~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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58:支えてくれた手が、光を導いた

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不意に落とされたアリセアの言葉に、ユーグストの心がわずかに波打った。
アリセアは、ユーグストからの視線から逃げるように、つい、目を逸らしてしまった。

「アリセア……」
ユーグストは驚きに目を見張る。
アリセアのその言葉に、ユーグストは胸の内が温かくなるのを感じた。

(あの時。確かに彼女は……心を揺らしてくれたんだな)

ユーグストは彼女に気が付かれないように、そっと微笑んだ。



アリセアは、自然とユーグストに背を向けていた。

「フォートが出場するから応援すると、わたしが言ったから、きっと、言い出しにくかったんですよね……今なら分かります」

けど、何故だか寂しくて。

ユーグストが出場することが分かっていたなら、真っ先に応援の言葉をかけたかった。

そこまで考えてアリセアはふと我に返る。

(真っ先に応援って……え、それって、単なるわがままなのでは??……あ……私……)

それに、出場するかしないかなんて、彼からしたら報告する義務はない。

(こんなこと言って困らせるなんて、ユーグストに嫌われてしまうんじゃ……)

そこまで考えついて、アリセアの顔が真っ青になる。

その時だった。

「アリセア……こっち向いて」
ユーグストの手が肩に置かれて、びくりと身体を震わせた。
彼に促されるようにして見上げる。

「ご……ごめんなさい。変なこと言って……ユーグに報告の義務はないのに」
けれど、すぐにいたたまれなくなって、伏し目がちになる。


「いや、俺の方こそ、ごめん。黙っていたのは……今思えば拗ねていただけかもしれない」
「え?」


思わぬ言葉に視線をあわすと、彼は照れたように微笑していて。


「……本当は、アリセアに1番先に伝えて、応援してもらいたかった。……でも、言えなかった。……君が、フォートを応援すると聞いて……俺、格好悪いね」

「そんな、……ユーグは悪くないから……」

ドキッと胸が高鳴った。


(彼の一言が、こんなにも嬉しく感じるなんて……)

心がじんわりとほぐれていくのを感じた。


けれど。



突然ーー視界が揺れた。



「あっ、……」

胸の奥がぎゅっと脈打ち、足元に力が入らなくなり、

思わず、その場に座り込んだ。

「アリセア……!?」
頭上から、ユーグストの焦った声が聞こえる。

(まさか……また……!?)
アリセアの心に、不安がじわじわと広がっていく。

こみ上げる熱。
暴れ出す魔力の気配。

“魔力暴走”――それは、確かにあのときと同じ、嫌な予感だった。


確かに、昼間、魔法を使った。

(もしかして……このまま魔力暴走しちゃうの?)

髪の毛が、さらにプラチナ色に変わってきたのが視界に入る。

「っ、……これ」


ーーその時だった。

アリセアの髪の色に呼応するように、心の奥からふわりと広がる、懐かしく優しい温もり。

風に揺れる白い布。

田舎の草原を吹き抜けるような、柔らかな風。

見たことがないはずの景色。

『…………、』

誰かが——でも、アリセアではない名前を呼んだ気がした。

現れては、すぐに遠ざかったその声に、なぜだか涙が出そうになる。

きゅうっと心臓がまるで掴まれたかのように。

(あの人のもとへ……帰りたい)

その温もりに、風景に、どこまでも惹かれていく。


あの人が……誰かなんて分からない。


……なのに。


(何……?この不思議な気持ちは)

それは、“今”のアリセアではなく、もっと深いところに眠る――なにかの記憶が疼く感覚だった。


それと同時に、不安と戸惑いも胸を締め付ける。


「アリセアの髪が……! 大丈夫か!?」

即座にユーグストも屈み、アリセアの顔色をうかがう。


(今のは……なに?)


けれど、今は気にする余裕もなくて。

「っ……身体が熱くなってきて……」

心臓を抑えるようにして俯くアリセア。

その頬は赤く。

息を乱し、汗をかいていた。

「また、魔力暴走か……!?」

低く、真剣な声。
アリセアの背をそっと支えるユーグストの顔には、強い不安と焦りが浮かんでいた。

「でも……いつもより……軽い気がするんです」

確かに、熱は体を包んでいる。
だけど、いつものように焼かれるような痛みはない。

息苦しさはあるものの、芯から破壊されるような感覚が、和らいでいるような……。

(どうして……?)

ポケットの中で、ふと、熱を帯びた感触。


震える手で取り出すと、水晶のブレスレットが、まばゆい白い光を放っていた。

黄色や透明だったはずのそれが、今は、希望の光のように。

「んっ、……これ……もしかして」

これのおかげ?


その時、ブレスレットから、ふわりと大地の香りが広がっていく。
地面にしっかりと根を張るような、静かな強さ、しかし、柔らかな脈動が伝わってくるようなーー

あの時の、エルリオの声が、蘇る。

『この水晶には、いにしえの加護が宿っていると言われているんだ。困難の中でも、希望が芽吹くような運命をもたらす力がある』


「古の加護……?」
私の熱と痛みを……ひきとってくれている?

「……エルリオの? まさか……」
私の言いたいことが、ユーグストには伝わったらしく、息を呑む。


「アリセア、魔力調整するから、触れるよ」

ユーグストがアリセアの手を握ろうとした時、彼の腕をそっと抑えた。


「待ってください。ずっと、考えていたんです。っ、……自分で2つの……魔力の調整が……出来ないか……試してもいいですか?」

「けれど……今もアリセアは辛いだろう?」

眉を寄せて心配してくれるユーグストに、アリセアは笑って見せた。

額には汗がでて、息は乱れる。

けれど、今ならやれる気がした。

「ユーグがいてくれるから……きっと、大丈夫。……でも、もし一人でも、私は……乗り越えたい。皆から……勇気を貰ったから」


いつも本当は、日常の中でも、ふとした瞬間、恐怖を感じていた。


恐れて、考えないように距離を置いて……きっと無意識に、誰かに頼ることばかり考えていた。

でもそれじゃ、きっと本当の意味で“私”を取り戻せない。

(私が、私自身の力を受け入れない限り……)

今日のフォートの真っ直ぐな戦いぶり。

ユーグストの揺るがぬまなざし。

エルリオから受け取ったこのブレスレット。

皆がくれた……「大丈夫」の証なようで……。

それがどんなに勇気をくれたことだろう……。

心がふわりと軽くなり、強い気持ちが溢れてくる。


「んんっ……っ、」

身体から力が抜ける……身体が内側から焼ける……でも。

アリセアはゆっくりと、目を閉じた。

自分の魔力と、もうひとつの魔力に集中する。

「もう、くよくよ悩むのはやめたいの。前を……向くんです」

「アリセア……」

ユーグストが、彼女の苦痛を帯びた声に、そっと手を伸ばす。


魔力暴走は、最悪の場合……植物状態。

その言葉が頭をよぎる。

ーーしかし。

ぐっと、そのまま、震える拳を握る。

(どんな思いでその言葉を発したのだろう)

苦痛に震えながらも、気丈に振る舞うアリセア。

彼女の葛藤や強い想いに触れた気がして……。

ユーグストは深く息を吸って、吐いた。

「アリセアを信じる。 けれど、無理だと判断したら指輪を使う」

(俺が、彼女を信じなきゃ、誰が信じるんだ)


「はい……!」

ユーグストがそばに居てくれるだけで、アリセアは奮い立つことができる。

自分の魔力と、上乗せされた魔力が、相性が悪いのだと思っていたけれど。

もしかしたら……わたしが、無意識に怖がってるから、魔力暴走が起きる要因にもなっているのかもしれない。

ふーっと息を吐く。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。


内なる魔力は、静かな泉のよう。

けれどそこに混ざる“もう一つの力”は、力強い大地の熱を孕んだマグマのようだった。


それがまるで、蛇のように暴れ狂っている。

相反する二つの魔力が、まるで、互いに拒絶しあうように波うつ。


けれど私は……両手を広げてその両方を包み込みたかった。

(お願い……おだやかに……一緒に、流れて)


「っ、……」


額から冷や汗が垂れる。

どのくらい、時間が経っただろうか。

いつの間にか、痛みや熱が徐々に引いてきて……。

「あっ、……」

「アリセア!!」

身体がふわりと傾き、力が抜ける。
ユーグストが即座に抱きとめた。

「……魔力暴走、おちついた……みたいです」
アリセアは、心配してくれていたであろうユーグに微笑んでみせた。

その言葉は、誇りと、安堵と、ほんの少しの涙を含んでいた。

自分で魔力暴走を納めたとはいえ、身体が酷くダルく。

(少しだけ……眠い)

「心臓がとまるかと思った……もう、無理はしないでくれ」

私よりもユーグの表情が、痛みを堪えている気がして、そっと頬に手を当てる。

「ふふっ、……すみません。……私、やれたんですね」
その手に、ユーグが自身の手を重ねる。

「あぁ、さすがアリセアだ。自力で魔力暴走を抑えてしまうなんて……」
ユーグストが、安堵した……その時だった。



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