戦いに負けた魔王はヤンデレ勇者に囲われました

雪雲

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ヤンデレ勇者と新生活

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 ばたばたと騒々しく出て行った勇者の気配が完全に失せ、顔面の熱が落ち着いたのを確認してからそろりと部屋を出る。
 全ての魔の者を支配下に置いて居た魔王の力を封じ込める首輪に繋がる鎖は小さな音を立てながら無限に伸びる。音もして触れる事も出来るのに、実際は魔力で編まれたものでアノ勇者の許容する範囲ないなら際限なく繋がり続け、絡む事もない。

 一体どこのどいつがこんな変態性能の一品を作ったのか。
 
 力を封じ、鎖で繋いでおきながら屋敷内は基本的に自由だ。広大な城に比べればあまりにもちっぽけな行動範囲だが、不便が無い程に自由だ。
 意図が分からな過ぎて、逆に不気味なのだが……。
 
「おはようございます。魔王さん」

 ともかく、自由に出来るのならハッキリとしないこの状況をどうにか出来ないかと大して広くもない住まいを徘徊しようとして、ふっと寄って来た気配に意識を向けた。
 すん……、とばかりに表情のない女が臆する事もなく軽い調子で声をかける。

「お前は、確かマルガレーテだったか……」

 頭カッとんでる勇者の強襲の折に、後ろの方に居た女だ。たしかそう呼ばれていた。

「はい。どうも。マルガレーテです」

 どうも、と非常にフランクに片手を上げる女は今日も無表情だ。鳶色の髪と新緑の瞳で一般的に美しいと表現される筈なのに、魔王城で見た時のままの無表情だ。

「所で魔王さん。初夜はまだですか?」

 そして無表情のまま悪びれもせずしれっと吐き出す。

「本当になんなんだよお前たち!? 主に頭がどうなってんだよ!?」

 仮にも年若い女性が投げかけていい問いではない。ドストレートな発言どころか大暴投を寄越してくる。
 ヒトに近い形を取りながら身体に流れる多量の魔力により、精神が歪みやすく『魔族』と一括りに忌避される者たちとはまた違った歪っぷりである。
 正直身の危険を感じる。

「私はただ、女の子は女の子と男の子は男の子といちゃいちゃしすべきという理念を持ってるだけです。そしてそれを眺めていたい人です」

 それは有性生殖で増える種族として終わった考えではないか? 大丈夫なのか人類。

「うーん。その様子だと初夜ダイブならずですか……。残念です。ユーちゃんにはもう少し強引に行くように言っておきます」

「やめろ」

 それは心底止めてくれという想いを込めて即、止める。それで止まるのかはさっぱり分からないが……。
 マルガレーテはそうですか……と、やはり無表情で呟く。

「……ところでお前は何をしに来たんだ? こんなくだらない話の為……な訳ないだろ」

 これまでにも居た大勢の『勇者』は大概数人の仲間をひき連れて居た。この女もあのとんでも勇者と共にやって来た奴だ。
 あのとんでも男の一存でここに留められているのなら、勇者の所属する国か、組織の連中が何か仕掛けてこないとも限らない。

「純粋に魔王さんの処女の行方が気に成ったので来ただけです」

「嘘だろまじか」

「まじですがなにか。私としては早急にユーちゃんと貴方がいちゃ付く所が見たいんです」

 どこまでも真顔でそんな事を言う。
 感情の機微の無い表情では、長年統率困難な癖が強い上に、何かと利己的で自分本位が強い魔族の頂点に君臨していた魔王とてその発言の真偽を読み解く事は難解だった。

 ただ本能的に、危機感が込み上げてくるので恐らく本心だ。

「私はただ、ユーちゃんに幸せになってほしいだけです」

 感情の浮かばなかった表情に、僅かに慈愛がともる。
 だがすぐに、あ、と言葉を漏らし再び真顔一辺倒で続ける。

「その幸せにおいて貴方の幸福と精神状態は一切考慮されませんし、ぶっちゃけ顔のいい男が睦あってるシチュエーション大好物なので単純に私の欲望でもあり、ユーちゃんへの情が無ければ今すぐこの場で催淫魔法ぶちかまして二人の様子をデッサンしてたい位ですし、何なら貴方の代わりに全種族征服統合して百合と薔薇の咲き乱れる素敵な世界を築きます。そしてそれを眺めます」

「おい勇者ぁ! 人権軽視の害悪魔術師が居るぞ……!!」

 己の欲望だけでのみで付け抜けていきそうな分、相当質が悪い。

 敗北したとは言え、魔王とは思えない切羽詰まった叫びに、呼ばれた事が嬉しかったのか調理中の為に包丁握りしめたまま満面の笑顔で駆け付けた勇者に、何度目になるか『ヒェッ』という気分を味わった。

 ただ残念な事に、この世の全ての生物に対して害悪な魔術師と魔王に対してのみ一点特化に害悪な勇者はチームを組む程には親交あったので何の助けにも成らなかった。

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