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第九十四話 暴露
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大気が温み、雪が溶けた。
早春を彩る黄色い花が大地をおおい、魔物が顔を出す。
だが、まだ、姫は「姫君」のままだった。
アウレリオは、お茶を口実に呼び出せば、2回に一度は訪れる。
夜はのらりくらりと自室に戻ってしまう。
そんな名ばかりの「夫」の存在に、セラフィーナはいら立ちを強めていった。
その日も「夫」はお茶だけ飲んで席を立ってしまった。
ただ一度たりとも、愛し気な目で見つめることも、夜に訪れることもない。
まるで兄弟のような健全さに、あきれ、同時に腹が立つ。
最初は「姫様を大事に思っていらっしゃるから・・・」と慰めていた侍女たちも、最近では沈黙を貫いている。国一番の姫がプライドをへし折られ、そのショックは怒りに結びついていると知っていたから。
「なぜ、あの方はわたくしを訪ねていらっしゃらないの?」
いらだつ姫に、侍女の一人が小さくつぶやいた。
「噂が・・・」
「おやめ」乳母がぴしゃりとさえぎった。「姫様、隣国の商人が珍しいお茶を売りに来まして。湯を注ぐと・・・」
「知っているのね」
セラフィーナの言葉に、部屋の中は静まり返った。
「わたくしだけ知らないのね。どんな噂かも知らないなんて、それほどみじめなことはないわ。話してちょうだい」
「姫様、ですが・・・」
「言いなさい」生まれながらの支配者の言葉に、乳母は頭をさげた。
「申し訳ありません・・・私が口止めいたしました。この者たちに罪は」
「よい」
セラフィーナは片手を振った。
乳母はごくりと唾を飲みこみ、手のひらを握り締めた。
「そ、その・・・旦那様には、恋人がいらっしゃると」
「恋人?」
セラフィーナの眉が上がった。
だけど、あの方は私より先にほかの女をはらませることはないと約束した。
約束を簡単に破る人間には思えなかったけど・・・
「男の」
「・・・!!!」
セラフィーナが息を飲んだ。
「あの、男ね」
最初から何か引っかかっていた。
あの、妙に美しい従者。
目が合った時の違和感・・・
すぐに体で隠したアウレリオ。
あの男の目にあったのは、自分への称賛ではなく、嫉妬だったんだ。
『ほかの女性に子を産ませるのは、わたくしの後にしてちょうだい』
『おそらくそれはないかと』
あのころから、ずっと、そうだったんだ。わたくしはずっと、始まる前から裏切られていた。
「ああ」
セラフィーナは手で顔を覆った。
「姫様、お気をしっかり」
慌てた侍女たちの言葉も耳に入らない。
ただ、胸に渦巻くのは悲しみと、そしてそれ以上に強い怒りだけだった。
「ソフィア夫人を呼びなさい」
***********
「あ、雨だ」
リオは空を見上げた。
このまま雨が降り続けば、明日は一年に一度のリオの誕生日だ。
(今年は、お忙しいかな)
毎年思う。
期待しすぎないようにしよう。お忘れかも。お忙しいかも、と。
でも、アウレリオは必ず約束を守ってくれた。
馬車で出かける余裕がない時は、馬を走らせたこともある。
思い出すと、顔が赤くなってきた。
あのときは、馬車の中でできないからって、丘で・・・
「リオ」
背中から声がかかり、リオは慌てて背筋を伸ばした。
「ブーツの手入れはもういい」
従者仲間の一人が声をかけた。「続きは俺がやっておくから、お前は奥さまのところに行ってくれ」
「奥様?」
「ソフィア様だ」
「・・・はい?」
「いいから早く行ってこい。お呼びだ」
前回ソフィアに呼ばれたのは、エミリア付きになるように言い渡された時だ。そもそも、私的な使用人のリオにソフィアが声をかけることなどない。
(何の用だろう)
首をかしげたが、いい予感はしない。
ソフィアの部屋の扉をノックすると、侍女がドアを開けた。
「お入り」
硬い声に導かれ、ソフィアの執務室に入る。
そこは、ソフィアが長年家政のとりまとめを行っていた執務室で、書類はたくさんあるが、優美な雰囲気を持つ空間なのだが、今のリオの目には入らなかった。
目の前にいるソフィアは、恐ろしいほど老け込んで見えた。
「おかけ」
そういわれて指さされたソファーに浅く腰掛ける。
誇り高いソフィアがただの従僕のリオを椅子に座らせるなどありえない待遇だった。
「お茶を」
ソフィアが指示を出すと、薫り高いお茶がすぐさま目の前に出された。
ますます不吉な予感しかしない。
リオがソフィアを見つめると、ソフィアは一つため息をついた。
「お飲み」
リオは小さく頭を下げて、お茶をいただく。
発言の許可をいただいていないので、何も言えないのだ。
そのまま、ソフィアはじっとリオを見つめた。
「お前・・・」
言葉に詰まり、続きの言葉が出てこない。
ソフィアの指先は落ち着きなく、テーブルをコツコツ叩いている。
お茶はすっかり冷め、陽が陰り始めた。
ただ、座ってソフィアの言葉を待つ気づまりな空間。
永遠とも思えるほど長い時間のあと、ソフィアが口を開いた。
「お前に頼みがある」
「え?」前伯爵夫人であるソフィア様が「頼み」だって・・・?
発言を許されていないのに、反応してしまったことにきづき、リオが慌てて口を両手で覆うと、ソフィアは苦笑した。
「よい。今この部屋の中では自由に発言してもよい」
そう言うと、夫人は右手を上げ、侍女たちを下がらせた。
「これで人払いした。私への恨み言を好きなだけ言うことも許す。罵倒してもよい。だが、私の言うことを聞いておくれ」
「・・・」リオは大きな目で夫人を見つめた。一体なにごと・・・
「アウレリオを・・・姫の部屋に行くように、説得してほしい」
*************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
お話が緊迫してきているので、お休みせず頑張ります。
ラストまで読んでいただけたらうれしいです。
しゃべりたくてたまりませんが、ここからは控えていきます。
でも、いつも感謝してますし、皆様の健康と幸せを祈ってます!
元気で幸せに小説読んでくださいね!
♡と広告をいつもありがとうございます!
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だが、まだ、姫は「姫君」のままだった。
アウレリオは、お茶を口実に呼び出せば、2回に一度は訪れる。
夜はのらりくらりと自室に戻ってしまう。
そんな名ばかりの「夫」の存在に、セラフィーナはいら立ちを強めていった。
その日も「夫」はお茶だけ飲んで席を立ってしまった。
ただ一度たりとも、愛し気な目で見つめることも、夜に訪れることもない。
まるで兄弟のような健全さに、あきれ、同時に腹が立つ。
最初は「姫様を大事に思っていらっしゃるから・・・」と慰めていた侍女たちも、最近では沈黙を貫いている。国一番の姫がプライドをへし折られ、そのショックは怒りに結びついていると知っていたから。
「なぜ、あの方はわたくしを訪ねていらっしゃらないの?」
いらだつ姫に、侍女の一人が小さくつぶやいた。
「噂が・・・」
「おやめ」乳母がぴしゃりとさえぎった。「姫様、隣国の商人が珍しいお茶を売りに来まして。湯を注ぐと・・・」
「知っているのね」
セラフィーナの言葉に、部屋の中は静まり返った。
「わたくしだけ知らないのね。どんな噂かも知らないなんて、それほどみじめなことはないわ。話してちょうだい」
「姫様、ですが・・・」
「言いなさい」生まれながらの支配者の言葉に、乳母は頭をさげた。
「申し訳ありません・・・私が口止めいたしました。この者たちに罪は」
「よい」
セラフィーナは片手を振った。
乳母はごくりと唾を飲みこみ、手のひらを握り締めた。
「そ、その・・・旦那様には、恋人がいらっしゃると」
「恋人?」
セラフィーナの眉が上がった。
だけど、あの方は私より先にほかの女をはらませることはないと約束した。
約束を簡単に破る人間には思えなかったけど・・・
「男の」
「・・・!!!」
セラフィーナが息を飲んだ。
「あの、男ね」
最初から何か引っかかっていた。
あの、妙に美しい従者。
目が合った時の違和感・・・
すぐに体で隠したアウレリオ。
あの男の目にあったのは、自分への称賛ではなく、嫉妬だったんだ。
『ほかの女性に子を産ませるのは、わたくしの後にしてちょうだい』
『おそらくそれはないかと』
あのころから、ずっと、そうだったんだ。わたくしはずっと、始まる前から裏切られていた。
「ああ」
セラフィーナは手で顔を覆った。
「姫様、お気をしっかり」
慌てた侍女たちの言葉も耳に入らない。
ただ、胸に渦巻くのは悲しみと、そしてそれ以上に強い怒りだけだった。
「ソフィア夫人を呼びなさい」
***********
「あ、雨だ」
リオは空を見上げた。
このまま雨が降り続けば、明日は一年に一度のリオの誕生日だ。
(今年は、お忙しいかな)
毎年思う。
期待しすぎないようにしよう。お忘れかも。お忙しいかも、と。
でも、アウレリオは必ず約束を守ってくれた。
馬車で出かける余裕がない時は、馬を走らせたこともある。
思い出すと、顔が赤くなってきた。
あのときは、馬車の中でできないからって、丘で・・・
「リオ」
背中から声がかかり、リオは慌てて背筋を伸ばした。
「ブーツの手入れはもういい」
従者仲間の一人が声をかけた。「続きは俺がやっておくから、お前は奥さまのところに行ってくれ」
「奥様?」
「ソフィア様だ」
「・・・はい?」
「いいから早く行ってこい。お呼びだ」
前回ソフィアに呼ばれたのは、エミリア付きになるように言い渡された時だ。そもそも、私的な使用人のリオにソフィアが声をかけることなどない。
(何の用だろう)
首をかしげたが、いい予感はしない。
ソフィアの部屋の扉をノックすると、侍女がドアを開けた。
「お入り」
硬い声に導かれ、ソフィアの執務室に入る。
そこは、ソフィアが長年家政のとりまとめを行っていた執務室で、書類はたくさんあるが、優美な雰囲気を持つ空間なのだが、今のリオの目には入らなかった。
目の前にいるソフィアは、恐ろしいほど老け込んで見えた。
「おかけ」
そういわれて指さされたソファーに浅く腰掛ける。
誇り高いソフィアがただの従僕のリオを椅子に座らせるなどありえない待遇だった。
「お茶を」
ソフィアが指示を出すと、薫り高いお茶がすぐさま目の前に出された。
ますます不吉な予感しかしない。
リオがソフィアを見つめると、ソフィアは一つため息をついた。
「お飲み」
リオは小さく頭を下げて、お茶をいただく。
発言の許可をいただいていないので、何も言えないのだ。
そのまま、ソフィアはじっとリオを見つめた。
「お前・・・」
言葉に詰まり、続きの言葉が出てこない。
ソフィアの指先は落ち着きなく、テーブルをコツコツ叩いている。
お茶はすっかり冷め、陽が陰り始めた。
ただ、座ってソフィアの言葉を待つ気づまりな空間。
永遠とも思えるほど長い時間のあと、ソフィアが口を開いた。
「お前に頼みがある」
「え?」前伯爵夫人であるソフィア様が「頼み」だって・・・?
発言を許されていないのに、反応してしまったことにきづき、リオが慌てて口を両手で覆うと、ソフィアは苦笑した。
「よい。今この部屋の中では自由に発言してもよい」
そう言うと、夫人は右手を上げ、侍女たちを下がらせた。
「これで人払いした。私への恨み言を好きなだけ言うことも許す。罵倒してもよい。だが、私の言うことを聞いておくれ」
「・・・」リオは大きな目で夫人を見つめた。一体なにごと・・・
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