5月の雨の、その先に

藍音

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第六十五話 嫉妬

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(くそっ)

ラファエルは、鋭く胸をえぐる痛みに、唇を噛んだ。
激しい胸の動揺に反して、訓練された右手は淡々とリオの姿を写し取っている。

(だが、まさか。リオの相手は、兄上ではないよな?)

芸術家の鋭い観察眼で、リオがアウレリオに恋をしていることはずっと前から知っていた。
アウレリオを前にすると、リオの持つ空気が柔らかくうれしそうに跳びはねる。
瞳は輝き、口元はゆるむ。本人は隠しているつもりらしいが、一目瞭然だ。

でも、アウレリオはそのような感情とは無縁だった。氷の人形を長く愛せる人間はいない。
リオの恋もそのうちおさまるだろうとたかをくくっていたのだが。

アウレリオは、この辺境を継ぐために産まれ、育てられ、魔にささげられた人柱。
魔の森が人柱に満足している限り、この地は穏やかに治まっている。伯爵家の子供たちは、幼いころからそのように教えられてきた。
アウレリオは、この地にとどまり、次の子孫を生み出し、その中で最も魔に愛される金色の目を持つ子が後継者として選ばれる。

アウレリオが産まれたとき、黄金の瞳を見た伯爵が笑い、母親がおびえたのはそういう理由だった。
しかも、そのような運命の元に生まれたアウレリオが、リオのようなものを選ぶなどあってはならない。あれは子を産めないではないか。
伯爵領を穏やかに治めることができる相手と政略結婚し、子孫を残す、誰よりも役割を分かっているはずだ。

それとも、まさか父上と同じことをするつもりなのか?
家内を治める優秀な女性とベッドを温める妖艶な女性を手玉に取りながら、こっそりと騎士の恋人を囲っていた父。
ほっそりとした黒髪の美しい騎士は、結婚も許されず、ただ長年父の恋人として人目を避けて暮らしていた。

リオにそんな暮らしをさせたくない。
ラファエルは唇をかみしめ、言葉を絞り出した。どうか、間違っていてくれ。

「お前のおかげで婚礼までに間に合いそうだ」

リオがはっと顔を上げた。
瞳は衝撃を語り、唇は小さく震えている。
一瞬の動揺を隠すように、リオはまた顔をもとの位置に戻した。

「・・・婚礼?」

震える声はリオの内面を伝えていた。

「兄上の婚礼だ。私はそのために呼び戻されたんだ。知らなかったのか?」
「・・・」

リオの唇はかすかに開き、そして閉じた。ラファエルがいう「兄上」とは、二人いる兄のうちどちらだろう。どうか、アウレリオではないようにと願っているのが、手に取るようにわかる。だが。

「リオ、こちらを見ろ」

ラファエルの硬い声に、ぎぎぎ、と音が聞こえるほどぎこちなく、リオがラファエルを見た。

「私は、長兄の婚礼を祝うため、礼拝堂に飾る絵を描いている。兄上にはゆっくり描けと言われ、奥方様にはすぐに描き上げるように、と言われている。大きな壁画は年単位でかかるものだから、と説明したが、聞き入れてはもらえなかった。新しい絵は後回しにして、取り急ぎ痛みが目立つ絵だけ修復を急ぐようにと言われたよ。おそらく、最小限の修復が仕上がったら結婚式が執り行われるはずだ」
「・・・」
「・・・知らなかったのか?」
「・・・まさか」

言葉と同時にリオの両目から涙がほとばしり出た。

「もちろん、知っていましたとも。何の前触れもなくお嬢様付にされ、アウレリオ様との仲を取り持て、と命令されました。気づかない方がおかしいでしょう?」
「リオ、お前・・・」

リオが袖先で涙を拭きとるように押し当てた。

「ご、ごめんなさい。俺、ごめんなさい。ごめんなさい」

だが、涙は止まらず、リオは困り切ったように腕で涙をぬぐった。

「・・・私と一緒に来ないか?」

ラファエルが立ち上がった。

「私なら、お前にそんな思いはさせない。修道院についてきても、修道士になる必要はないんだ。従者として・・・いや、友人として・・・」

驚いたリオとラファエルの目があった。

「・・・正気じゃない」

ラファエルが額を手で覆って座り込んだ。

「ただ、お前のことが心配で。お前は私の絵を初めて評価してくれた人で、私のミューズで・・・とにかく大切な人なんだ」
「使用人なのに・・・」
「そんなことは関係ない。お前が王子だろうと使用人だろうと関係ない。ただ、私にとっては」
「しっ」

リオがラファエルの唇に立てた人差し指をあてた。

「後悔するようなことはおっしゃらない方がいいですよ。僕は、そろそろ戻らないといけません」
「リオ・・・!」
「すみません。ラファエル様がお優しくしてくださるので、まるで友人のように勝手に思い込んでいました。お許しください」
「リオ、頼む。線を引かないでくれ」
「・・・そのような身分ではありません」

静かに扉を開けると、ふり返り、小さく会釈をするとリオはアトリエをでた。

「あれ?今日はもう終わりか?」

とぼけたダンの声に無理に笑顔を作り、離れから少し離れたところにある扉に背中を預けた。

(知ってた・・・知ってた、だろう?)

胸は錐で突かれたようにギリギリと痛んだ。寄りかかっていないと倒れてしまいそうだ。

(愛を告げることすらかなわない身分だ。最初っからわかってたじゃないか・・・でも、頭と心はこんなにも違う・・・痛い・・・すごく、痛い)

耳元で季節を告げる虫の声が大きく響き、リオは少しだけ、と目を閉じた。





ありがとうございました。
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