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《第3章》 幸せで不幸せ
秋の湖畔 1
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二週間ぶりの外出に、白の芦毛馬を川辺の水車小屋となりの木につなぐと、エリーは一目散に走りだした。
赤、橙、黄、金茶――さまざまな色の落ち葉が野原一面に敷きつめられている。秋の日射しが柔らかく降りそそぐ午後だった。
くるぶしまで沈むほど積もった落ち葉の感触を楽しみながら、エリーは駆けていく。森をぬけてあの湖にでると、ひときわ強い午後の光がさんさんと水面を照らしていた。目をすがめて見ると、光が虹色に反射している。水際のほとりでは、早くも霜枯れた雑草が干からびていた。
全身で晩秋の光をうけとるようにエリーは陽だまりに横たわった。目をとじると、瞼の裏側で太陽の光が赤黒くぬくもっているのが心地よかった。
「ジェイも一緒に寝転がらない? いま、一番気持ちいい時間帯よ」
エリーが、辺りを警戒して見まわしているジェイに向かって腕をのばすと、苦笑した彼は隣に腰かけた。
午前中に、山向こうに住んでいる老侯爵をたずねた帰り道だった。
二週間後にせまったリシャール王の来訪での、晩餐会の招待状を手渡すためというのが外出の目的だ。高位の侯爵にはそういった依頼も、伝令がすませずに領地夫人がわざわざ赴く。
招待状を渡したあとは公爵夫妻と昼食をともにして、抜かりなく近隣の情報収集もつとめる。勤めを果たした達成感で、帰路のエリーはすっかりはしゃいでいた。
「お嬢様、最近、俺の前では自由気まま極まりないですね。もう成人してるというのに」
「あら、メッシーアではこれが普通よ。五年前、一八の兄さまは砂浜でこんな風にして友達と過ごしてたわ」
「ここはガラティアだろ」
「それもそうね。あーあ、食べすぎちゃった。お腹いっぱい」
寝返りをうつように丸くなったエリーの腹部に、ジェイは手のひらをあてた。
「本当だ。しかし、よく食べましたね」
「侯爵夫人がわたしの好物だからって、キジを用意してたのよ! スープにソテーに……いつも少しは遠慮してみせるのに、今日はできなかった。……もう、気にしてるんだから触らないで!!」
エリーは拳をふりあげた。ジェイは最初はわざと叩かれて、二発目の拳は手のひらで受けとめる。そして、余裕ありげにその拳にキスをした。
拳の指を一本一本開いていって、唇に含んでいく。くちゅくちゅと、性的な音をたててエリーの官能と羞恥を刺激していった。
「ちょッ……ジェイ……やめて」
「なんで?」彼は分かっていて訊くのだ。そして、エリーが手を引っこめようとしても許してくれない。
「わたしが恥ずかしいからよ!」
ジェイに握られている手を力いっぱい振って逃れたエリーは、今度は勢いをつけてジェイに体当たりをくらわせた。不意をつかれたジェイは地面に倒れる。
二人は晩秋の豊かな午後の光をあびながら、ふざけて遊ぶ仔猫どうしのように湖畔を転がりまわった。やがて動きをとめたとき、どちらからともなく唇が重なりあう。キスを繰りかえしながら、抱きしめあった。
落ち葉の香りが満ちて、偶然茂みから顔をだしたアカギツネが飛びはねていく。湖畔の波紋がさざめくなか、二人は見つめあった。
「エリー様、いま幸せですか?」
「ええ。……でも」
「でも何?」
「世界一不幸でもあるわ」
「俺もだ。この瞬間、すべてが終わってしまえばいいのに」
二人は同時にくしゃりと顔を歪ませて、額と額をこつんとぶつけた。
忠義と恋に板ばさみになった二人は、互いに相手になにも言わないまま、責任をとる覚悟を静かに固めていた。自分だけの代償でこと足りると、まだ無邪気にも信じていた。
赤、橙、黄、金茶――さまざまな色の落ち葉が野原一面に敷きつめられている。秋の日射しが柔らかく降りそそぐ午後だった。
くるぶしまで沈むほど積もった落ち葉の感触を楽しみながら、エリーは駆けていく。森をぬけてあの湖にでると、ひときわ強い午後の光がさんさんと水面を照らしていた。目をすがめて見ると、光が虹色に反射している。水際のほとりでは、早くも霜枯れた雑草が干からびていた。
全身で晩秋の光をうけとるようにエリーは陽だまりに横たわった。目をとじると、瞼の裏側で太陽の光が赤黒くぬくもっているのが心地よかった。
「ジェイも一緒に寝転がらない? いま、一番気持ちいい時間帯よ」
エリーが、辺りを警戒して見まわしているジェイに向かって腕をのばすと、苦笑した彼は隣に腰かけた。
午前中に、山向こうに住んでいる老侯爵をたずねた帰り道だった。
二週間後にせまったリシャール王の来訪での、晩餐会の招待状を手渡すためというのが外出の目的だ。高位の侯爵にはそういった依頼も、伝令がすませずに領地夫人がわざわざ赴く。
招待状を渡したあとは公爵夫妻と昼食をともにして、抜かりなく近隣の情報収集もつとめる。勤めを果たした達成感で、帰路のエリーはすっかりはしゃいでいた。
「お嬢様、最近、俺の前では自由気まま極まりないですね。もう成人してるというのに」
「あら、メッシーアではこれが普通よ。五年前、一八の兄さまは砂浜でこんな風にして友達と過ごしてたわ」
「ここはガラティアだろ」
「それもそうね。あーあ、食べすぎちゃった。お腹いっぱい」
寝返りをうつように丸くなったエリーの腹部に、ジェイは手のひらをあてた。
「本当だ。しかし、よく食べましたね」
「侯爵夫人がわたしの好物だからって、キジを用意してたのよ! スープにソテーに……いつも少しは遠慮してみせるのに、今日はできなかった。……もう、気にしてるんだから触らないで!!」
エリーは拳をふりあげた。ジェイは最初はわざと叩かれて、二発目の拳は手のひらで受けとめる。そして、余裕ありげにその拳にキスをした。
拳の指を一本一本開いていって、唇に含んでいく。くちゅくちゅと、性的な音をたててエリーの官能と羞恥を刺激していった。
「ちょッ……ジェイ……やめて」
「なんで?」彼は分かっていて訊くのだ。そして、エリーが手を引っこめようとしても許してくれない。
「わたしが恥ずかしいからよ!」
ジェイに握られている手を力いっぱい振って逃れたエリーは、今度は勢いをつけてジェイに体当たりをくらわせた。不意をつかれたジェイは地面に倒れる。
二人は晩秋の豊かな午後の光をあびながら、ふざけて遊ぶ仔猫どうしのように湖畔を転がりまわった。やがて動きをとめたとき、どちらからともなく唇が重なりあう。キスを繰りかえしながら、抱きしめあった。
落ち葉の香りが満ちて、偶然茂みから顔をだしたアカギツネが飛びはねていく。湖畔の波紋がさざめくなか、二人は見つめあった。
「エリー様、いま幸せですか?」
「ええ。……でも」
「でも何?」
「世界一不幸でもあるわ」
「俺もだ。この瞬間、すべてが終わってしまえばいいのに」
二人は同時にくしゃりと顔を歪ませて、額と額をこつんとぶつけた。
忠義と恋に板ばさみになった二人は、互いに相手になにも言わないまま、責任をとる覚悟を静かに固めていた。自分だけの代償でこと足りると、まだ無邪気にも信じていた。
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