~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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57:屋内庭園

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その日の夜、学園はどこか落ち着かない空気に包まれていた。
昼間の対抗戦の熱気がまだ残り、生徒たちの心は興奮の余韻に浸っている。

アリセアもまた、眠りにつくことができずにいた。
目を閉じても、胸の奥に残る高鳴りが静まらない。

(今日は2人の試合で、たくさんドキドキしたから……)


アリセアの起きている気配を感じ取ったのか。
ふいに隣室につながる扉から、控えめなノックの音が響いた。

「アリセア?もしかして……まだ起きている?」

「は、はい、起きてます」

「それなら少し、外に散歩しに行かない?」

彼は扉越しに、気遣うように誘ってくれた。

ちらっと時計に視線をやると、針は午後十時を指していて。
遅すぎるというほどでもない。

少しくらいなら――。

「少し、待っていてもらえるなら。すぐ用意しますね」
「うん。慌てなくていいよ、準備できたら声掛けて」


(ユーグは、いつも優しい声だな……)
ふふっと、アリセアは小さく微笑した。
昼間の真剣な表情のユーグストも素敵だったけれど、こうしたふんわりとした彼の雰囲気も好ましく感じていた。

「……ユーグには、弟や妹がいるからかな」
彼の包容力……見守るような温かな眼差し。
人となりを想像して、心がじんわりとほぐれていく。

(きっと良いお兄さんしてるんだろうな)

寝巻きから、簡易的なワンピースに着替え、カーディガンを羽織ろうとし――ふと、手を止めた。

なんだか身体がぽっと火照っている気がして、少しだけ暑い。

(……少し動くくらいなら、ワンピースだけでも平気かも)

そう思ってカーディガンはやめにし、
(夜か……ブレスレットもポケットに入れておこうかしら)

ポケットには、エルリオからもらったブレスレット。
そして胸元には、肌身離さずつけているユーグからのネックレス。

それにそっと触れると、不思議と勇気が湧いてくる気がした。

(ユーグが、そばにいてくれる気がするのよね)

隣室で待っていた彼は、扉から出てきたアリセアの姿を見た途端、目元を和らげて優しく笑った。

「いつも思っていたけれど、アリセアの私服姿よく似合ってる。デザインも君らしくて可愛いね……」

突然の言葉に、アリセアの心臓が跳ねる。
「っ、……突然の褒め言葉……反則です」

最近は、ユーグの普段着を見る機会も増えたけれど、今夜の彼はひときわ落ち着いた雰囲気で――
「……ユーグも、すごく素敵です」
その姿が、彼の穏やかな人柄にぴたりと重なって見えた。

「ん?……今、なんて言った?」

いたずらっぽく笑いながらユーグが覗き込む。
からかうようなその声に、アリセアは思わず視線を逸らし、頬を染めた。

「も、……もう。そういうの、やめてください……」

「ふふ、ごめんごめん。……じゃあ、行こうか」

2人で寮の扉を開けると、夜の冷たい空気がすっと流れ込んでくる。
思わず肩をすくめたアリセアに、ユーグがそっと肩に手を置く。

「やっぱり夜は冷えるね。大丈夫?」

「……大丈夫です。少し涼しいだけ、ですから」

(さっきまで暑いと思っていたのに……変ね)

けれどその違和感は、まだ本人にも気づかれないまま、静かな夜の空気に溶けていく。

王族用の寮だから、移動する時に周りの人に気をつかわなくていいのが、とても有難い。

「そういえば、どこに行くの?」

何も考えずにユーグストに促され、出てきたものの目的地を決めていなかった。

ふと周囲に視線を向けると、やはり暗い……。
今更ながらにドキドキと不安になってきた。

街灯がぽつぽつあるとはいえ、周りは木々も多く、遠くまで見渡すことは出来ない。

「……屋内庭園、行ってみようか」

その一言に、アリセアは無意識にユーグの服の裾をぎゅっと掴んでいた。
彼女自身、その事に気づいていなかったが、その仕草にユーグは微笑む。

彼女の気持ちは、言葉よりずっと雄弁だった。

「大丈夫、俺がついてるよ。……それでも怖い?」

「こ、怖いとかじゃ……ないのだけど」

ユーグの笑みに、アリセアはか細い声で答えた。

でも、こういう恐怖心は……理屈ではない。

そういえば、いつだったか、騎士科を案内してくれた際、夜に来ればよかったとユーグストが言っていた事があったけれど。

(やっぱり、夜の探索は……少し怖いかも)

けれど……今の時間帯は誰の目にも触れず、……ユーグと自然体で過ごせることに気づく。

(なんだか……楽しいな)






揺れていた心の波が、徐々に穏やかになる。

二人の足音だけが、静けさがある暗闇に響き、夜の屋内庭園へと、向かった。


*****


「驚いたな……あまり管理されていないと聞いたことがあるけど……綺麗だね」

2人は図書館近くにある屋内庭園の前に、肩を並べて立っていた。

夜でもほんのりと灯りがともるアーチのガラス天井。

施設内には、さまざまな花々と草木が、色を失わずに生い茂っていた。

「本当……思ったより、ずっと素敵です」

魔法で雑草が抑えられているのか、それとも手入れしている誰かがいるのか。

静かさがある中、植物たちは生き生きとしている。

ゆっくりと扉を開けると、鼻先をくすぐる澄んだ花の香りが、ふわりと舞い込んでくる。


「わ……」

自然と声が漏れた。

園内の植物はところどころ、ほのかな光をまとっている。

まるで星がゆっくりと瞬くように。

一歩足を踏み出すたびに、周囲の草花がそっと揺れ、
そのたびに小さな光がふわりと舞い上がった。

(まるで、おとぎ話の妖精がすむような、幻想的な庭園……)

その光に導かれるように歩いていくと、やがて、小さな小川が視界に広がった。

柔らかな流水音が辺りに響く。

「……ここ、もしかして……」
アリセアは立ち止まり、小川を覗き込む。

(この前魚がいたあの川かな?……ここへと通じていたんだ)

薄暗い中でも、小さな魚がすいすい泳いでいるのが見えて、ほっこりとする。

しばらく、じっと眺めていた。


「……気分転換になっていいね」


アリセアの隣で、一緒に魚を見ながらユーグが微笑む。



「はい……この子たちとっても可愛いです。癒される……」

そう答えたアリセアは、微かに頬を桜色に染め、目元をふんわりと細めて笑う。

彼女の表情が、春の陽だまりのように眩しくて、ユーグストは自然と目を奪われる。


(アリセアばかり、目で追ってしまうな)

視線を逸らすように彷徨わせ、ユーグストはひと呼吸する。


「……実は、昼間の対戦での興奮が残っていて……眠れなかったんだ...」

ぽつりと呟かれた言葉に、アリセアは目を丸くする。

「私もです。決勝戦……目が離せなかったから。横になってても思い出しちゃって。凄かったなって考えてました」

彼を尊敬の眼差しで見つめた。
その真っ直ぐな視線に、ユーグストの頬がかすかに緩む。
そして同時に心がくすぐられるような気持ちになった。


「アリセア……ありがとう。改めて言われると、照れるな」

「ふふ……」

その様子を優しく見守っていたアリセアだったが、ふと、表情に影が差す。

(……でも、ユーグも疲れてるはずよね。なのに、こんな時間まで……)

「ユーグ、体……大丈夫? 本当は無理してない?」

アリセアが心配そうに問いかけると、ユーグはすぐに首を振った。

「平気だよ、ポーション飲んだから大丈夫。なかなかあそこまで本気で戦うこともないからね......逆にストレス発散にもなったかな」


「……あの運動量で、ストレス発散なんて」
思わずこぼれた声には、尊敬の色が滲む。
アリセアの唇に、柔らかな笑みが浮かんだ。



「あ、……でも」

揺れる瞳が、わずかに伏せられる。
迷いと、戸惑い。
口にするかどうか、ほんの少しの間、迷った末に。

「アリセア……?」

気づいたユーグが、静かに彼女に視線を向けた。

「……いえ。ただ……」

声がほんの少し震える。


「対抗戦に出ること……内緒にされてたの、少しだけ寂しかったなって。あのときは平気だと思ってたのに……今になって、胸が……ちょっとだけ、きゅって」

夜の静けさに落ちたその言葉は、水面に落ちたひとしずくのように、そっと波紋を広げる。

「……え……」

ユーグストの瞳が揺れた。想像もしていなかった想いが、彼の胸に静かに届いてくる。



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