隠れ勇者と押しかけエルフ

東導 号

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第56話「ヴィリヤの事情」

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 ゲルダは今回の『報酬』金貨5千枚を、様々な種類の金貨で払ってくれた。
 ダンが更に、細かい両替を頼んでも、嫌な顔ひとつしなかった。
 銀貨や銅貨も含めて、ダンはたくさんの硬貨を受け取る。
 丁寧な対応にダンも満足そうだ。

「確かに金貨5千枚、受け取った」

「いえいえ……また次の神託が下された際は……お願いする事になるわ。今回のように無事に生きて帰って来てね」

 先程からゲルダの言葉を聞いていて、エリンはわけが分からなくなって来た。
 人間であるダンの無事を、他種族に対しては排他的なエルフが、ここまで気持ちを出して望むとはありえない。
 基本は無関心か、良くても慇懃無礼な態度で、偉そうに言うくらいなのに。

 ゲルダの優しい労わりに対し、ダンも素直に応える。

「分かった」

「ヴィリヤ様も、ダンの無事を日々祈っていらっしゃいますから」

「ヴィリヤが!?」

 黙って話を聞いていたエリンであったが……
 あのヴィリヤまでが、ダンを心配していると聞いて、もう我慢が出来なかった。
 思わず『宿敵』の名を叫んでしまう。

 エリンが、主ヴィリヤの名を呼び捨てにしたのを聞いて、ゲルダは「ぴくり」と反応する。

「奥様! 貴女は『様』をつけなさい、普通なら人間風情にんげんふぜいが呼び捨てにするのは許されないの。仮にもエルフの長ソウェルの孫娘なのだから」

 冗談じゃない! と、エリンは思う。
 何故、ダークエルフの自分が宿敵の女を尊称で呼ばなくてはならないのか?
 到底、納得が出来なかった。

「奥様じゃない、エリンよ! だって、ダンもそう呼んでる」

 エリンの抗議に対し、ゲルダは思わせぶりに首を振る。

「いいえ、ダンは……特別なの、呼び捨てでも構わないわ」

「何よぉ! 不公平じゃない!」

 こうなると、エリンの怒りは収まらない。
 いきり立つエリンを、ダンがなだめに掛かる。

「まあ、まあ」

「だって!」

 そんな『夫婦』のやり取りを他所に、ゲルダは大きく溜息をつく。
 どうやら、エリンとのやり取りに疲れたようだ

 ゲルダは矛先を変えようと、話の内容を変えてダンへと振る。

「ふう……ヴィリヤ様がイエーラから派遣されてまもなく3年……実績もお作りになった。だからそろそろ帰国して、あちらで結婚式を挙げようという話になっているわ」

「それ、予定通りだろう? 良かったじゃね~か」

「そうね、3年務めて1期。最低1期務めれば、とりあえずOKという規則《ルール》よ」

「ああ、俺もそう聞いている」

「ええ、この人間の国アイディールと、私達の国イエーラとは友好関係にある。その友好の印に王宮魔法使いを派遣する事は、もう100年以上も続く習わしだから」

 ゲルダの言う通り、アイディール王国とアールヴの国イエーラは創世神教という信仰を共有するせいもあって約200年ものあいだ、共存共栄して来た。

 国交を開いた当初は、価値観の違いから戦いもあった両国ではあったが……
 時間が経つにつれ、人的交流もはかられた。
 その一環としてアイディールからは武術に長けたものが、イエーラからは魔法に長けた者が派遣される事になり、もう100年の長きに渡って続いているのだ。

「本来は別の者が来る予定が、ヴィリヤ様は志願しこの国へ来られた」

「実力を示して、早く祖父さんの跡を継ぎたいからか?」

 ダンの指摘は、当たっていたようだ。
 ゲルダが満足そうに頷く。

「鋭いわね、その通り。あの方はソウェルの跡継ぎ候補として経験と実績を作る為にこの国へ来た。そして貴方という勇者を召喚して、充分過ぎるくらいに目的は達成した」

「俺は全然勇者じゃないが、実績は確かに充分だろうさ」

 ダンは、軽く否定した。
 相変わらず、自分が勇者ではないと告げているのだ。

 ゲルダは聞こえないふりをして、話を続ける。

「しかし予定外の事が起こった」

「予定外?」

「貴方よ、ダン」

 真っすぐに、ダンを見つめるゲルダ。
 話は、とうとう本題へ入って来たようだ。
 エリンも怒った事を忘れ、聞き入っている。

「俺が?」

「そうよ、分かるでしょ。ヴィリヤ様は貴方がとても気になっている」

 やはりそうだ!
 エリンは、予感が確信に変わる。
 ヴィリヤから感じた波動……
 ダンへの、ほのかな思いはやはり……

「俺の事が気になるのは、この屋敷で暫く、一緒に暮らしたからだろう?」

「ふふ、そうね」

「自国を出て、人間の国で3年近く王宮魔法使いをしていても、あいつは男慣れしていない。……特に人間の男には免疫がない……そのせいだろう」

「確かに貴方の言う通り、でもそれだけじゃない」

 ゲルダはいくつか出たダンの意見を認めながら、他に理由があると言い張った。
 ダンは、本当の答えが分かっているのだろうか。
 また黙り込んでしまう。

「…………」

「お尻を叩かれた彼女は、初めての痛みと共に愛情を感じたのよ。いけない事をした自分を、きちんと叱ってくれる真摯な愛情をね」

「……う~ん」

「貴方が違うと思ってもそうなのよ、しかもその後にフィリップ様の下へ一緒に伺って、ヴィリヤ様の功績を称えてあげたでしょう」

「まあちょっとは褒めたかな……あいつには暫く世話にはなったから……召喚されてそのまま放り出されなかった恩は感じているさ」

「いいえ、貴方はヴィリヤ様のその後の事も考えていた。ソウェルを目指す彼女の『事情』を見抜いてね」

 ゲルダは、「ずばり」と言い切る。
 不本意な召喚で呼ばれたものの、ヴィリヤに手柄を立てさせてやろう。
 そう、ダンが考えたと。

 ゲルダの『推測』を聞いたダンは苦笑する。

「そりゃ誤解だ……あの時はそこまで考えてねぇ」

「ふふふ……果たしてそうかしら?」

 含み笑いをするゲルダであったが、表情は徐々に真剣になって行く。

「ヴィリヤ様は苦しんでいる……自分の気持ちに気付いて葛藤している」

 遠回しな言い方ながら、これではっきりした。
 ヴィリヤはダンに『恋している』のだ。
 それも淡い恋ではない。
 熱く真っすぐに……

 しかしダンは、今度こそきっぱりと否定する。
 エリンを見ながら言い切る。

「そこまで言われて、申し訳ないが……俺はヴィリヤに恋愛感情はない。エリンを愛しているし、結婚もした」

「ふう…………」

 ダンの突きつけた事実に、ゲルダはまた溜息をついた。
 更に、念を押すようにダンは言う。

「あいつにだって、親の決めた婚約者が居る」

「ええ……ヴィリヤ様が、幼い頃から決められた相手がね」

「だからどうしようもない……ゲルダ、優秀な部下のお前にだって。あいつ自身で克服するしかない」

「確かに……そう、貴方は正しいわ。だけど……可哀そうで見ていられない」

「…………」

 再び黙り込んだダン。
 ゲルダは今度、エリンに話を振って来た。

「エリンさん、貴女にも分かるでしょう?」

「な、何が?」

 急に同意を求められたエリンは、ゲルダを「キッ」と睨む。
 睨まれたゲルダは、エリンが睨む真の理由など分からない。
 単に、『妻の嫉妬』だと思っているに違いない。 

「門番から聞いたわよ。貴女、まるで貴族のように凛とした物言いをしたって言うじゃない」

「そ、それがどうしたのよ」

「ふふ、でも……」

「でも?」

「ええ、今の貴女は凄く甘えん坊」

「…………」

「女の子はね、好きな男性の前では凄く甘えてしまうの。……分かるでしょう? ヴィリヤ様も一緒、ダンの前に居るとまるで子供……普段とは全然違うのよ」

 ゲルダの言う事は……分かる。
 でも、認めたくない。
 肯定したくない。
 宿敵のエルフなんか、ダンに近づけたくない。

 エリンは強く首を振って、生じた『迷い』を必死に振り切ろうとしたのであった。
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