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第616話「好きなものを選んでくださいね」

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ナンパ未遂、逮捕が何回も繰り返されれば、さすがに周囲も認識した。

リオネルとヒルデガルドが『VIPな特別カップル』であるという事を。

ふたりへ下手に声をかけ、誤解され、逮捕されたらまずいと、
特に美貌のヒルデガルドに注目しつつも、
恐る恐るという感じで、ナンパ男子達は勿論、一般市民も遠巻きにしたのである。

絡んで来たナンパ男子達をガンガン確保し、逮捕、容赦なく連行したのは、
まあ、少しやり過ぎの感もなくはない。

ただ今回の対応は、街の治安を乱す者には絶対に容赦しないのだという、
当局の意思を示す強烈なアピールになった。
それほどワレバッドの街では不心得者による悪質なナンパが横行していた。
街の安全と平穏を望むブレーズの思惑通りになったと言えよう。

「リオネル様」

「はい、何でしょう、ヒルデガルドさん」

「強引なナンパが続きましたが、初めてワレバッド正門前で声をかけられた時より、私、全然落ち着いていましたわ」

ヒルデガルドの言う通り、彼女はにこにこ笑顔である。

リオネルも同じく笑顔で返す。

「良かったですね。あいつら以上にやばい奴も居ますから油断は大敵ですが、ヒルデガルドさんの気持ちに少し余裕が出て来たのだと思います」

「はい、すべてリオネル様のご指導のお陰ですわ」

「いえいえ、ヒルデガルドさんの努力のたまものです。周りの景色を、普通に目に止められるようになったのではないでしょうか」

「うふふふ♡ 魔境での蛇の修行と一緒ですね」

「まあ、そんな感じです。じゃあ落ち着いたところで、街中のお店に入り、店主さんと、いろいろやりとりもしてみましょう」

「はい! どのお店へ入りましょうか?」

「ショッピングモールにない、専門品を扱う個人商店にしましょうか」

「専門品を扱う個人商店ですか?」

「はい、イエーラにもそういう店はあると思いますが、親方の下で弟子として修行して、実力をつけてから独立し、自分のお店を持つ。そんな店主さんの居るお店です」

「成る程。それならイエーラにも居ると思いますわ」

「はい、そういう店主さんは腕に自信を持つ方が多いので、失礼のないよう、敬意を払いつつ話しましょう」

失礼のないよう、敬意を払いというリオネルの注意を聞き、
ヒルデガルドは少しだけ緊張したらしい。

「わ、分かりました」

「大丈夫です。安心してください、俺がフォローしますから」

「は、はい! 何卒宜しくお願い致します」

という事で……
リオネルとヒルデガルドは、金銀細工屋、仕立て屋、靴屋、
染物屋、食器屋などを回った。

ちなみに護衛のブレーズ達は、店外で待機した。

訪れた店の店主達は皆、ヒルデガルドの際立つ美しさに驚いていたが、
リオネルのフォローもあり、自分が作った商品の特徴を笑顔で語ってくれた。
販売商品には既製品もあるが、世界にたたひとつとうたう、
オンリーワンの一点物が多いと言う。

対して、ヒルデガルドも店主達と楽しくやりとり。

そのうち、その場で購入し、すぐ持ち帰れる商品をいくつか購入もしたのである。

「リオネル様! 凄く楽しかったですわ! 皆さん、ご自分のお仕事に誇りを持っていらっしゃるんですね!」

「ですね! ただイエーラにも同じような腕の良い職人さんがたくさんいらっしゃると思います」

「ええ、帰国したら、改めて確認する必要がありますわ」

「はい、そういった素晴らしい商品を公社を通じて、知らしめ、国内は勿論ですが、国外のお客様にもどんどん販売しましょう。それで外貨をたくさん稼ぐんです」

「成る程! イエーラの為にこれからやらなければいけない事って、本当にいっぱいあるのですね!」

笑顔で語るヒルデガルドは、やる気に満ちあふれていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

……何軒も店を回っていたら、お昼時となってしまった。

愛用の懐中魔導時計を見たリオネルは、

「午前11時30分過ぎか、お腹が空いたでしょう? ランチにしましょう」

「はい! どこかのお店へ入りますか?」

「いえ、今日は、趣きを変え、オープンな中央市場の露店で食べましょう」

「え? 趣きを変え、オープンな中央市場の露店……ですか?」

露店のイメージがわかないという雰囲気で首を傾げるヒルデガルド。

「はい、混む前に行きましょう」

……という事で、リオネルはヒルデガルドを街の中央広場に隣接する中央市場、
そして、市場のとある一画に連れて来た。

ヒルデガルドの目の前には、簡素な仕様の木製店舗が連なり、
各店舗は一応、飲食店の様相を呈している。
老若男女、様々な世代の威勢が良い店主達は調理器具を自在に使い、
「いらっしゃい!」「美味しいよ!」と大きな声で呼び込みをしつつ、
テイクアウト用の商品を作り、並べていた。

肉を串に刺して音を立てて焼く店があると思えば、大きな鉄板で肉を焼く店、
スープのようなものを煮込む、樽のようなずん胴鍋が置かれた店もある。

人間族より嗅覚の鋭いヒルデガルドの鼻には、
美味そうな香りがどんどん入りこんで来る。

大いに驚き、口に手をあて、大声出しを押さえるヒルデガルド。

「な、何ですか、これ? とんでもない活気です! それに凄く良い香りでいっぱいなんですけど!」

「ははは、ヒルデガルドさん。これが市場の露店ですよ。イエーラにはありませんか?」

「こ、このようなお店、イエーラの市場には、ありませんわ! イエーラの市場は、商人が単純に食材を並べて売るだけですから」
 
「成る程。じゃあ、試してみて美味しく楽しかったら、イエーラの市場にも造る事を検討しましょう」

「はいっ!」

ここでリオネルが手を挙げ、数回打ち振った。
すかさず打てば響けとばかりに、リオネルの意をくみ、
見守っていたブレーズ、ゴーチェ以下10名の護衛が動き、
半分は共用のテーブル席を確保。
残り半分は引き続き、護衛としてリオネルの周囲に立った。

「ヒルデガルドさん、ここはお店ごとに売っている商品と引き換えに代金を払います。好きなお店に行って好きなものを買って受け取り、護衛の方が確保したあの席で食べます。買ったものを自宅などに持ち帰り食べるのもありです」

「な、成る程」

「じゃあ、行きましょう。どの店にしますか?」

「あ、あの肉に串を刺して焼いている料理が! ぜひぜひ食べたいですわ!」

「了解!」

リオネルはヒルデガルドのリクエスト通り、肉を串に刺して音を立てて焼く店へ。

「わあっ!」

店では、牛、豚、鶏、鹿、兎などなど、様々な肉が串に刺され、
じゅうじゅうと、音を出しながら焼かれていた。

「好きなものを選んでくださいね」

「はいっ! ありがとうございます!」

菫色の瞳を輝かせ、串焼きを見つめるヒルデガルドは、
嬉しい!楽しい!という気持ちを込め、リオネルの手をぎゅ!ぎゅ!ぎゅ!と、
強く握ったのである。
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