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第六十六話 婚礼の準備
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アウレリオの婚礼は秋に決まった。
あと半年だ。それまでに屋敷を美しく整え、聖堂の壁画を修復し、あわよくば新しい壁画も、と第一夫人の意向でどんどん準備が進められている。
もちろん、花嫁のために純白の絹やレースが取り寄せられ、女たちは刺繍やドレスの制作と息をつく暇もないほど忙しい日々が続いた。
料理人は試作を繰り返し、使用人たちは城のあちこちから花瓶やら敷物を引っ張り出し、ホコリを叩き、シワを伸ばしたり大わらわだ。
目の色を変えて婚礼準備を進める使用人たちを眺めながら、伯爵がボソリと言った。
「まだ、王都に行っていないのではないか?」
第一夫人ソフィアは悲鳴を上げた。
わかってはいたが後回しにするうちに忘れていた。
貴族の結婚には王の許可がいる。
身分の低い貴族ならともかく、王家の血筋のグラム家は花嫁候補を連れて王都に出向き、王に挨拶して了解をもらうのが筋なのに。
しかも、エミリアは対外的には婚約者として扱っているが、王家に婚姻相手として正式に届出をした相手ではない。いつでもすげ替えることの便利な親戚の娘を伯爵家に迎えるためには、正式な届け出と王の許可は不可欠だった。
(私としたことが・・・)
珍しく肩を落とした妻に、伯爵はこちらも珍しく優しい声をかけた。
「今すぐ発てば、王都でタイミングを見計らうとしても秋には戻ってこられるだろう。問題はないさ。アウレリオもれっきとした大人だ。エミリア嬢を伴って王都に行くことぐらいできるだろう」
「あなた、なんてことを仰るの。未婚のご令嬢をいくら婚約者とはいえ、付き添いもなしに行かせるなんて・・・エミリアの評判に傷がつくばかりではありませんわ。わたしたちが常識のない田舎者と馬鹿にされることになります」
「だが、お前は婚礼の準備で忙しいから、この地を離れられないだろう?お前がいなければ家政も回らないし」
「それは、そうですけど・・・でも・・・」
自分が重要な人物であることを暗に示され、矜持をくすぐられる。だが、次の言葉ですべてが台無しになった。
「お前が行けないのなら、ジョゼフィーヌを行かせるしかないだろう?貴族の既婚婦人はあれしかいないし・・・」
「なんですって?」ソフィアの声が裏返った。
「遠縁のベイリー夫人は足を折ったときいたし、ハミルトン夫人は痛風でどこにも行けないと聞いているが。他にめぼしい既婚夫人といえば・・・」
「・・・」ソフィアは唇を噛んだ。本来であれば自分が行きたい。だが、完璧な婚礼を行うためには指揮官である自分がいなければ・・・
「私が良く言い聞かせよう。それに、カリナにもそろそろ結婚相手を見つけてやらないと」伯爵の言葉に、ソフィアははっと視線を上げた。
これから、アウレリオがこの家を継いでいくにあたり、結婚できないでいるカリナの存在は必ずじゃまになるに違いない。いい歳をして、未だお人形遊びから抜け出せない、幼稚な義妹などいないほうがいい。それに、カリナの性格ならば必ずエミリアを馬鹿にして居心地の悪い思いをさせるに違いない。
ついでにジョセフィーヌが娘の嫁ぎ先に一緒に行ってくれれば、好都合ではないか。
娘の婿探しをするのであれば、ジョセフィーヌもそうおかしなふるまいはしないだろう。
夫の提案がすとんと腑に落ちた。
「そうですわね。確かに、おっしゃるとおりそれがよろしいかと・・・」
「では、それで決まりだ」伯爵はにやりと笑った。ついでに、この際家督も渡してしまおう。
ようやく肩の荷を下ろすことができる。
自分の引退後の住居はとうの昔に整えてあったが、これまで体面のために伯爵を続けていたようなものだった。
これから爵位を渡せば、恋人と穏やかな日々を過ごすことができるだろう。
ソフィアは屋敷に残って家政を回したがるだろうし、あのおとなしくて賢いエミリアはうまくやってくれることだろう。
ジョゼフィーヌは派手好きだから、一度王都に行かせれば二度と辺境に戻ろうなどと思わないに違いない。
伯爵はちいさく口笛を吹いた。
恋人の美しい黒髪が目の端で踊る。長いこと苦労させてしまったが、早く恋人とあの居心地のいい家で過ごしたいものだ。
機嫌よく去っていく後ろ姿にソフィアは首をかしげたが、まさか夫がそんなことを考えているなど、おもいもしなかった。
話が決まれば、準備は速やかに進められた。
王が寵愛している第三王女の誕生会にに合わせて訪問することになった。舞踏会では賓客の応対に時間を割きやすい
だろうし、面会のために数か月も待たされることはないだろうから。
王都の屋敷に伝令が急ぎ送られ、その一週間後には旅立つことになった。
**********
「リオ」
廊下を歩くリオの後ろから、遠慮がちな声が響いた。
そういえば、ラファエルはリオのような使用人の顔色すらうかがう子供だった。
大人になってもその性格はあまり変わらないらしい。
「ラファエル様」
リオが振り返ってうやうやしく頭を下げると、ラファエルは困ったような顔で笑って見せた。
「その・・・昨日のことだが」
「昨日は・・・感情的になってしまいすみませんでした」
「いや、その・・・私こそ悪かった。お前がそこまで、兄上のことを思っているとは・・・もちろん、主を慕うという意味だが」
「もちろんでございます。それ以外、何の意味があるのですか?」
「ないよ。なにも、ない」
食い気味に返したラファエルの言葉で、ラファエルは自分とアウレリオの関係に気が付いているのかもしれないと思った。だが、それを大っぴらに言うほど、リオは愚かではなかった。
「その・・・次のモデルなのですが、ちょうど結婚の準備のためにアウレリオ様とお嬢様が王都に旅立たれることになりまして・・・私もその準備で忙しくしておりまして・・・しばらくは難しいかと」
「・・・そうか」
ラファエルは目に見えるほどがっかりしていた。
「それは・・・とても残念だが、お前も王都に同行するのか?そうでないならば一週間後には体が空くだろう?」
「わかりません・・・たぶん、お嬢様とご一緒することになるかと思います。お嬢様付きは男手が足りないので」
「そうか・・・では、帰ってきてからでもいい。一度休暇を取ってみてはどうだ?その、無理にとは言わないが、お前はこの地と出身地の農村しか知らないだろう?海を・・・海を見てみたくはないか?」
「う、海?」
ラファエルがリオの両腕をつかんだ。
「聞いたことはないか?水が・・・湖よりもたくさんあるところだ。水面に日差しが反射するとこの上もなく美しい」
「・・・はあ?」
なぜ突然そんなことを言い出したのかわからない。
戸惑いを隠せずラファエルを見上げると、ラファエルの手に力が入った。
「その・・・私ではだめか?」
「え?」
**************
お読みいただきましてありがとうございました。
ハートと広告もいつもありがとうございます!
急に寒くなったせいか体が慣れずに寝てばかりいるのですが、私だけでしょうか。
風邪が流行っていますね。
あたたかくして体調に気を付けてくださいね。
もうすこしで2章が終わります。
今頃になってどこで切ろうか悩み中・・・
それでは、また明日お会いしましょう。
あと半年だ。それまでに屋敷を美しく整え、聖堂の壁画を修復し、あわよくば新しい壁画も、と第一夫人の意向でどんどん準備が進められている。
もちろん、花嫁のために純白の絹やレースが取り寄せられ、女たちは刺繍やドレスの制作と息をつく暇もないほど忙しい日々が続いた。
料理人は試作を繰り返し、使用人たちは城のあちこちから花瓶やら敷物を引っ張り出し、ホコリを叩き、シワを伸ばしたり大わらわだ。
目の色を変えて婚礼準備を進める使用人たちを眺めながら、伯爵がボソリと言った。
「まだ、王都に行っていないのではないか?」
第一夫人ソフィアは悲鳴を上げた。
わかってはいたが後回しにするうちに忘れていた。
貴族の結婚には王の許可がいる。
身分の低い貴族ならともかく、王家の血筋のグラム家は花嫁候補を連れて王都に出向き、王に挨拶して了解をもらうのが筋なのに。
しかも、エミリアは対外的には婚約者として扱っているが、王家に婚姻相手として正式に届出をした相手ではない。いつでもすげ替えることの便利な親戚の娘を伯爵家に迎えるためには、正式な届け出と王の許可は不可欠だった。
(私としたことが・・・)
珍しく肩を落とした妻に、伯爵はこちらも珍しく優しい声をかけた。
「今すぐ発てば、王都でタイミングを見計らうとしても秋には戻ってこられるだろう。問題はないさ。アウレリオもれっきとした大人だ。エミリア嬢を伴って王都に行くことぐらいできるだろう」
「あなた、なんてことを仰るの。未婚のご令嬢をいくら婚約者とはいえ、付き添いもなしに行かせるなんて・・・エミリアの評判に傷がつくばかりではありませんわ。わたしたちが常識のない田舎者と馬鹿にされることになります」
「だが、お前は婚礼の準備で忙しいから、この地を離れられないだろう?お前がいなければ家政も回らないし」
「それは、そうですけど・・・でも・・・」
自分が重要な人物であることを暗に示され、矜持をくすぐられる。だが、次の言葉ですべてが台無しになった。
「お前が行けないのなら、ジョゼフィーヌを行かせるしかないだろう?貴族の既婚婦人はあれしかいないし・・・」
「なんですって?」ソフィアの声が裏返った。
「遠縁のベイリー夫人は足を折ったときいたし、ハミルトン夫人は痛風でどこにも行けないと聞いているが。他にめぼしい既婚夫人といえば・・・」
「・・・」ソフィアは唇を噛んだ。本来であれば自分が行きたい。だが、完璧な婚礼を行うためには指揮官である自分がいなければ・・・
「私が良く言い聞かせよう。それに、カリナにもそろそろ結婚相手を見つけてやらないと」伯爵の言葉に、ソフィアははっと視線を上げた。
これから、アウレリオがこの家を継いでいくにあたり、結婚できないでいるカリナの存在は必ずじゃまになるに違いない。いい歳をして、未だお人形遊びから抜け出せない、幼稚な義妹などいないほうがいい。それに、カリナの性格ならば必ずエミリアを馬鹿にして居心地の悪い思いをさせるに違いない。
ついでにジョセフィーヌが娘の嫁ぎ先に一緒に行ってくれれば、好都合ではないか。
娘の婿探しをするのであれば、ジョセフィーヌもそうおかしなふるまいはしないだろう。
夫の提案がすとんと腑に落ちた。
「そうですわね。確かに、おっしゃるとおりそれがよろしいかと・・・」
「では、それで決まりだ」伯爵はにやりと笑った。ついでに、この際家督も渡してしまおう。
ようやく肩の荷を下ろすことができる。
自分の引退後の住居はとうの昔に整えてあったが、これまで体面のために伯爵を続けていたようなものだった。
これから爵位を渡せば、恋人と穏やかな日々を過ごすことができるだろう。
ソフィアは屋敷に残って家政を回したがるだろうし、あのおとなしくて賢いエミリアはうまくやってくれることだろう。
ジョゼフィーヌは派手好きだから、一度王都に行かせれば二度と辺境に戻ろうなどと思わないに違いない。
伯爵はちいさく口笛を吹いた。
恋人の美しい黒髪が目の端で踊る。長いこと苦労させてしまったが、早く恋人とあの居心地のいい家で過ごしたいものだ。
機嫌よく去っていく後ろ姿にソフィアは首をかしげたが、まさか夫がそんなことを考えているなど、おもいもしなかった。
話が決まれば、準備は速やかに進められた。
王が寵愛している第三王女の誕生会にに合わせて訪問することになった。舞踏会では賓客の応対に時間を割きやすい
だろうし、面会のために数か月も待たされることはないだろうから。
王都の屋敷に伝令が急ぎ送られ、その一週間後には旅立つことになった。
**********
「リオ」
廊下を歩くリオの後ろから、遠慮がちな声が響いた。
そういえば、ラファエルはリオのような使用人の顔色すらうかがう子供だった。
大人になってもその性格はあまり変わらないらしい。
「ラファエル様」
リオが振り返ってうやうやしく頭を下げると、ラファエルは困ったような顔で笑って見せた。
「その・・・昨日のことだが」
「昨日は・・・感情的になってしまいすみませんでした」
「いや、その・・・私こそ悪かった。お前がそこまで、兄上のことを思っているとは・・・もちろん、主を慕うという意味だが」
「もちろんでございます。それ以外、何の意味があるのですか?」
「ないよ。なにも、ない」
食い気味に返したラファエルの言葉で、ラファエルは自分とアウレリオの関係に気が付いているのかもしれないと思った。だが、それを大っぴらに言うほど、リオは愚かではなかった。
「その・・・次のモデルなのですが、ちょうど結婚の準備のためにアウレリオ様とお嬢様が王都に旅立たれることになりまして・・・私もその準備で忙しくしておりまして・・・しばらくは難しいかと」
「・・・そうか」
ラファエルは目に見えるほどがっかりしていた。
「それは・・・とても残念だが、お前も王都に同行するのか?そうでないならば一週間後には体が空くだろう?」
「わかりません・・・たぶん、お嬢様とご一緒することになるかと思います。お嬢様付きは男手が足りないので」
「そうか・・・では、帰ってきてからでもいい。一度休暇を取ってみてはどうだ?その、無理にとは言わないが、お前はこの地と出身地の農村しか知らないだろう?海を・・・海を見てみたくはないか?」
「う、海?」
ラファエルがリオの両腕をつかんだ。
「聞いたことはないか?水が・・・湖よりもたくさんあるところだ。水面に日差しが反射するとこの上もなく美しい」
「・・・はあ?」
なぜ突然そんなことを言い出したのかわからない。
戸惑いを隠せずラファエルを見上げると、ラファエルの手に力が入った。
「その・・・私ではだめか?」
「え?」
**************
お読みいただきましてありがとうございました。
ハートと広告もいつもありがとうございます!
急に寒くなったせいか体が慣れずに寝てばかりいるのですが、私だけでしょうか。
風邪が流行っていますね。
あたたかくして体調に気を付けてくださいね。
もうすこしで2章が終わります。
今頃になってどこで切ろうか悩み中・・・
それでは、また明日お会いしましょう。
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