隠れ勇者と押しかけエルフ

東導 号

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第2話 「俺の名は」

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「き、貴様ぁ! 人間か?」

 王宮の壁をぶち壊して、いきなり現れた闖入者に対し、アスモスは怒鳴り散らした。
 しかし法衣ローブ姿の若い男は、苦笑いして大袈裟に肩を竦める。

「おお、もしかしてお前ら取り込み中なのか? それはすまん」

「ふ、ふざけるな」

 大声で怒鳴り散らすアスモスであったが、男は全く動じない。

「まあ、怒らないで聞けよ、おっさん。俺、他人の愛の語らいを邪魔する趣味はないから、さっさと失礼するよ」

「な!? お、おっさん……だと……ぬぬぬぬ、この下郎めが」

 あまりにも、人を喰ったような男の台詞に、アスモスは怒りの炎を燃やした。
 しかし男は全く気にせず、踵を返して立ち去ろうとする。

「じゃあな、邪魔して悪かったよ」

 あまりといえばあまりな会話の内容に……
 呆然としていたエリンが、「ハッ」として大声をあげる。

「人間! 待てぇ、良~く見ろ! これのどこが愛の語らいだぁ」

「あれ? 違った」

 男は振り返ると、「にこり」と笑った。
 
 エリンが、人間を見るのは生まれて初めてであった。
 人間の容姿、性格、暮らしぶりは父から教えられてはいた。
 また、古文書に書かれていたものも、少しは読んだ。
 
 いまいち、理解出来なかった記憶がある。
 だからあまり人間に対して、興味が湧かなかった。

 だが……
 現在エリンは、絶体絶命の状況だ。
 人間とは何が何だか良く分からないが、少なくとも目の前に居る下種で不細工な悪魔――つまり父や一族の仇アスモスよりは、まだましであろう。 
 思わずエリンは、縋るような視線を飛ばす。

「違う! み、見て分からないのか?」

「えっと……おっさんと君じゃあ年齢差もあって、ちょっと釣り合わない気もするけど……」

 エリンの問いに対して、男は暫し考え込む。
 しかし、「ぱあっ」と顔が明るくなって「ぽん」と手を叩く。

「おお、分かったぞ! むっさいおっさんから巨乳美少女へ、年齢差を超えた愛の告白タイムだ」

 正解間違いなしと、納得する男にエリンが否定の叫びをあげる

「ちが~う! 断じて愛の告白タイムではない! バカモノ! わ、私はてごめにされかけているのだ」

「ほう、てごめと言う事はだ、この汚いおっさんが無理やりエッチさせろって迫ってるの?」

 男は漸く状況を理解したようだ。
 「にっこり」と笑うが、エリンは「いらっ」として怒りのあまり足を踏み鳴らす。

「理解が遅い! そうだ! この最低悪魔が私を強引に犯すとほざいているのだ!」

 エリンがアスモスを「悪魔!」と指さしたのを見て、男はまたも首を傾げる。
 納得がいかない表情だ。

「え? 悪魔って? この弱そうな魔族のおっさんがか?」

「何? 弱そう……だと? 聞き捨てならないぞ、貴様……」

 先程から、アスモスの怒りは沸騰しっぱなしである。
 しかし、男の何かが気になるようであり、何とかたぎる気持ちを抑えているようだ。

「ふ~む……貴様の魔力が異常に高いのが少し気になるが……人間の貴様など所詮うじ虫に過ぎん……」

「俺がうじ虫? うっわぁ、ひで~事、言うよな、でもおっさんだって充分弱いよ」

「まだ言うか? 貴様のようなうじ虫如きが、この偉大なる余を愚弄するとは……許さぬぞ」

「はぁ? 愚弄って……おっさんが先に俺の事を『下郎』とか『うじ虫』とか酷い言い方するからさ、つい言い返しただけだって」

「黙れ! 余は大魔王アスモスだ! ふむ、貴様は目障りである……女を抱く前に嬲り殺してやろう」

「大魔王? アスモス? アスモス、アスモス……あれ、どこかで聞いた事あるな?」

 アスモスは牙を剥き、襲い掛かろうとする。
 しかし男は手を挙げて、いきり立つアスモスを制すと、懐から何やら紙きれを取り出した。

「な、何だ、それは?」

「内緒! これは秘密の指令書だ。俺……今、仕事中だからさ」

「秘密の指令書? そして仕事中だとぉ? ふ、ふざけるなぁっ!!!」

 またもや惚けた男の物言いに、アスモスの怒りの声が響き渡った。
 大気が「びりびり」と震える。
 凄まじい咆哮とも言うべき怒声であり、エリンは吃驚して目を閉じた。
 しかし、男は気にせず紙に書かれた内容を読み返している。

「ええっと、ちょっと待て!……おお、あった、指令書にあんたの名前あったぞ、おっさん」

「…………」

「ええと、ああ、確かに書いてあるぞ。凶悪な魔王アスモスって、あんただろう?」

「……違う」

 否定するアスモスに、エリンは首を横に振る。

「いいえっ、さっき魔王アスモスって名乗ったわ」

 名前を確かめられたのが嬉しかったのだろう。
 エリンの言葉を聞いた男は拳を振りあげた。

「おお、そうか! 巨乳ちゃん、ナイスフォローだ」

「はあ!? きょ、巨乳?」

 エリンは「え?」という表情をする。
 片や、アスモスは忌々し気に叫ぶ。

「黙れっ! 違う!」

「ん? 違うの?」

「断じて違う! 余は大魔王アスモスだ」

 あくまでも『大』に拘るアスモスであったが、男は苦笑する。

「成る程、大魔王ねぇ……気持ちは分かるけど、大を付けたのって所詮自称だろう」

「…………」

「俺が依頼主から聞いてるのは、おっさんは単なる魔王だって事だ。敢えて言うのならスケベ魔王だな」

「貴様……くううう……生まれてこのかた、ここまで余が愚弄されたのは初めてだぞ」

「そうかぁ、よかったな……挫折を知るって人生においてとっても大事だぞ……ちなみにおっさん、あんたの人生はもう先が無いけどな」

「ははははは……死ねっ」

 アスモスは遂に我慢の限界に達したのだろう。
 乾いた笑いと共に、いきなりいくつもの巨大な火球を出現させ、男へ投げつけた。

「きゃあああっ!」

 エリンが悲鳴をあげ、数多の火球が真っ直ぐ男に迫る。
 その瞬間であった。

 ばしゅん!
 火球が男の手前ですべて四散し、消え去ったのである。

「えええっ!? な、何?」

 何が起こったのか?
 驚くエリンへ男が叫ぶ。

「良いから、巨乳ちゃん! どこかへ隠れていろっ! 俺、さっさと仕事やっちゃうから」

「私を変な綽名で呼ぶなぁっ! エリンと呼べっ」

「おう! 分かった! 俺の名はダン、ダン・シリウスだ」

「ダン!」

「よっし、エリン、任せろ!」

 エリンは不思議だった。
 この正体不明な人間の男の言葉に癒されていた。
 自分以外、父や一族全員を殺されたのに悲しさが癒されていたのだ。
 
 絶体絶命な危機の筈なのに何故か安心感が満ちて来る。

 もう大丈夫……なのだ。
 そう思う理由わけは明らかである。

 エリンの視線の先には、驚くアスモスへ向かって大きく跳躍するダンの姿があったのだ。
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