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第601話「ええっと、リオネル様が選んだ料理も少し頂いて構いませんか?」

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翌朝、身支度をしたリオネルとヒルデガルドは、
ホテルのレストランへ向かっていた。

レストランでビュッフェ形式風の朝食を摂る為である。

殆どの方がご存じだと思うが補足しよう。

ビュッフェ形式とは、セルフサービスの立食形式の食事である。
このホテルで『風』と付くのは、立食ではなく、客が個別のテーブルに着席し、
食事を摂る形式だから。

リオネルと手をつなぐヒルデガルドは少々お冠である。
自分自身が原因なので、余計に苛立っていた。

……イラつく理由は他愛もなかった。

昨日、旅の疲れとルームサービスで摂ったワインの酔いもあり、
ヒルデガルドは、リオネルとの歓談の途中で眠くなり、
ぐっすりと寝てしまったのだ。

気が付けば、ヒルデガルドは自分のベッドで眠っていた。

思い出深き旅の初日。
もっともっと!
リオネル様と!
出来れば夜通しでも、お話ししていたかったのに!

あっさり眠ってしまう、不甲斐ない自分が情けない!

その後、もしも『何か』あっても、リオネル様を受け入れる覚悟もしていたのに!

頬をぷくっと巣ごもり前のリスのように膨らませたヒルデガルドだが、
眠り込んでしまった自分をお姫様抱っこでベッドまで運んでくれたであろう優しさ、
事前に寝巻に着替えておくようにと言ってくれた気配りに、
そして!
やはり不埒な事を全くしなかった誠実さに、
リオネルへの信頼は、益々、益々、増して行った。

自分へのいたわりを思い出し、機嫌を直したヒルデガルドは、
満面の笑みを浮かべ、つないだリオネルの手をぎゅ!と握る。

「リオネル様」

「はい」

「これから行くレストランの朝食は、1回料金を払えば、本当に好きなものを好きなだけ食べて構わないのですか?」

「はい、思う存分食べてください。ちなみに俺達が宿泊しているスイートルームは、宿泊料金の中に朝食代が含まれているそうです」

「わあ! そうなんですか!」

……昨夜のルームサービスで、人間族の料理、そしてレストランの料理人の腕は、
ヒルデガルドへ熟知されていた。

昨夜お代わりした同じ料理はあるのだろうか?
食べた事のない新しい料理を食べてみたい!

そんな心の波動がリオネルへ伝わって来る。

魔導昇降機へ乗り込み、最上階のレストランへ。

手をつないだふたりがレストランへ入ると、数多の視線が向けられた。

――やはりリオネルとヒルデガルドは目立つのだ。

人間族とアールヴ族のカップルが珍しい事に加え、
若干19歳の『普通少年』と『絶世の美女』が仲睦まじく手をつなぐ、
という違和感ありありの雰囲気が、とんでもなく目を引くのである。

昨夜のルームサービス同様、クロディーヌが話を通してあると言った通り、
受付へ申し込むと、スタッフから速攻で連絡が行き、
レストランの支配人がすっ飛んで来た。

「おはようございます! ヒルデガルド様! リオネル様! クローディーヌ様からお聞きしております! お席へ、すぐご案内致します!」

支配人はそう言うと、深々とお辞儀をし、ふたりをいざなったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

……ふたりが案内された席は、広々とした個室でパーティーも可能、
レストランの最上席、VIPルームであった。

支配人は言う。

「とりあえず専任のスタッフを4名つけますので、何なりとお申し付けくださいませ。もし人手が足りなければ、即、増員致しますから」

クローディーヌから『ヒルデガルドは国賓』『リオネルはレジェンドのランクS』
と言われたからであろう。

各自が気ままに好きな料理を取るビュッフェ形式風の朝食だというのに、
支配人は大層気を遣っている。

「専任のスタッフを4名もつけるなど、さすがに大袈裟かな。断ろう」
と思ったリオネルであったが、瞬時に考え直した。

ヒルデガルドは美しく、とりわけ目立つ。
レストランの客の中には彼女と同族のアールヴ族も居たし、
興味本位の声掛け、ナンパ等トラブルの防止にもなるので、
礼を言い、支配人の厚意を受ける事にしたのだ。

という事で、リオネルは4名のスタッフへ指示を出した。

2名は取って貰った席付近へ待機。
もう2名を連れ、リオネルとヒルデガルドは料理を載せた大テーブルへ。

大テーブルには、様々な肉料理、魚料理、野菜料理、サラダ、スープ、パン、飲料、そしてデザートが、金属製の容器、大皿などに綺麗に盛られ、並べられていた。

「わあ! リオネル様! 見覚えのある料理もありますけど、昨夜はなかった美味しそうな料理も、い~っぱいありますわ!」

菫色すみれいろの瞳をキラキラ輝かせながら、見つめるヒルデガルド。

「並べてある料理は、どのような作法で食べるのでしょうか?」

ヒルデガルドの質問に対し、論より証拠。

「はい、じゃあ、俺が手本を見せますから、ヒルデガルドさんも同じようにやってください」

リオネルはそう言うと、自分用の取り皿をひとつ取り、
備え付けの共用大スプーンで肉の煮込み料理を盛った。

「食べ残しは厳禁なので、盛り過ぎはNGです。こうやって、自分が食べられると思った分だけ、盛ってください。そして慣れるまで基本的にひとつの皿には、1種類の料理のみ盛ってくださいね」

「な、成る程。分かりました。基本的に、ひとつの皿にひと種類。欲張って取り過ぎはダメなんですね」

「です! とりあえずふた皿選びましょうか」

「は、はい! ふた皿ですね! いっぱいあるから、す、凄く迷います!」

「ははは、こういうのもトライアルアンドエラーです。どうしても迷うのであれば、ほんの少量だけ取って、ひと口食べてみて相性が悪かったら、また違うのを選べば良いです。全然食べられなかったら、俺がさくっと食べますから」

「そ、そんな!」

「いえいえ! 俺、好き嫌いはないし、大食いだし、それくらいお安い御用ですよ」

「わ、分かりました! いつもいつもお気遣い頂きありがとうございます!」

……という事で、リオネルとヒルデガルドはふた皿ずつ料理を盛った。

ここでリオネルが言う。

「通常は自分自身で席まで運びます。一度に多くは持てませんから、何往復かするんです」

「成る程」

「今回は支配人さんのご厚意で、特別にスタッフさんが居ますから、俺達が盛った皿を席まで運んで貰いましょう」

リオネルがそう言うと、傍に控えていたスタッフ2名は、
「かしこまりました」と返し、ふたりの皿を受け取り、手早く席へ持って行く。

席付近に待機しているスタッフ2名は運ばれた料理の見張り番、念の為。

その間、リオネルとヒルデガルドは更にふた皿選び、再び運んで貰う。

サラダ、パンも同じように選び、飲料はデキャンタからコップへ注ぐ。
デザートは料理を食べ終わってから。
またスプーン、ナイフに、フォーク、予備の皿は席にあるので、それらを使う。

そんなこんなで、準備完了。

席のテーブルいっぱいに載った自分で選んだ料理を見たヒルデガルド。

ちらちらっと、リオネルの前に置かれた料理も見て、

「あ、あの……」

「はい、何でしょう、ヒルデガルドさん」

「ええっと、リオネル様が選んだ料理も少し頂いて構いませんか?」

「全然、オッケーです。予備の取り皿へ取り分けますから、どんどんリクエストしてください。料理が無くなればまた取りに行きましょう」

「わあ! ありがとうございます! い~っぱい食べるぞお!」

ぱああっと、満面の笑みを浮かべるヒルデガルド。

……こうしてビュッフェ形式風食事デビューのヒルデガルドは、
存分に、ホテルの朝食を堪能したのである。
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