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㉚翳りある貴方の眼差し*
しおりを挟む「アリセア……実は、君に言っておくことがある」
真剣な瞳で見つめてくるユーグスト殿下。
きちんと向き合いたい。
だけど、徐々に不安な気持ちも込み上げてくるのは事実で。
一体何を言われるのだろう、そう思っていると。
「元々、……というか、私たちが小さい頃。君は、俺のせいで魔力がほとんどなくなってしまっていてね」
「え?」
彼の言葉に、唖然とする私に、すまない、と彼が悔やむように謝った。
「あの時、王宮で、君に話すのを躊躇って、途中でやめてしまった話は、この事なんだ。」
「あの時……皇后様たちに、ご挨拶に伺った時、ですね」
「あぁ。……幼い頃、俺の傍にはよく精霊獣が遊びに来てくれてね。何故見えるのか……は分からなかったが
とても懐いてくれていたよ。
きっと、剣をくれたタイミングを考えても、あの子がくれたのかなと思うことがある。」
「あの剣は……その精霊からの、贈り物かも?」
「そうだね。……その子が、王宮に忍び込んだ別の精霊獣と対立したらしくて、その攻撃に巻き込まれたのが……君なんだ」
言いづらそうに、口を開いたユーグ。
「わ、私が……?」
「君が、俺に懐いてくれていた精霊獣を庇って……。」
ユーグの言葉に、かすかな震えを感じた。
「その攻撃を受けた代償か、………魔力の大半が無くなってしまっていた。」
代償……。
そんな事があるっていうの?
「きっと、それが無ければ、君は今此処にいなかったかもしれない。……何故、君にも精霊獣が、見えたのか。それが、はっきりとは分からないけれど。波長があったのかもしれないね?」
あの時ユーグが伝えるのを躊躇っていた理由が、今、ここに来て、分かった。
そんな事が自分の身に起きていたとは……。
当時の大変な事態を知るも、一番に考えたことはーー。
「ユーグは……無事だったんですか?怪我は……?」
驚いたように、ユーグの瞳がわずかに揺れる。
「アリセア……こんな時にまで、他人の心配をするんだな」
ふっと、優しく微笑む。
「大丈夫。俺も、精霊獣も無事だったよ。それ以来会えていないが、きっとどこかで見守ってくれているだろう」
その言葉に、緩んだ気がした。
無意識に入っていた力が、抜けていく。
「それなら、……良かった……」
「残った魔力でも、アリセアは『生活に困らないし十分』と言ってくれていたのだけれど」
ユーグは、私以上に痛みを抱えているかのような傷ついた表情で、今までどれほどの責任を感じていたのかが分かる。
「残った、魔力……確かに魔力が増えて魔力暴走が起こっていますが、それ以外で考えると、生活には困っていないと思います」
「そう言ってくれて、ありがとう。だが、……その頃から、君の身体の魔力は"器”に対して、少ない状態だった。多少はあったから、この学園にも入学は出来たんだ」
「そうですよね、この学園は、ーー魔法適性がないと入れない……」
困惑しながらも、微かに微笑する私の頭を撫でてくれる殿下。
まるで、安心させるかのような仕草だ。
そばに居てくれるだけでほっとする。
「不安にさせてごめん。そんなアリセアの状態を、
……フォートが、君と会った時から、
魔力があまりないことは見て分かっていたとしたら」
「そんな、……そしたら、復帰した時にはもう?」
驚きで声を失う。
「違和感を覚えるだろうね。
俺なら一度違和感を感じたら、
その者を注意を払って観察する」
とユーグストが言った。
さらに、続けて。
「彼も、アリセアをずっと傍で観察してたに違いない」
「あ……初めての演習の後……彼、言ってたんです」
< アリセア、今日絶好調だね >
私はすっかり言葉を失ったかのように、何も言えない状態となってしまった。
「私の魔力が増えたということは……つまり、演習でも、以前の私より魔力の持久力が上がっているということ。それに、誰よりも早くフォートが気がついた?」
先生ですら何も言わなかったのに。
「そうだね。そしてもう1つ。
……君が自分の変化に気が付いていない様だった。
だから、逆に……」
「……"記憶に関する違和感”も感じた?」
ユーグの言葉を受けて、導き出された回答に言葉が出なくなる。
「もともと、倒れたあと、君の魔力が増えていた事に気が付かなかったのはこちらのミスだ。今回……魔力暴走を、演習中にも、引き起こしてしまった。すまない、アリセア」
「そんな、ユーグの責任じゃありません。誰も増えてるなんて思いもよりませんよ!……私も記憶を無くしてしまっているから、魔力が向上しているなんて自分でも気が付かなくて」
「優しいね、……そんな所に俺は……」
ユーグは一瞬言葉をため、「ありがとうアリセア」と言った。
「きっと、アリセアの変化に、誰よりも早くフォートは気がついた」
「っ……」
きゅっと唇を噛み締める。
「それなら……私、いつか、ちゃんと話をしたいです。フォートに」
そう言って、ゆっくりと、起き上がる。
ユーグがその意志を尊重してくれ、何も言わずに背中を支えてくれる。
私は真っ直ぐにユーグを見て言った。
逃げない。
ごまかさない。
大事なことだから、ちゃんと向き合いたい。
「記憶を失っていたとはいえ、心配してくれていた彼を、私がまるで蔑ろにしていたようで……それに、彼に色々と助けられていたことにも、やっと気づきました」
クラスメイトの名前が分からない時。
自然とその方の名前を呼んで教えてくれたり。
不安で教室にいられない時は、いつの間にか近くにいて、寄り添ってくれていたように思う。
ただ、何も考えずに暇つぶし程度に、私にまとわりついてくるだけだと思っていたけど、……実は理由があったの?
私は、フォートの事を、何も知らない。
だからこそ、彼とも本当の意味で、きちんと向き合いたい。
「そうか……」
ユーグの顔に、ほんの少し影が差す。
それでも私は、視線を逸らさずに告げた。
「私、もう一度きちんと彼に顔を向けれるように……なりたいんです」
「……それが君の望みなんだね」
「はい」
彼の許しを待つのではなく、自分の選んだ言葉で、自分の選んだ相手に向き合いたい。
私は、そう思った。
ユーグは瞑目するように目を閉じ、やがて小さく頷いた。
「君の意志を尊重したい」
だけど、そういった後、ユーグの表情が、ほんの一瞬だけ曇ったように見えた。
「……念の為聞くけど、君の魔力が暴走しかけた時、近くにいたのはフォート……だけだよね?」
「え?」
「いや、……なんでもないよ」
彼の言葉の意味が掴めずにいると、ユーグはそっと私の方に手を伸ばした。
「アリセア……こっち向いて」
「え、あ……」
戸惑いながらも顔を向けた瞬間……。
「んっ」
唇に触れる、柔らかくて一瞬の感触。
目の前には伏し目がちなユーグスト殿下がいて。
「消毒……一応ね?」
「ぇええ?!」
目を丸くして驚く私に。
ようやく彼が、いつものようにふっと微笑んでくれた。
だけど、まだ、彼には翳りがあって。
「消毒って……どういう意味ですか?」
私が困惑しているのに、ユーグは、それには答えない。
「ユーグ?……」
何か、隠しているの?
「アリセア。体調が……きつい時にもう少しだけいいかな。伝えることがある……まだ、大丈夫?」
ユーグストは、しばらくの間、沈黙を保っていたが、おもむろにそう切り出した。
「は、はい。……聞かせてください」
不安もあったが、真っ直ぐに見詰め返した。
どんなことも逃げない。
その覚悟で……。
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