青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

文字の大きさ
9 / 192
《第1章》 午前二時のジゼル

もう一人の彼 ☆

しおりを挟む
 文字通り、めちゃくちゃに抱かれた。

「してる間は、俺が言うことに従ってほしい」

 瞳子が頷くと、両手首をとられた。そのまま彼の重量のある体が覆い重なってきてシーツに押しつけられると、身動きがとれなくなった。

 キスよりも先に来たのは、鎖骨と胸のあいだのなだらかな場所への、強烈な一噛みだった。

「痛いッ!」

 左胸のふくらみが始まる場所に、彼は犬歯をつきたてた。抑えきれずに悲鳴をあげてしまう。

 顔をしかめる彼女を、飛豪は無表情に見つめていた。反応を確かめるかのように。やがて、うっすらと目元だけに満足げな色がともった。
 服でぎりぎり隠れる場所の、赤い歯型は所有印のようだった。それが始まりだった。

 彼は枕元に置いていたネクタイをとると、「縛っていいか?」と聞いてきた。もとより、こちらにNOを言う権利はない。「どうぞ」と素直に両手首をさしだすと、頭の上できつく縛りあげられた。

 ――ひょっとして、わたし、一番危ない人に自分を売っちゃったんじゃないかな。

 下着はすでにない。手首を拘束されて、まっさらな裸体を彼の前にさらしていると、無防備どころか生死まで彼の手に委ねられている気がした。

 そして体格差――一六〇センチ四五キロと一八〇センチオーバーの大型動物――瞳子に両手の自由があったとしても、彼がその気になれば簡単に命を奪われる。

 ――この場で殺されても、別に文句は言えないな。わたしがこの人を、選んでしまったんだから。

 どこか達観した気持ちで、彼女は状況をとらえていた。

 ここまで追い詰められてしまった道のりは、一人だけの責任ではない。

 だが、最後の扉をひらく決断をしたのは、己の選択だ。一晩で五〇〇万円を手にしたのだから、ひきかえに死ぬほどの恐怖や痛みを味わっても文句は言えない。

 申し訳程度に胸や耳、背中を愛撫されたかと思うと、飛豪はいきなり性器を蜜口にあててきた。

 いつの間にか避妊具をかぶせた先端が、彼女の乾いた入り口をこすりあげている。硬く大きなその質感を、瞳子の入り口は拒絶し、閉ざしきっている。なのに彼は、先端を、側面をあてて、脅しつけるかのように彼女の譲歩を主張している。この時ばかりは、体が竦みあがった。

 初めてではない。それは事実だ。だが、六年前にたった三回か四回しただけの経験者だ。処女と大差ない。

 ひきつった表情で、充血してそそり立つ彼の性器に視線をそそぐと、飛豪は「こわい?」と囁くほどの声で訊いてきた。

 その声音に瞳子はぞっとした。

 雰囲気が、今までと全然違う。

 理づめだけれど大らかさも感じられた先刻とうってかわって、別人格のような彼がいた。もう一人の彼は、底知れない暗さや、冷酷さ、狂暴さをまとっているように感じられた。手のつけられない何かが彼の内側にひそんでいて、こちらに牙を剥きだしにしていた。

 産毛が恐怖にそそけ立つ。その変化に感電したように、瞳子は体を凍りつかせた。

「あー、やっぱ怖がらせちゃったか。でも、やめてあげられないんだ」

 言いながら、彼は腕をのばしてきた。野球のグローブのように大きな手のひらを、彼女の眼前でかざす。手のひらで視界をふさがれた。視野が真っ黒に染まる。

「この先もっと酷くするから、見ないほうがいい」

 耳元で低い声が響いた。瞳子は首をふった。

「手をはずして。どっちにしろ怖いのなら、わたしはちゃんと見ておきたい」

五月蠅うるさい」

「……ッ」

 抵抗を封じるように、飛豪はあてがった性器を中に突きすすめてきた。楔を打ちこみ、こじ開けられるようにして内奥が抉られていく。苦痛に、彼女は強く口を噛みしめた。

 ローションがあったわけでも、事前にさわってもらって中が潤っていたわけでもない。コンドームについた潤滑剤だけが緩衝材で、ただ、彼の欲求のままに無理やり挿れられただけだ。

 ――こんなのレイプだ。でも、これでいい。簡単に五〇〇万円貸してもらえるわけないんだから。

 瞳子は痛みを受けながそうとした。

 でも、マシな方だ。に犯されたり、過去を知っている連中に映像をとられるよりは、千倍もいい。わたしは、も守らなくちゃいけない――。

 飛豪は瞳子の乳房を鷲づかみにして、彼女の内壁をけずるようにして刺し貫いていた。

 下から見上げるその表情は、恍惚としているというより、彼自身も苦痛に苛まれているようだった。何かから逃れるために没頭しているように見える。

 自分のほうがひどく傷んでいるはずなのに、なぜか、彼のほうが可哀そうな気がした。

 ――この人は、いったい何を抱えているんだろう……?

 彼が胎内を行き来するたび、瞳子の体は順応をしていく。内壁の襞からじわじわと蜜が湧きだしてきて、次第に彼の形に寄り添いはじめる。

 全身が揺さぶられている最中なのに、ふと好奇心がわいた。まじまじと彼を見つめていると、飛豪もその視線に気づいた。

「ひょっとして、まだ余裕?」額の汗に手をやって、彼が訊いた。

「そういう訳じゃないけど……あなたがどうしてこんなことするのか……考えてた」

「知らなくていい、そんなこと」

 彼女の言葉が気にさわったようだ。唐突に、彼はずるりと体を引きぬく。そしてゴム臭い性器をくわえさせ、瞳子は後頭部をおさえこまれた。

 ――フェラチオは……やったことないッ。

 喉の奥に、太く長いものが押しこめられる。気管が封鎖されて、思わずむせてしまう。こればかりは初めてで、何をどうしていいか分からない。すると、頭上から恬淡とした声がして、手首の戒めをほどかれた。

「ゆっくりでいいから。手で動かしながら、筋を舐めてくれるだけでいい」

 彼もまた、彼女が口での経験値がないと悟ったようだった。無理をさせない程度に強要する方針に切りかえたのが分かった。

 それでも辛いものは辛い。涙まじりにくわえながら握りしめていると、飛豪からの無機質な視線が降りそそいでくるのを感じた。彼女を人ではなく物として捉えているようだった。

 ――六年前に経験したのとは、正反対だ。

 あの時の彼は、まさしく王子様だった。優しい愛撫と、初めての瞳子への気づかい、恋のささやき――すべてが揃っていた。彼は今どこで、何をしているだろう。

 今晩の男は、支払った分をとりもどそうというよりは、衝動のまま叩きつけるような行為だった。

 瞳子がたどたどしい手つきで動かしながら亀頭を舐めていると、飛豪は口で一度果て、精液をまき散らす。そのままバスルームへ抱きかかえられて運ばれた。

 熱いシャワーで体を清められる。しかしすぐ、バスタブに手をつかされ、後ろからガツガツと犯された。

 同時に肩甲骨のくぼみに犬歯がつき立てられ、不可解な痛みが瞳子の意識を切りきざんでゆく。最後は濡れ髪のまま再びベッドに落とされ、馬乗りになって首を軽く絞めながらの正常位だった。

 途中から昂奮がききれて、何度も意識が遠くなる。

 そのたびに飛豪は「まだ意識飛ばさないで」と言いながら、彼女の首にかけた親指に力をこめた。瞬間的に膣も締まるのか、それとも苦しげな表情が心を満たすのか、刺激をうけた彼の性器がドクンと脈打つ。それが、体に振動を響かせていく。

 彼の一部が自分の内側で収縮しているのが不思議で、そして厭わしい。

 ――紙風船が見える……。紙風船。赤と白と緑と青。最後に見たのは……どこ……?

 ゆるやかな苦痛のさなか、不意に紙風船のイメージが脳裏にうかんだ。

 打ち上げられては落ちていく。軽い、紙の球体。単純な色彩の、もろい玩具おもちゃ。それが虚空に浮かんでは消えていく。

 焦点のぼやけた幻影が幾重にもかさなって、最後、自分が紙風船になったような気さえした。

 簡単に膨らんで、空を飛ぶ。そして堕ちてゆく――。

 人間だって破けて壊れたら、道端のゴミになるのだ。どうせ。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...