イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト

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閑話②~とある売れっ子作家界隈の動向~

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 作家というものは、どうにも『〆切』というものが天敵らしい。
 来るのがあらかじめわかっている相手だというのに、どうしても勝てそうになく、毎回苦戦を強いられてしまう。

 最初のうちは、ちゃんと計画的にそいつに打ち勝つためには、どうしたらいいのかという手順だのスケジュールだのを立てるわけだけど、どういうことかそれらは、たいてい海の藻屑のごとく破れ去って行くのだ。
 まったくもって、〆切というヤツは強敵すぎるのであった。

 現に今だって、聞いたときには半年先の話だと思っていたものが、もうあと残り半月を切ってしまっている。
 いやはや、なにが起きたのか、さっぱり意味がわからない。

 さらには編集部の担当者という名の刺客からの『進捗確認電話』という攻撃も、朝昼晩を問わず、追い討ちのようにかかってくるのだから、なんと恐ろしいのだろうか?!
 あいつらは、私を寝かせない気満々でいるとしか思えないだろ!?

 ……とまぁ、そんな恐ろしい敵たちのことはさておくとして、自己紹介がまだであった。
 私の名前は三峯みつみねゆたか───まぁ、そんなおっさんの名前なんてものはどうでもいいだろう。
 職業は、ありがたいことにいくつもの作品を映像化してもらえている程度には、世間に名の知れたミステリー作家だ。

 ミステリー作家というのは、ありもしない殺人事件を脳内ででっちあげ、その犯人の殺人に至るまでの動機や犯行時の心境、そして犯行後のトリック構築からそれを探偵役の主人公がどうやって暴いていくのかまでを妄想し、それを文章化して推敲をかさね、食いぶちをかせぐ職業だ。

 私が作家だと知ると、たいていの周囲の人は、私を気むずかしい人間だと思うらしい。
 もしくはミステリー作家なら、猟奇殺人が好きなあたまのイカれた野郎と思うかもしれない。

 そんなことはない!
 大事なので声を大にして、言おう。
 決してそんなことはないんだ!!
 私は日々、酒と猫とミステリー小説を愛でながら暮らしたいだけの、たんなるおっさんにすぎないというのに!

 そりゃたしかに、己の妄想を他人に向けて発信しているわけで、つまり作家とは、不特定多数のだれかと共同幻想をわかちあいたいとさけんでいるだけの、ある意味、ものすごい承認欲求とともに孤独感をこじらせた人種であると言えるけれど。
 何度でも言おう、私は決して気むずかしいわけではないのだと。

 なんなら、さびしがりやなところがあるだけの、無害なおっさんである。
 なのに、こうして私がウンウンうなりながら〆切と格闘し、パソコンに向かっている最中は非常に寂しい。
 むしろ『ぼっちの極み』と言って良いほどに、むなしい闘いを強いられていた。

 こんなにも孤独に弱い人種が、常にひとりぼっちではたらかねばならない『作家』という職業は、なんとも因果なものである。
 ───なんて、もっともらしいことを言ったところで、迫り来る〆切はどうしようもなかった。
 正直、今の状況は正しく行き詰まっていた。

 時間よ、止まれ!!

 何度願ったところで、もうどうにもならず、いよいよ編集部により私は、強制的にホテルの一室で缶詰めにさせられていた。
 書いても書いても、終わらない。
 それどころか納得いかなくて、書き終えたところを何度も消しては、また書き直してきたことか!

 もうイヤだ、こんなところに缶詰めになっていたら気が狂う!
 なにが『先生の気を散らさないよう、携帯はお預かりいたしますね』だ!
 ほんの少し、放送がはじまったばかりのドラマの感想をエゴサしただけじゃないか!

 せっかく私の書いた作品を映像化してくれたんだ、原作ファンやその他の人たちの反応が知りたい、この感動をだれかとわかちあいたいと思うのは、いたってふつうの感性じゃないのか?!

 他人の発狂気味な感想からしか得られない栄養素というものは、まちがいなくあるんだから!
 あまりにも辛くなった私は、そう担当に訴えたところ、まさかの提案を受けることになったのである。

 ───そう、ドラマの撮影現場を見に行かないか、というお誘いを。


     * * *


「ほわあぁぁ、至るところに芸能人がいる……!!」
 我ながら、よくこれで作家などと名乗れるものだとはずかしくなるくらい、語彙力が消失していた。
 でもイケメンやら美少女やらが、そこかしこにいるって、目の保養すぎるのだから仕方ないだろう!

「ちょっと先生、マヌケな顔さらしてますよ!せめて原作者なんですから、もっとシャキッとしましょうよ!」
 私の監督のためについてきた担当には、そう言ってたしなめられてしまったけれど、引きこもって文筆活動に勤しむしか能のない私に、この現場はまぶしすぎた。

 主演の子には、このドラマの制作発表のときにあいさつをしたことがあるから、まだ少しは見なれたつもりでいたけれど、あらためて遠目で見てもカッコいい。
 そこにいるだけで、キラキラと光って見える。
 現代版、光る君だ。

 でも。
 本当の意味で私の語彙力を消失させたのは、別の役者さんだった。

「本番!よーい……」
 カメラのそばに控えるADさんが合図をし、撮影がはじまる。
 この日は、私にとっても特に思い入れのあるキャラクターの千寿せんじゅと、主人公の直接対決のシーンが撮影される日だった。

 私の書く作品は、すべからく大事な我が子のようなものであり、当然ながらそこに出てくるキャラクターも愛しい我が子である。
 だからこそ、映像化をされる際は、そんな我が子ですらも、そのドラマを撮影する監督たちの子になるのだと覚悟をしていた。

 描きたいものも解釈も、おなじ文章表現からであろうとも、受け止め方は人によって千差万別になるのだと、そう思っていた。
 そうでなくては、私ではない人が私の作品を映像化する意味がないのだから。

 まして生身の人間が演じるのだから、キャラクターにその演者の色が乗らなくては、面白みに欠けてしまう。
 そう思って、いたのに───。

 そこにいたのは、私が思い描いていた千寿そのものだった。

 立ち居ふるまいがひとつひとつきれいなのも、背筋がシャンと伸びているのも、その声に透明感と張りがあるのも。
 にこにこと人のよい笑みを浮かべたままに、シームレスに殺意をみなぎらせるのも。
 すべて『超人』と位置づけたくなるくらいには、ずば抜けて優秀な人間だからこそ、常人を惹きつけてやまないのだと。

 私が作家として脳内の妄想をぶちまけた話を書いていても、決してだれかと100%共有することはできないはずの、脳内で思い描いていたの千寿がそこに具現化していた。

 正直、今日ここに来るまでは、私の描いた千寿は完ぺきな人間すぎて、映像化するなんてできないと思っていた。
 好きなキャラクターだからこそ、失望したくなくて、せめてずば抜けたイケメンであればいいなんて、勝手にハードルを下げて。

 主人公は私の脳内にいた彼とは少しちがっていたけれど、自然とにじみ出る愛されキャラ加減がキャラクター本人でしかなくて、そんな彼をキャスティングしてくれたドラマの制作スタッフさんたちなら、それらしいものは近づけて用意してくれるはず。
 ……なんて上から目線でかんがえていた。

 それが現場に来てみたら、まぁ私からすれば十分イケメンではあったけれど、一見しただけでは地味なくらいの青年がスタンバイしていたわけで。
 その時点で、ひそかに期待値を下げたのは事実だ。

 とんでもなかった!
 まちがえていたのは私のほうだ。
 彼こそが、私の思い描いていたとおりの千寿だった。

 実際、主人公を追いつめるシーンでは、遠くで見ているだけの私ですら、鳥肌が立つほどの恐怖を感じたし、なにより存在感がちがっていた。
 なんていうか、次元がちがう。

 ほかの脇役の人たちが、どこか書かれた脚本をもとに二次元にしかいない存在を演じているという『作りもの感』をにじませているとしたら、この千寿は三次元に実在する人間だった。
 だれかが演じているのだということを忘れてしまうほどに、そこにいたのは、千寿本人でしかなかったのだ。

 えっ、〆切が近すぎて、私はついに壊れたのだろうか?
 こんな、まっ昼間から夢を見てしまうくらい??
 思わず不安になって横にいる担当を仰ぎ見れば、彼もまた口を開けっぱなしにして、千寿にくぎづけになっているようだった。

 いやいや、こんなにも『君が憎い』とか『殺してやりたい』なんて物騒なセリフ、セリフとも思えないくらい苦しそうに言う人いる?!
 千寿でしょ、千寿本人しか言わないよそんなの!

 だけど、さらにこの日の私にとってのいちばんの衝撃は、このあとに控えていたのである。

 主人公を瀬戸際まで追いつめたあと、ふいに主人公の放ったひとことに動揺した千寿が、その手をゆるめるシーン。
 幼いころから家族の愛を知らずに育った千寿にとって、赤の他人である己にまで必死に救おうと手をのばす主人公にほだされそうになるところだ。

 私のなかでは、余裕ある千寿が、たわむれに主人公に情をかけただけだとかんがえていた。
 実際、それまでの千寿は、ずっと優位に立っていたんだし。
 でも、本当はちがった。

「『本当は、ずっと苦しかったんだろう?』」
「『そんなことは、ない……っ!』」
 図星をつかれた千寿の顔に、動揺が走る。
 それまでの金城鉄壁な千寿のガードに、蟻の一穴が空いた瞬間だった。

 なんて、頼りなげな表情をするんだろうか?
 予想外のタイミングで、心のやわらかいところに踏み込まれたような、そんなゆらぎを感じる。
 その後にうつむいてしまったけれど、それでも千寿の動揺がこちらに伝わってくるようだった。

 そこからは主人公のターンとなる。
 けれど私の目に写ったのは、私が執筆していたときに想像していたような、いつものように怒とうの推理を披露し、容赦なく逃げ場を断っていく主人公にたいし、そのまっすぐさを皮肉たっぷりに揶揄する千寿ではなかった。

「『……君がうらやましいよ』」
 たったそのひとことが、あまりにも儚くて。
 とうの昔にあきらめたまぶしい夢を見るように目をすがめる千寿は、今にも消えてしまいそうだった。

「っ!」
 心臓を撃ち抜かれた気分だった。
 そうだ、これだ。
 これこそが本当の千寿の気持ちなんだ。

 泣き笑いのような顔を見せる彼を引き留めるように、主人公が抱きつく。
 わかる!
 わかるよ、その気持ち!!
 だって消えちゃいそうだもんね?!

 ───もちろんこんなシーンは、原作になかった。
 でも、これこそがこのときの正解なんだって、すなおにそう思えてくる。
 だってあの千寿は、そうでもしなきゃ、泡のように一瞬で溶けてしまいそうだったんだから。

 自分のなかで設定していた千寿というキャラクターの輪郭が、この瞬間によりいっそうクリアになる。
 あぁ、彼だ、彼の演じた千寿こそが私の書きたい千寿なんだ!

 えぇと、演じてくれた役者さんの名前は───羽月はづき眞也しんやさんか、はじめて知った名前だ。
 なんだろう、彼のおかげでむずかしい千寿というキャラクターの理解が進み、あの小説の世界自体の解像度もあがった気がする。

「今ならつづきが書けそうな気がする……」
「えっ、本当ですか、先生?!」
「あぁ、あんなすばらしい芝居を見せられたら、私は物書きでジャンルはちがえど、おなじ表現者として負けていられないような気になってきた」

 フツフツと腹の底から湧いてくるやる気が気持ちを押し上げ、今すぐ執筆したい気分になってくる。
 こんなことは、長らく味わっていないものだった。
 それが今は気持ちいい。

 ひとりの役者の芝居が放つ光は、脳内でうすらぼんやりとしていた私の書くべき話の世界を、あざやかに照らしてくれた。
 今はただ、その世界を書き記したい。

 そんな気持ちのままにホテルにもどり、〆切前に書き上げられたのは、長い作家人生のなかではじめてのことだった。
 あわよくば、この放送に合わせて、千寿を主役にした短編を書き上げよう。
 そんな野望までもが叶うことになるのは、もうまもなくのことだった。
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