4 / 24
溶ける背徳
3
しおりを挟む目の高さがそろったとき、彼はわずかに唇の端を上げた。からかうような、それでいてどこか感情の抜けた笑顔だった。
「……キスだけでいいの?」
あまねの胸が一瞬で跳ねた。
「え……?」
思わず聞き返すと、清澄は片眉を上げ、くすっと喉の奥で笑うように息をもらした。
「冗談だよ。ほら、目閉じて」
一瞬だけ戸惑ったけれど、あまねは小さく息をのんで、そっとまぶたを下ろした。暗闇の中で、心臓の音だけが大きく響く。
清澄の気配が近づき、頬に感じた吐息に思わず肩がわずかに震えた。
「……うん。それでいい」
清澄は少しだけ目を伏せ、それから静かに手を伸ばした。指先があまねの頬に触れ、髪をやわらかくかき上げる。
ほんの一瞬──唇が、そっと触れた。
それは、たしかに“キス”だった。けれど、痛みのように切なかった。
「……これは、ふたりだけの秘密だよ。あまねちゃん」
彼の言葉に、小さく頷く。
これは誰にも言えないこと。友達にも、家族にも。この日のことは、胸の奥に押し込めて、鍵をかけなければいけない。
──これでおわり。これからはまた、ただの生徒に戻る。
そう自分に言い聞かせながら、あまねは痛む胸を誤魔化すようにぎゅっと目を閉じた。
だが翌週、清澄は来なかった。
連絡は何もなく、ただ教務センターから「担当変更」の知らせが届いただけだった。
「急に辞めたんだって。理由は教えてくれなかったけど……優しくて教え方も上手だったのに、残念ね」
と、母は少し残念そうに言った。
あまねは、何も言えなかった。
携帯の番号も知らなかった。どこに住んでいるのかも、大学のことも何も知らなかった。
ただ一つ、たしかにわかっていた。あのキスが──あの人なりの“さよなら”だったこと。
初めて触れた唇の温度。
そのあとの静けさは、風のように冷たく、どこまでも遠く感じられた。
この恋が叶わないことなんて、最初からわかっていた。
けれどそれを、会えなくなった理由にはしたくなかった。
突然のいなくなった原因を考えても、答えは出ない。でも、あのとき胸が苦しくなるほどうれしかったこと。触れられた指先の温度が、ずっと離れなかったこと。ぬくもりの離れたあとの、切なさ。
それだけは、どうしても嘘にはできなかった。
篠宮あまね、十六歳。
最初で最後の「失恋」だった。
10
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる