~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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㊽実験

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「それでは、始めますね」
ヤールはそう言ってミクリヤ球へと、1歩、また1歩と、近づいていく。

「これはすごいな……」
足元から伝わる神経を刺激する痺れが……じん、と強くなっていく。

「ヤール、大丈夫ですか?」
アリセア様の震えるような声に、振り返って、安心させるために笑いかける。
「大丈夫ですよ」

ユーグスト殿下と、アリセア様ーー特にアリセア様はきっと、今も不安そうな目で見ているのだろうと思ったら、自然と笑みがこぼれた。

(……可愛いな。守ってあげたくなる)

「近づく度に痺れが強くなってきてまして、やっぱり、……この時点ですでに判定されてそうですね」

ミクリヤ球へ視線を戻すと、微かに球体が脈打つように震えていた。
それは、まるで生き物のような反応。

通常の動作とはまるで違う。

ヤールの表情に、わずかに緊張の色が混じった。

(これは……“主導権の奪い合い”だ)

内在する魔法構造体が、外部からの解析を拒もうとしている。

すう、と静かに息を吸い込む。
目を伏せ、精神を集中する……。
まずはミクリヤ球を解析しなければ、個人の生徒が操ることなど不可能。
間隔を開けて、両手を球体へと向けた。

……一瞬、全てが静寂に包まれる。

「調律せし風の和音、光とともに影を覆い隠せ。
──旋律解析、奏始。」

旋律のように涼やかな声。
しかし、緊張みを帯びた声色で、言葉を紡いだ。

その瞬間。

球体から放たれた魔力がヤールの意識に雪崩れ込んでくる。

それはまるで、高度な音楽理論を叩き込まれるような衝撃だった。
言語を越えた情報の奔流。
記号と音階が螺旋状に絡み合い、意識の中で幾重にも重なる。

それを紐解いているうちに次々に難問を出されるーーミクリヤ球からの抵抗される力の流れが強い。

(すごいな。……これほどまで美しく圧縮された情報は……見たことない)


一瞬、飲み込まれそうになった。けれど――

ヤールは心が沸き立つのを感じる。

恐怖ではなく、ーー歓喜。

絶対に成し遂げる。

長く深く、思考の旋律を走らせ、
やがてヤールの瞳が閃く。

「……調整するための要、見つけました」
ーー奏解析終了。

一瞬、それでも酷く緊張した。

ここから先は一般人を巻き込んだ騒動になる可能性があるからだ。

それでも。


「お二人共、いきますよ!」

これでアリセア様の困り事の解決の糸口になればいい。

そう願ってヤールは想いを込めて、そこに思い切り魔法を放出した。


*****


「アリセア……」
「きゃあっ」


その一瞬。

まばゆい閃光とともに、アリセアの体は自然とユーグストの腕の中にいた。

閉じた瞼の向こうで、光の余韻がまだちらつく。
けれど、彼の腕の中にあるぬくもりと、全身をやさしく覆うように展開された魔法障壁の気配が、静かに心を撫でていく。

(……この匂い、落ち着く……)

強張っていた胸の鼓動が、すうっと和らいでいくのを感じた。



***



「……弾かれました」
淡々としたヤールの声が、空気を割る。
まるで何でもない報告のように。

ヤールの顔には、動揺の色は一切なかった。

その瞳にはただ、状況を見極める冷静さが宿っていた。

「決まりだな」



しん、と静まり返り、水流の音だけが部屋に響く。
今は、何事も無かったかのようにミクリヤ球は鎮座していた。

アリセアは、全身から力が抜けるのを感じた。
膝が震えて、思わずその場にへたり込む。

「アリセア様!」
「アリセア…!」
二人の揃った掛け声に、どう返事をしていいか分からない。

「……びっくり、させないでください」
か細く、本音が混じったその言葉に、ユーグもヤールも苦笑を浮かべた。



その後、ふたりはすぐに部屋の異変を調べ始めた。
ミクリヤ球や周囲に精霊の痕跡が残っていないか、念入りに確認してくれていた。

その間、私は部屋の端に座らせてもらい、しばし体を休めていた。

けれど、心は……落ち着くどころか、どんよりと沈んでいくばかりだった。

皆を頼っているばかりの自分に自己嫌悪してーー。

「……こんなはずじゃなかったのに」

今までのことが今更ながらに蘇ってきて、ため息しか出ない。

すぐに泣いたり、倒れたり、今回のことだって。

(どうして……私だけ、こんなにも不安定なの?
 皆みたいに……感情と上手く付き合うには、どうすればいいの?
 私だって……いつか、誰かを守れるようになりたいのに)

そう思いながら、周辺を見渡していたら。

……ふっ、と、微かに香りが鼻先をかすめた。

甘すぎず、重たくもない。

けれど、どこか懐かしいような……。

胸の奥がぎゅっとなるような香り。

「……?」

アリセアは入口の方に顔を向けた。

誰もいない。

ただ、冷たい空気が流れているだけ。

(おかしいな……今の香り……)

どこか……遠い昔。

嗅いだことがある気がした。

けれど思い出せない。


*******


「っ…危ね」


そう言いながらフォートは姿を隠した。

異変を"感じ取って”駆けつけると、地下のミクリヤ球部屋にアリセア達が行っているのに気がつき、
彼は、一部始終を見守っていた。

「アリセア……ほんと、頑張ってたな」

彼女の、ユーグストへの信頼を向ける顔に、心が苦しくなる。

あの安心するような眼差し。
心配、いらなかったみたいだな。
覚悟していても、心が引き裂かれるような痛みを感じる。


「共鳴、か」
先ほど聞こえてきた内容にフォートはつぶやく。


それにしても……ヤールも無茶をする。
やることがえげつない。

ユーグスト殿下の実力は分かっていたが、先程見ていたがヤールも負けていない。
彼女を守る騎士が2人もいるんだ、今夜は大丈夫だろう。

流石に学園全体の異変を、常時感知するにはきつくて、アリセア周辺に設定していた網目。

「今日はもう切っておくか」


それにしても…。

「アリセアが気づいたのは……香り、か」

フォートは胸元に指を添える。

小瓶の中の香水。

……忘れたことなんて、一度もなかった。

それでも、今になってまた使いたくなるなんて。

(これは……俺のお守りだからな)

自嘲気味に笑いながら、フォートは香りの残る袖口をそっと握りしめた。




ーーーーーーー


「今日はもう帰ろう。共鳴が原因なら、ここでやれることはもうないだろう」


ユーグの言葉に、アリセアは少しだけホッとする。


「すみませんお手伝い出来なくて」


今日は色々あって、心身に負荷がかかっているのが自分でも分かっていた。


なので、その言葉に甘えることにした。

今日は、水流の誤作動の、原因が、精霊由来の『共鳴』かもしれない。


その確率が高くなったことが知れただけでも、良かったのかもしれない。

彼らに促され、ミクリヤ球に背を向けて、地下の入口の方へと歩いていた時だった。

「…、……ちゃん」


「え?」



誰かに呼ばれた気がして、振り返った。

その瞬間、ミクリヤ球の傍で。

子供の残像が見えた気がしてーー。

「っ…!」

*******

アリセアがとっさにユーグストの背中に飛びつくのを見て、
ヤールは眉を上げ、すぐに理解し背後を確認した。

ただ、ミクリヤ球が静かに動いているだけだった。
水流の音のみが部屋に響く。

ーー小さな頃から、アリセア様の、怖い時の反応は変わらない。

彼女が怯えた時は、まず誰かの背に隠れる。

言葉では強がっていても、恐怖は本音を隠せない。

昔、雷が鳴ったあの日も、自分の裾をぎゅっと握ってきて……。

だが、今回、彼女がしがみついたのは、殿下だった。

自然とそうしたのだろう。

迷いのない動作に、彼女の心の変化を感じ取る。

記憶をなくしたことで、彼女は以前より素直に頼れるようになったのかもしれない。

昔よりずっと、柔らかく、人を信じられるようになったんだな、と。

その成長が、少しだけ寂しくもあり、可愛らしくもあり……。
ヤールはそっと微笑んだ。

*****

「どうした、アリセア?」
ユーグが驚いたように顔だけこちらへ向ける。
まだ心臓の音が早くて、落ち着かない。
なんとか口にできたのは――

「…、……お化けがでそうで…急に怖くなって」
言い訳のようにそう呟くことしか出来なくて。

「ふっ。俺が背後に回るので、おふたりは先に階段を上がってください」
ヤールが安心させるようにほほ笑んだ。

「す、すみません」
小さく謝りながら、アリセアは、いつの間にかユーグの服を掴んでいたことに気が付き、その指が震える。
恥ずかしさで頬が熱くなった。

「アリセア、ほら行こう」
ユーグもどこか楽しそうに、笑いを堪えているかのような表情でアリセアの背中に手を回した。

「あ、はい……」
2人に囲まれて歩いているうちに、徐々に心臓の鼓動が落ち着いてくる。

そして階段を上がる途中、ふと思い出す。

さっきのあの子…昼間の1階校舎で会った子に……似ていたようなーー

(いいえ、こんな所にいるはずが無い)

そこまで考えるも、一瞬で否定する。

きっと、疲れが出てるせいだ。


そう思い込むように、1歩1歩歩いていった。
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