~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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63:あの日の出来事

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授業が始まる。

講師の先生の話を聞き、メモを取りながら、アリセアは今朝の事を思い出していた。

ヤールに記憶が戻ったことを伝えたあとのこと……。





****
温かなランプが灯る、早朝のユーグの部屋。

「あの日、いつも通り私は、図書室の一角で勉強してたの」

アリセアは少し躊躇いながらも、ユーグと、ヤール、二人にそう語り始めた。


「その日も……」

小さく息が詰まり、肩がかすかに震える。
それ以上言葉が続かなくて、唇を結んでしまう。

私のそんな様子を見たヤールも、気まづそうに苦笑した。

彼の視線は私とユーグ、交互に注がれていて……。


「殿下……」
ヤールがため息とともに言葉を呟いた。

「どうかした?」

「ねぇユーグ……離れてくれない?」

私が言葉に詰まっているのは、どう話したらいいか迷っている訳ではなく。

そう。

ユーグがベッドに腰掛けたまま。

膝の間に私を座らせて、背後から包みこむように抱きしめてきたからだ。

ーー既視感。

あの時と似た状況だけれど。

(今の私はあの時とは違う……)

「……流石に……恥ずかしいのだけど」


お腹にまわされたユーグの手の温もりがじんわり伝わって、胸が高鳴る。
頬が火照っていくのを自覚して、思わず指先をぎゅっと握った。

手のひらにはじっとりと汗が滲む。
それでも勇気を出して、精一杯の声で小さく抗議した。

(ヤールに、こんなところを見られるなんて……)

ちらりとヤールを見上げると、彼はどこか気まずそうに、いつも以上に複雑な顔をしている気がして、小さく首を傾げた。


「殿下も懲りませんね……」
そう言って、ヤールはふっとアリセアから、視線を逸らした。
(アリセア様と、殿下。2人が仲良くしているのはこれまでも見慣れているはず、なのに)
ほんの少し、胸がザワつくのは、どうしてだろうか。


ユーグはそんなヤールの小さな変化に、探るような目で見つめた。
そして一旦深呼吸をして、再びアリセアの方へと目を、向ける。


「アリセア。……本当は、君の中に誰かの魔力が流れていることに、俺は、耐え難いほど苛立っていた」

「……え?」

「以前にも言ったけれど、どんな影響が残るか、それを考えるのが恐ろしくて……」

そっと、私を抱く腕に力が込められる。

「だけど今、こうして記憶が戻ったリセを感じられて……救われている。……もう少しだけ、触れるのを許してくれないだろうか」


「ユーグ……私の前では感情を乱さないように我慢してくれていたのね……」

(やっと、ユーグの本音が聞けた気がする……で、でも)


低く囁く声が耳元をくすぐり、心臓が跳ねる。

幼い頃から、ユーグは2人だけの時は時折私の名前からつけた『リセ』という愛称で呼ぶことがあった。
でも、今回はヤールもいる中。
彼もまた、余程追い詰められていたのかもしれない。

「それに……本当は、君が、過去を振り返ることで、不安な気持ちがよみがえるんじゃないか、そう危惧している。話すのも勇気がいるかなと思ってね……少しでもそばにいさせてくれないかな」

「っ……その聞き方、ずるい。……いつも、私の心を見透かしてくるんだから」

冷たくなっていた手を、きゅっと隠すようにして握る。

けれど、背後から、手まで包み込むように握られて。

触らないで……って言いたいのに。
いたわってくれる気持ちが伝わってくるから、何も言えなくなる。


「……アリセア様の為なら、致し方ないですね」
ヤールが、ふっとどこか寂しそうに微笑する。


「アリセア、話の続きは……?」
促され、小さく息を吐き、もう1度気持ちを落ち着かせてまた話し始めた。

「……図書館の後、魔法塔にいるエルリオ様の所へ寄ったあと、忘れ物を取りに図書館へ戻ろうとしたの。その途中で何かの気配がしたわ」


「気配……?」

「えぇ、何か異質な……、いつもの学園の雰囲気ではなくて。とにかく怖くなってそこから急いで離れたの、でも、ちょうど倒れていた場所で、昨日の……土の精霊の……青年に呼び止められて」

「うん……」

「魔力を渡すから、その代償として、"あの子を解き放ってくれ”と言われて」


「昨日の彼もそう言ってたな。焦っていた、と」

「……ユーグは昨夜の件で、もう大体はわかっていると思うけれど」

1度、深呼吸をする。


「ヤール、あのね。土の精霊も言っていたけれど、あの子、というのは、私の夢にでてきた、どこかに閉じ込められていたフィリーネの事だと思うの。……ミクリヤ球の、あの試練の時にも彼女の記憶を少しだけ触れたのだけど。……何かを後悔しているようにも思えた」

「やはり、すべては……繋がってたんですね」
ヤールが、思考するように伏し目がちになる。


「私は……確かに魔力が欲しかったけれど、それは自分の力で手に入れたかったし、封印を解除したとして、それが実は悪いものだったら怖いから、拒否したの」

「拒否したのは正しい。ごめん、一緒にいてあげたら良かったね……」
ユーグストが、そっと気遣うようにアリセアを見つめる。

「ううん、それは仕方ないことだもの。だってあの日貴方は元々学園に不在の日だったのだから。それなのに、探しに来てくれてたのよね?見つけてくれて……本当にありがとう」

「アリセアを1人にしてしまったのは俺の責任だ」

「俺も……殿下不在の間、見守っていれば良かったです」

それでも、ユーグストやヤールも、納得がいかないのか、苦しげに眉を顰める。

「ちがうわ、ユーグ達の責任ではないの。私が話す間……優しく見守ってくれる2人がいるから、安心して話せているのよ。2人が気に病む必要は無いわ」

「でもね、一瞬、魔力が増えたら、堂々とユーグと共に立てるのかなって、自信を持って"私が婚約者です”って言えるかなって思ったのも、事実なの」

「……そして私、彼にこう言われたの。
『特異な魂を持つ君にしか、託せない』って。
そう言われた時……魂って何?……そもそも、私なんかにそんな大それたこと、できるのかなって思った」

「特異な魂……?……精霊には何か感じ取れるのだろうか」
ユーグストも、ヤールも、二人とも訝しげな表情になる。


「そう、そこは私もはっきり分からないの。でも、私が本当に欲しかったのは“魔力”じゃなくて、きっと……誰かを救える自分になりたかったのかも」


今まで、私はユーグにこんなに素直に気持ちを伝えたことはなかった。

「私には大それた力は無いけれど、私なりに、それでも、貴方や、国を守りたかったから」

その想いが強すぎて、弱さを見せまいと必死だったのかもしれない。
私は不器用だったから。

でも、記憶をなくした私は、何故か気持ちをまっすぐに伝える表現に長けていて。

その経験が、初めて『伝える事の大切さ』を教えてくれたのだ。

ーーもう後悔したくない。


「アリセア……魔力が少ないのは、君が原因じゃない、むしろ」


私はユーグの唇を、人差し指で塞ぎ、黙らせた。

「ユーグにも、これ以上、魔力が少ない私のことで、負担に、思って欲しくなかった。きっと、その心の不安すら……あの精霊に、見抜かれたのかもしれない。拒否したのに、……それでも、気がついたら魔法陣の上にいて、あとはユーグが見た通りよ」

そして……。

「魔法陣が発動したのは、魔力譲渡の為だった………そう思う。まるで、誰かの切実な願いを叶えるために組まれたように、綺麗で、静かに輝いていたもの……」


「無理やり……だったけれど、あの精霊は悪い人ではないように見えた。懺悔するような、それでいて助けて欲しい声色だったから」

「それは……」

ユーグストが小さく呟き、それ以上何も言えなくなったかのように押し黙る。
彼の瞳に複雑な光がよぎるのが見えた。


「悪い人には見えないから許す……なんて、例えアリセアが言ったとしても、俺は……許せそうにない。それに、今回の件はもう、そんな簡単なことではない」

いつになく低く硬い声で告げられ、胸の奥がひやりとする。

「分かってるわ……。ごめんなさい、迷惑をかけて……。ユーグストや、ヤール、皇后陛下や皆様にも……迷惑をかけてしまった……。私……このままあなたの隣に……立っていていいのかしら」

言い終わった途端、胸がきゅっと痛くなる。
視界が滲んでしまわないように、そっと俯いて目を閉じる。

でも——。

「迷惑だなんて思っていない。むしろ、皆、君を心配している」
それはまるで、視界に優しい光が差し込むようだった。

顔を上げると、ユーグストが穏やかな目でこちらを見つめていた。

「それに、アリセア、君が素晴らしい人だということは俺が1番よく知っている。俺はアリセアだから一緒にいたいんだ。君の生き様や心に惹かれたんだ」

穏やかな彼の瞳に見つめられ、思いもよらない温かい言葉に、言葉を失い目を丸くする。


(……私の心……?)


「そう言ってくれるのは嬉しいけれど……私は何も。むしろ、あなた方に守ってもらってばかりだわ。いつも思うけれど、ユーグ、私の事買い被りすぎよ」


「そんなことは無い。君は、他者の為に泣ける人だし、勉学に勤しみ国を守ろうと思ってくれている時点で、素晴らしい人だと思うよ。そういう、心根に惹かれたんだよ。それに、……約束しただろう。一緒にいるって」



子供の頃にした約束。
静かで優しい彼の声に、私の唇がかすかに震える。


「ユーグ。ありがとう……。……そうよね。私、弱気になっていたみたい。もう、大丈夫。前を、向くわ」

潤んだ瞳で笑いかけると、ユーグストもまた、柔らかく微笑む。

「あぁ。一緒に頑張ろう」

そっと手を握り返してくれるそのぬくもりが、胸の奥にじんわりと広がっていった。

一気に和やかな雰囲気が立ち上がる。

時間を置いて、今度はヤールが口を開いた。

「アリセア様、土の精霊は、封印場所はどこだとか、何か言っていましたか?」

「えっと……確か。この学園内にある……地下……のような、水脈が近くにある様なことを……」
「地下、水、ですか」
「えぇ、ごめんなさい。私も恐怖で話を全てはっきりと覚えていないみたい。……地下の空洞、そんなイメージはあるのだけれど」

「地下……ね。この学園も古い。まだ俺たちが気が付かない場所があっても不思議じゃない。その、封印されているフィリーネ……。エルリオも言っていただろう、初代学園長が精霊と特別な関係だった、と。それになにか関連してくるかもしれないね」

「そうだったわね……」

「いよいよ真相に近づいてきた感じがしますが……まずはフィリーネを探し出して、危険ではないか。確認するという訳ですね?」
ヤールの言葉にユーグストは頷く。

「あぁ、土の精霊が、屋内庭園で消えたのは魔力の消耗故だろうから、暫くは俺たちの前に姿を表すことが出来ないかもしれない。例え土の精霊が現れて、アリセアの魔力の件が解決したとしても、今度はフィリーネの件も不安だ。それなら、フィリーネについても引き続き調べるのが妥当だろうね。いいね?アリセア」


「えぇ、私もそう思っていたところ……ユーグも、ヤールも、力を貸してくれると嬉しいわ」

「もちろんです」
「アリセアの為なら何度だって力を貸すよ」
「ありがとう……2人とも」

(きっと、これからも怖いことはたくさんある。
それでも……ユーグとヤール、2人が一緒なら、乗り越えられる気がする……そう、信じている)



ふっと、その時の今朝の出来事が蘇ってきて、アリセアはほんの少しだけ微笑んだ。

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