5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
23 / 152

第二十一話 毒蛇の娘

しおりを挟む
「お待ちください!アウレリオ様!ここは女性のお部屋です!どうか・・・」

身体のあちこちに血しぶきを浴び、通ったあとには血が滴っている。侍女は悲鳴を上げながら、アウレリオを押し留めようとしたが、恐ろしくて遠くから声をかけるだけで精一杯だった。

「どけ」

声は小さいが、誰の耳にもはっきりと聞こえた。邪魔をするな、触れれば斬る、と。
へなへなと座り込む侍女、ガクガクと震えて立ちすくむ者も。
だれもアウレリオを止められないまま、カリナの部屋のドアが開かれた。

「お兄様?」

窓際で、お人形たちと共に苦手な刺繍に取り組んでいたカリナは、驚いて立ち上がった。
アウレリオがこのように突然訪れたことは、今まで一度もない。しかも、頭から血をかぶったような状態で、頬についた血痕を拭った痕が余計に恐ろしい。
アウレリオは無言でつかつかとカリナに近づくと、突然カリナの頬を平手で張った。

容赦なく殴りつけた音が静まり返った部屋に響き、全員が凍りついた。

アウレリオの表情には何も浮かんでおらず、ただ、目だけが恐ろしいほど黒ずんでいる。その目をのぞきこんだら闇に引き込まれそうだ。

勢いよくカリナが床に倒れ込み、目に涙をいっぱいにためてアウレリオを見た。
アウレリオは無表情のまま、カリナを見下ろしている。

「な、なぜ・・・」

口の中に血の味がいっぱいに広がり、生まれて初めて経験する暴力に、恐ろしさでいっぱいになる。
いままで、自分が何をしても、無関心な態度を崩さなかった兄は、何をこんなに怒っているんだろう?しかも、女性を殴るなんて・・・

「リオの腕を折らせたな」
「え?」
「警備隊長が白状した」
「私?・・・私が?」
「とぼけるな」

アウレリオの瞳がますます黒さを増した。

「腕を折ってもお前にはやらん」
「な、何を・・・?」

カリナには本当に身に覚えがなかった。
怯えたお人形さんたちが身じろぎし、アウレリオの視線が動いた。

「持っているもので満足しろ。それができないのなら・・・」
「ちょっとお待ちになって!何のことですの?」

殴られたパニックから我にかえると、この状況が理不尽ではないかと思いはじめた。なぜ自分が突然殴られなければならないのかわからない。しかも、リオの腕を折らせた?

「私がリオを傷つけさせたと、そうおっしゃりたいの?」

アウレリオの無言は肯定だった。

「まさか!私は美しいものが好きなのよ?なぜリオを傷つけるの?」

アウレリオが軽く目を見開いた。その目に青が入り混じりはじめる。カリナの恐怖心も少しずつ落ち着いてきた。おそらく、これ以上殴られることはないだろう。

「そうか」アウレリオはそれだけ言うとドアに向かった。「殴られる痛みがわかればこれ以上無体なことはしないだろう」

捨て台詞を残し、部屋から去ると、全員が息を吐いた。

「なんだったのよ・・・」

未だ立ち直れず、床に崩れ落ちたままのカリナ。その腫れ上がった頬を見て、お人形さんたちはまた命を取り戻したかのように、慌てて世話を焼きはじめた。


**********************

アウレリオがマリアの部屋を訪れたとき、マリアは窓際でお茶を飲んでいた。
手元には刺繍や図案が散らばり、刺しかけの刺繍がソファーに置かれている。
先程のお人形さんたちがざわざわとしていたカリナの部屋とは違い、必要最低限の侍女しかいない。
壁際で控える数名の侍女は空気のように室内に溶け込んでいた。

「どうぞ、お兄様もお飲みになります?」

血まみれのアウレリオに眉一つ動かさず、マリアが微笑んだ。

(こいつか)

警備隊長が「たのまれた」と言ったとき、間違いなくカリナだと思ったが、かん違いだったらしい。腕を折ってリオを放逐させ、親切そうに拾ってやるつもりだったんだろう。

「毒蛇の娘はやはり毒蛇か」
「何をおっしゃりたいのかわかりませんけど。御用がないのなら・・・」
「用ならある。何のことだかわかっているはずだ」
「さあ?何のことだか・・・」

マリアはほほ笑みを浮かべたまま刺繍の図案を取り上げた。

「私、今日のうちにこの図案を進めてしまいたいんですの。ですから・・・」
「リオは殺されるところだった」
「まあ。それは穏やかではありませんわね」
「そう仕向けたのはお前だろう」
「まあ!」マリアは声を立てて笑った。「なぜ私がそんなことを?それに・・・」マリアは紅茶のカップを口に運んだ。「たかが、召使いじゃありませんか。お兄様が目の色を変えてこちらにいらっしゃるようなことじゃ、ございませんことよ?」

たしかに、それは一理ある。
身分の高いものにとって、召使いなど空気のようなものだ。しかもリオはアウレリオのカナリヤでいつ死んでもおかしくない、最下級の存在だった。
こういう相手には、頬を張っても効果がない。

「たしかに、そのとおりだな」

アウレリオはあえてマリアのソファーに腰を下ろした。
あちこちについた血が高価なソファーや調度に付着し、侍女が小さく息を飲んだ。

「お前、そろそろ修行に行ったほうがいいんじゃないか。親元を離れる時期だろう?」

貴族の令嬢は年頃になると、他家で教育を受けることが多い。身分が低ければ侍女になり、高ければもっと高い身分の夫人のもとで修行するか、修道院で過ごすこともある。ジョゼフィーヌは娘を溺愛しており、未だ二人の娘を手放していなかった。

「親戚筋の男爵家がある。お前はそこに行け」
「はあ?なんですって?なぜ、私が・・・」
「当主がやもめでな。女手を欲しがってるんだ。そこで女主人の代わりを務めれば、勉強になるだろう」
「ちょっと・・・」
「父上には私から話しておく。以上だ」

アウレリオは出された茶に手をつけずに立ち上がった。

「まってください。なぜ私が、そのようなところに・・・せめて公爵家にでも・・・」
「はっ!」アウレリオの片頬がゆがんだ。「毒蛇を公爵家に?まさか」
「私付きの子をお兄様が奪ったんじゃない!取り返そうとして何が悪いのよ!」

後ろでマリアが叫んでいたが、もうアウレリオの耳には入っていなかった。


*********************

(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。

あと、3話ぐらいで第一部終了です。
また、お祭り期間内に盛り上げるところに持っていけなかった・・・大反省中です・・・
第二部は恋愛要素が入ってきますので盛り上がってくるはず♡

♡もありがとうございました!
明日の読者様の健康を願っています\(^o^)/



しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない

コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。 だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。 野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。 それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。 そんな生活から一年。 冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。 ――王都へ戻れる。 それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。 迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。 「ならば、ずっとここにいろ」 「俺と婚約すればいい」 不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。 優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...