を持つ。期間はだいたい、わたしが大人になるくらいまでかな。だから、わたしにとって重要な出会いは《魂の欠片》が惹かれあった結果である可能性が極めて高いってわけ」
「今度のは妙に凝った設定だな」
央霞が感心したように言う。
「こんなこと言ってるけど、いずれ女神の記憶が覚醒めれば、嫌でも信じることになるわ。まあ、央霞ちゃんなら、いまのままでもわたしを全力で守ってくれるんですけどね」
挑発するように、みずきは胸を張った。
カリンのほうでは、そんなものにいちいち反応している余裕すらなくなっている。
みずきは、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべた。
「あらあら。そんなにしょげなくったって、どうせあなたはここで終わりなのよ。さっきは正当防衛とか言ったけど、央霞ちゃんさえ口裏を合わせてくれれば揉み消す方法はいくらでもあるんだから」
「いや、それなんだが。私は彼女を、このまま逃がそうと思う」
「「ええっ!?」」
意外な提案に、驚いたカリンとみずきの声が重なった。
「どうして央霞ちゃん! この娘はわたしを殺そうとして……はっ! そ、そう言えば、前に会ったことがあるって言ってたけど、そのときに――」
「ちがうぞ」
「まだ最後まで言ってない!」
「聞かなくてもだいたいわかる。お前の考えてるようなことじゃない」
央霞がみずきの頭に手を置くと、急速に風船がしぼむように彼女の興奮は収まり、「……うん」とうなずいたきり黙りこくってしまった。
そのまま、みずきはうしろへ後退り、ベッドにぺたんと尻を落とす。心なしか惚けたような表情で、頬もほんのり上気していた。
まるで魔法のようだが、魔力の動きがなかったので、そういった類でないのはあきらかだった。
本当に、ただふれただけなのだ。
「……猛獣使いかなにか?」
「うん? よくわからんが、どちらかといえば、猛獣は私のほうだろう」
冗談めかして言う央霞は、表情も和やかで、こちらの緊張をやわらげようという気遣いさえ感じられた。
(ま、惑わされるもんか!)
簡単には心を許すまいと、カリンは己を戒める。
「さて。正直なところ、ふたりして私をからかっているという疑念はぬぐいきれないところなんだが」
「そうね。そう思っているほうが、あなたにとっては幸せだと思うわよ」
「だが、あの殺気は本物だった。それをなかったことにするわけにもいかない。……なあ、倉仁江さん。それとも、カリン・グラニエラか? きみにどういう事情があるかは知らないが、あきらめてもらうわけにはいかないのか?」
「無理ね。止めたいなら私を殺しなさい。こっちは彼女を一度殺してるのよ。いまさら躊躇するなんて思わないで」
「そうか」
央霞は目を伏せる。
予想した答えだったのだろう。声に失望の響きはなかった。
しかし、次にカリンを見たとき、彼女の目はこれまでにない真剣味を帯びていた。
「それなら、ひとつだけ約束してほしい」
「聞くわ」
思わず答えていた。
真剣さにほだされたわけでも、相手がカリンにとって恩人だったからでもない――気がする。
正直なところ、なぜそう答えしまったのか、カリン自身にもわからなかった。
「この次、みずきを襲うと決めたときは、その前に私と戦ってくれ。私を倒すことができたなら、あとは好きにしていい」
「……それだけでいいの?」
カリンは訊き返した。
今回は不覚を取ったが、まともに立ち会えば、カリンがただの人間に負けるはずがない。
奈落人の騎士とは、まず強さをもって兵たちを従える存在なのだ。
「ダメよ、央霞ちゃん。そんな約束、この娘が守るはずないわ」
「どうなんだ? カリン・グラニエラ」
みずきの叫びを背中に聴きながら、央霞が訊ねる。
その言葉の終わらぬうちに、カリンの頭上に穴があいた。
天井を貫き、落下してきた槍が床に突き刺さる。
その際に、カリンを縛っていた縄も断ち切られ、足許に散らばった。
「来てくれたのね、《アード》」
使い魔の変じた槍をつかむと、かすかな震えがそれに応えた。
「逃げるつもり!?」
みずきが柳眉を逆立てる。
これまでか――カリンは真上に跳躍した。
そのまま屋根まであがり、息つく間もなく隣の建物へと飛び移る。手足に翼と噴射口を形成し、さらに隣へ。
そうやってひと区画分ほど移動したところで背後を振り返った。
どうやら追ってはこないようだ。カリンは、鈍痛を発するみぞおちを指でさすった。
(桜ヶ丘央霞――おかしな奴)
久々に味わう敗北の苦さ。
だが、それを与えた相手は、敵なのか味方なのかもよくわからない。
街を見おろす月が、雲に覆われつつあった。
真正面に、央霞とみずきが立っている。
ここはまだ、みずきの部屋のようだ。
「よかった。目を覚まさないんじゃあないかと心配したぞ」
カリンを昏倒させた当人である央霞が、安堵の表情を見せた。
自分は任務に失敗し捕らえられたのだと理解する。
央霞の言葉は、尋問して情報を引き出せなくなると困る、という意味だろう。
「くっ……殺せ!」
これ以上、騎士としての矜持を汚すわけにはいかない。
すると、腕を組んでゴミ虫でも見るような目でカリンを睨んでいたみずきが口をひらいた。
「そうしてあげてもいいんだけど、いまからじゃあ正当防衛にならないのよね」
やたら不機嫌そうである。命を狙われたのだから当然だが。
「物騒だな、みずき。そんなに床を汚されたのが嫌だったのか?」
「ちがうわよ! そ……それもあるけどっ!」
「だけど、顔を殴るわけにもいかないだろ。相手は女の子なんだから」
みずきをなだめておいてから、央霞はカリンの前で屈み込んだ。
「まだ痛むか? すまない。加減するつもりだったんだが、どうも素手だとクリティカルヒットが出やすいらしくてな」
そう言えば、腹はズキズキと痛むし、口内は酸っぱい味がする。
どうやら、殴られた際に胃の中のものをぶちまけてしまったらしく、部屋のすみにはバケツと雑巾が置いてあった。
「このカーペット、お気に入りだったのに」
みずきはちょっと涙目だった。
「なあに? 命を狙われたってのに、怒るところはそこなんだ。それとも、圧倒的優位にいる者の余裕ってわけ?」
泣きたいのはこっちのほうだ。右も左もわからない世界で散々苦労し、ようやく目的が果たせると思ったとたんにこれか。
そう思うと本当に涙が出そうになったが、敵の前で弱味を見せまいと己を鼓舞し、かろうじてこらえる。
「本当に殺す気だったのか。きみも大概物騒だな」
驚いた顔はするものの、どこかのんきそうな央霞の肩を、みずきが小突いた。
「だから! そう言ったでしょ?」
「彼女が異世界から来た刺客だなんて話、いくらなんでも信じられるか。ほら、お前よく、鬼が超強いからつかまると死んじゃう鬼ごっことか、わけのわからん遊びをしかけてくるだろ」
「わけわからんゆーな! そんなふうに思ってたのか!」
ひどいひどいと駄々っ子のようにわめきながら、みずきは央霞をぽかぽかと叩く。
カリンはぽかんとなった。
これが、あの気品に溢れ、皆に慕われていた生徒会長の姿だろうか。
こちらの視線に気づいたのか、みずきがキッとカリンのほうを向いた。
「あなたからも説明してあげて」
「なんで私が」
カリンはむっつりと返す。そんなのは、当事者だけがわかっていればいいことだ。
「だいたい、どうして桜ヶ丘央霞がここにいるのよ」
「それはもちろん、寮生だからだが?」
「なにをいってるの? ここは女子寮でしょ」
「いや、だから――」
困惑の色を浮かべる央霞のうしろで、ぷーっという音がした。
ぷーっ、ぷくすすすす。
みずきが笑いをこらえようとして漏れ出した音だった。
「やだ、この娘。央霞ちゃんを男だと思ってたのね」
「え……?」
カリンのあごが落ちる。
みずきは熟れた鬼灯のように真っ赤な顔になって、痙攣する腹部をおさえていた。
まじまじと央霞を見つめる。
凛々しい顔立ち。
低く落ち着いた声。
図書館での紳士的な振る舞い。
それに――
「だ、だって、私のクラスメイトがイケメンって言ってたし……それって、格好いい男の人って意味なんでしょう?」
「たしかに、よく言われるが……」
「その場合、イケメン風だとか、単に面がイケてる程度の意味でしょうね」
「わかるかー!!」
そんな微妙なニュアンス、使い魔の翻訳機能では伝えきれるはずもない。
「そんなことないでしょ。さらさらのロングヘアに、女子の制服。おっぱいだってそれなりにあるんだから」
「か、髪は男でものばす人はいるし、服と胸は……服と胸は、その……ごめんなさい。目に入ってませんでした」
いくら相手の目ばかり見るクセがあるからといって、これはちょっと注意力散漫すぎるだろうと、自分でも思わずにはいられなかった。
「さすがに、この歳になって男と間違えられるとは思わなかったな」
結構ショックを受けているらしく、央霞は沈んだ表情をしていた。
「やーい、やーい。わたしを信じなかった罰なんですぅ」
みずきは笑い転げながら、央霞の身体を人差し指でつんつんつついた。
その姿を見ているうちに、カリンの腹の底から、ふつふつと怒りがわいてきた。
「ちょっと、あんた! あんたよ、白峰みずき!」
「なあに?」
「なあに、じゃないでしょう! わかってるの? タイカの話をするってことは、あなたの親友を戦いに巻き込むってことなのよ」
「わかってないのはあなたよ」
みずきは笑いを収め、すっ、といずまいを正した。
とたんに、これまで振りまいていた稚気は鳴りをひそめ、威厳と風格めいたものが漂う。
「桜ヶ丘家は、代々白峰家に仕える家柄なの。だから央霞ちゃんは、わたしの言うことやることに、決して逆らったりはしない」
「奴隷ってわけ?」
「それだと外聞が悪いわね。いちおう、立場上はわたし付きのメイドってことになってるけど」
メイド?
カリンが目を向けると、央霞は無言でうなずいた。
「嘘だ!」
思わず叫ぶ。
「お前みたいなメイドがいるか!」
カリンの知っている、この世界のメイドとは、もっと可憐でかわいらしいものだ。
うっかりその格好をしてしまって、あとで自分のキャラではなかったと落ち込むほどに。
「いや、わかる。私も、似合わない肩書きだとは思っているんだ」
自分のことだというのに、央霞は妙に恬淡としていた。
まさか、悟りの境地とでもいうのか。
「とまあ、いちおう主従関係ではあるんだけれど、実際はそのへんどうでもいいのよね。大事なのは、わたしと央霞ちゃんの絆が、親友とか幼馴染とか、そういうものすら超えるレベルのなにかってこと。さらにつけ加えるなら――」
白魚のような指で、みずきは央霞の髪をかきあげた。
「わたしは、央霞ちゃんもわたしたちの一人だと考えているの」
「ど、どういう意味?」
動揺を隠せないカリンを前に、みずきは満足そうに目を細めた。
「アルマミトラの魂が砕け散る瞬間を、あなたも見たでしょう? 粉々に砕けた魂の欠片は、流星となってこちらの世界に降り注いだ。――さて、その意味するところはなんでしょう?」
「なんですって……」
カリンの声が上擦る。
待て。
待て待て待て待て待て。
それじゃあ、邪神アルマミトラは。
その魂を宿す者は――
「何人もいる……ってこと……?」
「大せいかーい」
みずきは破顔し、パチパチと手をたたいた。
カリンは絶句する。
これまで、たったひとりの転生体を倒せば事は済むと思っていた。
だが、思い返してみれば、誰もそんなことは言っていない。すべては、カリンの勝手な思い込みだったということか。
「女神の魂を持つ者を、わたしは《欠片の保有者》と呼んでいるわ。欠片同士がふたたびひとつになろうとする作用により、《保有者》同士はいずれ巡り逢う運命を持つ。期間はだいたい、わたしが大人になるくらいまでかな。だから、わたしにとって重要な出会いは《魂の欠片》が惹かれあった結果である可能性が極めて高いってわけ」
「今度のは妙に凝った設定だな」
央霞が感心したように言う。
「こんなこと言ってるけど、いずれ女神の記憶が覚醒めれば、嫌でも信じることになるわ。まあ、央霞ちゃんなら、いまのままでもわたしを全力で守ってくれるんですけどね」
挑発するように、みずきは胸を張った。
カリンのほうでは、そんなものにいちいち反応している余裕すらなくなっている。
みずきは、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべた。
「あらあら。そんなにしょげなくったって、どうせあなたはここで終わりなのよ。さっきは正当防衛とか言ったけど、央霞ちゃんさえ口裏を合わせてくれれば揉み消す方法はいくらでもあるんだから」
「いや、それなんだが。私は彼女を、このまま逃がそうと思う」
「「ええっ!?」」
意外な提案に、驚いたカリンとみずきの声が重なった。
「どうして央霞ちゃん! この娘はわたしを殺そうとして……はっ! そ、そう言えば、前に会ったことがあるって言ってたけど、そのときに――」
「ちがうぞ」
「まだ最後まで言ってない!」
「聞かなくてもだいたいわかる。お前の考えてるようなことじゃない」
央霞がみずきの頭に手を置くと、急速に風船がしぼむように彼女の興奮は収まり、「……うん」とうなずいたきり黙りこくってしまった。
そのまま、みずきはうしろへ後退り、ベッドにぺたんと尻を落とす。心なしか惚けたような表情で、頬もほんのり上気していた。
まるで魔法のようだが、魔力の動きがなかったので、そういった類でないのはあきらかだった。
本当に、ただふれただけなのだ。
「……猛獣使いかなにか?」
「うん? よくわからんが、どちらかといえば、猛獣は私のほうだろう」
冗談めかして言う央霞は、表情も和やかで、こちらの緊張をやわらげようという気遣いさえ感じられた。
(ま、惑わされるもんか!)
簡単には心を許すまいと、カリンは己を戒める。
「さて。正直なところ、ふたりして私をからかっているという疑念はぬぐいきれないところなんだが」
「そうね。そう思っているほうが、あなたにとっては幸せだと思うわよ」
「だが、あの殺気は本物だった。それをなかったことにするわけにもいかない。……なあ、倉仁江さん。それとも、カリン・グラニエラか? きみにどういう事情があるかは知らないが、あきらめてもらうわけにはいかないのか?」
「無理ね。止めたいなら私を殺しなさい。こっちは彼女を一度殺してるのよ。いまさら躊躇するなんて思わないで」
「そうか」
央霞は目を伏せる。
予想した答えだったのだろう。声に失望の響きはなかった。
しかし、次にカリンを見たとき、彼女の目はこれまでにない真剣味を帯びていた。
「それなら、ひとつだけ約束してほしい」
「聞くわ」
思わず答えていた。
真剣さにほだされたわけでも、相手がカリンにとって恩人だったからでもない――気がする。
正直なところ、なぜそう答えしまったのか、カリン自身にもわからなかった。
「この次、みずきを襲うと決めたときは、その前に私と戦ってくれ。私を倒すことができたなら、あとは好きにしていい」
「……それだけでいいの?」
カリンは訊き返した。
今回は不覚を取ったが、まともに立ち会えば、カリンがただの人間に負けるはずがない。
奈落人の騎士とは、まず強さをもって兵たちを従える存在なのだ。
「ダメよ、央霞ちゃん。そんな約束、この娘が守るはずないわ」
「どうなんだ? カリン・グラニエラ」
みずきの叫びを背中に聴きながら、央霞が訊ねる。
その言葉の終わらぬうちに、カリンの頭上に穴があいた。
天井を貫き、落下してきた槍が床に突き刺さる。
その際に、カリンを縛っていた縄も断ち切られ、足許に散らばった。
「来てくれたのね、《アード》」
使い魔の変じた槍をつかむと、かすかな震えがそれに応えた。
「逃げるつもり!?」
みずきが柳眉を逆立てる。
これまでか――カリンは真上に跳躍した。
そのまま屋根まであがり、息つく間もなく隣の建物へと飛び移る。手足に翼と噴射口を形成し、さらに隣へ。
そうやってひと区画分ほど移動したところで背後を振り返った。
どうやら追ってはこないようだ。カリンは、鈍痛を発するみぞおちを指でさすった。
(桜ヶ丘央霞――おかしな奴)
久々に味わう敗北の苦さ。
だが、それを与えた相手は、敵なのか味方なのかもよくわからない。
街を見おろす月が、雲に覆われつつあった。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる