完璧なあなた

藍音

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「ねえ、起きて。起きてよ」

彼女の明るい声が僕を揺らす。
僕の君。愛する人。
僕の喜び。全て。

でも、君は、誰?


「お前は、誰だ」

目を開けて、彼女を見る。
いや、彼女のレプリカを見る。
本物じゃない。
本物は8年前に死んだ。


「私?私は私よ。決まってるじゃない。あなたがあなたであるように」
「いつから?いつからいるんだ?お前は、一体いつから‥‥‥!!」

僕は飛び起きるようにして体を起こすと、彼女の両肩を掴んで揺さぶった。

「お前は一体誰なんだ!!」
「もうやめてよ、冷静になって。」
「お前は、彼女じゃない。絶対に違う!だって、僕は申請しなかった‥‥‥!!」

僕の絶叫が部屋の中で虚しく響く。
でも、彼女にはまるで届いていないようだ。
彼女はわめきちらす僕を駄々っ子を見るような困ったような、なだめるような目で見ている。
少し眉根はよっているが、優しげに微笑む彼女。
でも、反対に部屋の温度はどんどんと下がっていった。
冷たい空気がその場を支配する。

「ふうん?そう?絶対に?そう言い切れるの?」

彼女が笑顔のまま目を細めた。
そのまま口元は弧を描き、まるでおかしくて仕方ない、とでもいうように。

「僕は、アプリを削除した!申請してない、彼女がここにいるわけないんだ!」
「じゃあ、どこにいるのよ」

「どこに?」
「そう、私はどこにいるのか、教えてよ」
「え‥‥‥?」
「あなたは私をどこにやったの?ねえ、教えてよ」
「どこに‥‥‥?」
「あなたの腕の中で死んでいった私を、あなたはどうしたの?焼いたの?それとも腐らせたの?」
「ひいっ‥‥‥」

この女は何を言ってるんだ。
わからない、わからない。
僕は彼女をどうした?
大切な彼女の遺体を、僕は、どう、した?
最後の記憶の中には、ベッドに横たわる彼女。僕は彼女に寄り添い、そして‥‥‥

「うわあああああああああああああああ」

わからない、わからない。
一体何が起こったのか、わからない。
脳が考えることを拒絶する。
思考を遮断し、危険信号が点滅する。
ピカピカと点滅するその光は、どんどんと強度を増し、目の前が真っ白になった。
息が、苦しい。
ここは空気が薄すぎる。

「ねえ、教えてよ」

ぬるりと彼女の声が僕の体に巻きついた。
その口元はニンマリと弧を描くが、目は笑っていない。
感情をなくしたまま見開かれたその瞳は、まるで全てを吸収するブラックホールのように僕の意識を吸い込んでいく。

「やめろおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

リセット、リセットだ!リセットするしかない!!
そうだ、リセットボタンがあったはず。

「ちょっと違うな~と思ったら、簡単にリセットできるよ!3ヶ月以内の交換なら無料保証つき!まずはリセットボタンをチェック!!」
ヨミガエルの明るい声が頭に浮かぶ。

リセットボタンは背中側。それは脊柱の中、上から七番目の頚椎。

僕は彼女に飛びかかった。

「きゃ、なにを‥‥‥!!」

迷うな、これは彼女じゃない。

彼女の腕を掴み、ベッドに引き倒し、体をうつ伏せにさせ、膝で押さえつけた。
そのまま、服の上からボタンの位置を探った。
どこだ、どこにある。
リセットボタン、リセットボタン・・・・!!!

あった。ここだ!

布団に押さえつけられた彼女のくぐもった悲鳴が聞こえてくる。
「やめて、やめてよ‥‥‥いや‥‥‥」

このボタンを押せば、このレプリカは黙るはず。
このボタンを押しさえすれば、ただ、押しさえすれば。
そうすれば、元の平穏な日々が戻るはず。

もとの、なにもない、彼女のいない、うつろな日々が、戻る、はず。

僕にとって、彼女のレプリカがそばにいてくれる日々は幸せじゃなかったのか?
「ほんものの幸せ」とまでは言えなくても、彼女がいてくれるだけでも救われてはいなかったか?
このまま、永遠に彼女がいなくなってもいいのか?
本当にいいのか?
もう朝優しく起こしてくれる人も、愛しそうに髪を撫でてくれる人もいない。
本当にそれでいいのか?

彼女のいない、なにもない、日々。

その、うつろな、えいえんにもおもえる、まいにち。

なにもない、ぼく。




ぐいっ!

その瞬間僕の体は反転した。
圧倒的な力の強さ。
男の僕を軽々と押しのけて、逆に両膝を使って動きを止めた。
僕がもがいても、ビクともしない。
まるで岩が載っているほどの強さで抑えらえれたまま、彼女は僕の背中をまさぐりはじめた。

「もう、いたずらばかりして、ダメな人ね」

くすくす笑いながらそう言うと、僕のに親指を立ててぐいっと何かを押し込んだ。

ガチッ
何かが押し込まれ、強い力が一瞬で体内に広がる。
心臓が止まり、身体中を巡っていた血液の供給が停止した。
僕の中を巡っていた電気もオフされたようだ。
意識だけは少しだけ残っているらしい。
脳の電気供給を切るのは一番最後なのかな。



そう考えた時に、指先が細かく痙攣し、そして、止まった。



「本当にダメな人」
そう呟いた彼女の声は、もう笑っていなかった。
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