戦いに負けた魔王はヤンデレ勇者に囲われました

雪雲

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ヤンデレ勇者と新生活

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 決して豪勢ではないが、心地よくゆったりと暮らせる屋敷の一室でもっとも日当たり良い一室でちゃらり、と小さく鎖の鳴る音がする。

 その鎖部屋の隅から伸び、ベッドで眠る大柄な人影へ繋がる。銀の髪の青年は、人とは異なる一対の白銀の角が額から生え、同じく光を返す銀の鱗に覆われた尾が有る。
 自身で鳴らした鎖の音に、揺り起こされ開かれた瞳は金色だ。

 真新しい熱のこもらないきらきらとした朝日を確認し、重いため息が漏れる。

 不覚にもこの穏やかにのんびりとした朝を心地良いと思ってしまった。
 少し前まで、この青年は魔王と呼ばれ城に住み、傅かれ、政務に追われ戦の指揮に追われ無能な部下の後始末に追われ、内政に追われ……控え目に言ってもオーバーワークに勤しんでいた。

 本来なら屈辱に塗れた、筈の現状だろうに思わずのんびりとしていて、穏やかでいい朝だ……などと思考してしまい何とも言えない気分に陥った。
 確かに寝心地は悪く無く、質は良いがかつての自室に比べれば随分と質素になった部屋でも不満もなく、心地よく眠れてしまっているから尚更だ。

「……はぁ……」

 複雑な心境のままため息をついたとほぼ同時に、控え目なノックが成される。返答する前に勢い良く扉が開かれた。
 そしてすさまじい勢いで、黒目黒髪の、どこか線の細い印象の青年が勢いよく一直線に飛び込んで来た。

「おはよう! ふふっ、今日も大好き! すきすきすき! あいしてる!」

 そう、全てはこの朝いちばんに好意を告げながら抱き着いて来るヤツ……所謂勇者のせいなのだ。
 もちろん先代の魔王を滅ぼした当人ではなく、ソレの血族のひとりだ。この現魔王を『倒した』事で真に勇者と呼ばれる様になった男以外にも挑んで来た者は大勢いた。……一体先代の勇者はどれだけ頑張ったのだろうか。子孫が多すぎる。
 そういった訳で、この『勇者』の出自はさっぱり知らない。
 ある日ふらっとやって来て、目が合った瞬間『好き! 愛してる!』の絶叫をかまし、どこか可愛らしい顔立ちと、お粗末な装備からは考えらない猛攻によりあえなく敗北。

 勇者らしい力量よりも、正直狂気一直線の視線と、初対面の筈なのに向けられるクソデカ感情にヒェッ……とばかりに怯んだのも敗因の何割かだ。

 ここで負けたからには首を刎ねられそれで終わりかと思っていれば、昏倒させられどう足掻いても破壊不能な魔封じの首輪に繋がれてこの屋敷で目覚めるに至る。

「お前は……俺の何がそんなに良いんだ」

 先程までの僅かな清々しさも吹き飛んで、眩しい朝だというのに黄昏た目をする。視線の先には勝手に膝の上に乗り上げながら首筋に顔を埋め猫のマーキングよろしく頬ずりする勇者が居る。

「一目惚れとか言うやつか?」

 ふわりと柔らかく前下がりの黒髪をゆらし、勇者はきょとんと見上げて来る。少しだけ小首を傾げて考えるそぶりを示し……、

「ん~……概念?」

 とんでも無い返答を寄越した。

「ガイネン……」

 あんまりにも想定外過ぎた為に、魂の抜けた様な棒読みで繰り返してしまう。眩暈さえ覚える。

「一目惚れなんかじゃないよ? 君の存在を知った瞬間からすきで好きで大好きで恋してたんだから」

 んふふっ、とどう見ても穏やかとは言えないうっそりとした笑みを向けられて顔が引きつるし、長い尾の先端はびくりと跳ねた。

「君の存在そのもの、根底からあいしてる」

 妙に熱がこもった言いようの癖に、冷たくぞくりとするものを感じ、身を引こうとするがほぼ乗り上げる様にして寄りかかる勇者のせいで僅かな退避も叶わない。
 魔王より少しばかり小さい癖に、アホみたいに力が強い。魔力を封じられている云々ではなく、本当にアホ程力が強い。アホなんじゃないかこいつ?

「ねえ。えっちしよう。したい。しよう?」

 ちゃりちゃりと、魔封じの首輪から伸びる細い鎖を爪繰りながら、まるで子供が遊戯にでも誘う様なあどけない語調でとんでもない事を言う。

「はぁ!? 馬鹿か!?」

「だめなの!?」

「むしろ何で出来ると思ってたんだ!? 頭沸いてるのか!? こんな日の高い内から何言ってるんだ!?」

 実際は高いどころか、昇ったばかりの真新しい朝日だ。

「何で!?」

 心底分からない! と言う様に瞳孔っかっぴらいた目を瞬かせ見つめて来る。
 
「何でもだよクソっ! お前さてはかなりおかしい分類の人間だな!?」

 ファーストコンタクトで察して居たが……。想定以上にどっかおかしい。

「……君が嫌ならしないよ」

「そう言うなら、この首輪を外すか、普通に殺して欲しいんだが?」

 そもそも何を考えて、文字通り繋ぎ止めているのかも分からない。数世代に渡り怨嗟を塗り重ねて来た敵の将など、早々に打ち取るべきだろうに。
 捕えて利用するでもなく、あくまでもこの勇者『個人』に囲われている。全く意味が分からない。

「君は僕の存在理由だから、それは駄目」

 また例のうっそりとした不穏な笑みを向けられる。
 一体何がどうしてこのおかしな人間に求愛されるに至ったのかが皆目見当もつかない。そして求愛行動の圧が高すぎてキモイ。

「……じゃあ、ちゅー……していい?」

「ああもう、口付けくらいなら勝手にしろ」

 堂々と臆面も無く『エッチしよう』などと言う癖に、何故かもじもじとしながら上目遣いで尋ねられる。もう面倒くさいというか、長時間接し続けると精神衛生的によろしくない気がして、適当に返す。

 つん、とまるで指先で頬を突かれたような感覚に、逆に驚いて視線を向ける。その儚い感覚の通りに頬に小さく唇で触れるだけのキスが落とされていた。

 見られた事に気づいたのか、アタマオカシイ勇者は慌てて飛びのき、真っ赤になった顔を両手で覆い、おどおどとする。

 意味が分からない。何故その程度でそんな赤面する。
 あんまりにも恥ずかしそうな様子に、つられて気恥ずかしくなってくる。

「あ、えっ……と、僕、朝ごはん作ってくる……!」

 瞬きなく穴が空くほどに見つめていた視線が、今度は一度も合う事はなく耳まで朱に染めたままやって来た時同様に騒々しく走り去っていく。

「……って、本当にそれだけなのか!?」

 無駄に圧の高い所と、妙に及び腰になるところと、照れるポイントが全く理解できない。
 思わずというように唇がふれていった頬へ手を伸ばし、そこにふれて、何故か恥ずかしさが加速し無意味に顔が熱くなった。
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