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《終章》 三日月が輝く夜
仲が悪いふり
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フィオナは横の簡素な寝台で眠っている。エリーは娘の頬の上に影ができるように手をかざし、影だけで撫ぜてゆく。
「この子に申し訳ないわ。公爵家の孫娘で王弟陛下の息女なのに、良い物を残してあげられない。命しか、守れなかった」
「奥様」
普段は寡黙なサガンが、控えめに言葉をはさんだ。
「たしかに身分は力です。しかし、クロード様は身分のせいで追い落とされました。この土地だって、今は平和だがいつどうなるか分からない。戦場では、五体満足で逃げられればそれだけで勝利を意味します」
「そうね」
エリーは力なく頷いた。分かっている。分かっているのだ。それでも――。
彼女はジェイをちらと見ると、彼は深刻な顔をして何事かを考えこんでいるようだった。声をかけようとして、躊躇う。
「おい、ジェイ」
間隙をついたかのように、サガンはのんびりと元・同僚にして現・逃亡仲間に声をかけた。
「なんですか?」
ジェイはなぜか尖った声をしていた。
「俺は、明日からメッシーアに出かけてくる。あっちを出入りしている商人連中に付いてまわるから一か月ほど外すよ。お前、その間、奥様とお嬢様のことを頼むな」
「はぁ? 一か月って……長すぎやしませんか? それにここだって、いつ急場の追手がくるか」
「大丈夫だろう、この土地は」サガンは自信ありげに肩をそびやかした。「ここは、リシャール王ではなくクロード様のほうが得意だった。だから俺たちも容易く居場所を確保できた。そうだろう?」
「それは知ってますけれど」
ジェイの歯切れが悪い。エリーは二人の様子を交互に眺めて、この場所が安全であることは折り紙つきらしいと悟った。
「ならいいだろう。この半年間、張りつめていたからな。そろそろ俺も一人になって息を抜きたい」
言いたいことだけ言うと、サガンはその場で座ったまま羽織っていた毛布に顔をうずめて眠りはじめた。すぐに、泰然自若としたいびきをかきはじめる。
あっけにとられたエリーとジェイは顔を見あわせたが、視線がぶつかるなり気まずくなる。この半年、一事が万事このような調子で進んでいる。二人は必要にせまられた時しか言葉をかわさない。
――一か月間、乗りきれるのかしら。
エリーはいてもたってもいられずに、顔を洗いに行くふりをして部屋から退出した。
* * *
二人きりになった時、フィオナはエリーに内緒話をするように声をひそめた。
「ねぇ、母さま」
市場へ買いだしに向かう途中だった。空の中天では太陽が強い光をはなっている。エリーの影のなかにすっぽりと納まっているフィオナは、母親のスカートの裾をひいて合図した。
エリーは膝を折って耳を娘にかたむける。
「どうしたの?」
「なんで、母さまとジェイは仲悪いふりしてるの?」
「『仲悪いふり』って……」エリーは絶句した。が、すぐに体勢を立てなおす。「別にケンカしているわけではないわ。ジェイは昔からずっと、父さまと母さまのために働いてきてくれたの。だから母さまはすごく感謝してるのよ」
「違う! そういうんじゃない!」フィオナはぶんぶんと首をふって否定する。
「本当よ」
「だってジェイは、母さまと話すとき、父さまみたいな顔をして母さまを見てるのよ。それに母さまは、ジェイが何を考えているか、いっつも分かってるでしょう?」
「なっ……」
エリーはうろたえ、思わず前のめりになってたたらを踏んだ。
「なのに母さまもジェイも、なんかピリピリしているの。どうして?」
思わず、「そんなこと、わたしが聞きたいくらいよ」とエリーは本音を漏らしそうになった。
-----------------
【読者さまへ、お願い&お礼&告知】
いつも本作をお読みいただきありがとうございます。少々早い最終回告知ですが、Another Ending版の最終回は28日金曜日の二回目の更新となります。残り短くなってしまいましたが、二人の運命を最後まで応援していただけますと幸いです。
現在、本作をアルファポリスさんの「恋愛小説大賞」にエントリーしております。もし、本作をお好きな読者さまがいらっしゃれば、ご投票いただけないでしょうか。どうぞよろしくお願いいたします。
以前のお願いで「もう投票しましたよ!」という方には、心からの御礼を申し上げます。そして読書中の広告、失礼いたしましたm(__)m
「この子に申し訳ないわ。公爵家の孫娘で王弟陛下の息女なのに、良い物を残してあげられない。命しか、守れなかった」
「奥様」
普段は寡黙なサガンが、控えめに言葉をはさんだ。
「たしかに身分は力です。しかし、クロード様は身分のせいで追い落とされました。この土地だって、今は平和だがいつどうなるか分からない。戦場では、五体満足で逃げられればそれだけで勝利を意味します」
「そうね」
エリーは力なく頷いた。分かっている。分かっているのだ。それでも――。
彼女はジェイをちらと見ると、彼は深刻な顔をして何事かを考えこんでいるようだった。声をかけようとして、躊躇う。
「おい、ジェイ」
間隙をついたかのように、サガンはのんびりと元・同僚にして現・逃亡仲間に声をかけた。
「なんですか?」
ジェイはなぜか尖った声をしていた。
「俺は、明日からメッシーアに出かけてくる。あっちを出入りしている商人連中に付いてまわるから一か月ほど外すよ。お前、その間、奥様とお嬢様のことを頼むな」
「はぁ? 一か月って……長すぎやしませんか? それにここだって、いつ急場の追手がくるか」
「大丈夫だろう、この土地は」サガンは自信ありげに肩をそびやかした。「ここは、リシャール王ではなくクロード様のほうが得意だった。だから俺たちも容易く居場所を確保できた。そうだろう?」
「それは知ってますけれど」
ジェイの歯切れが悪い。エリーは二人の様子を交互に眺めて、この場所が安全であることは折り紙つきらしいと悟った。
「ならいいだろう。この半年間、張りつめていたからな。そろそろ俺も一人になって息を抜きたい」
言いたいことだけ言うと、サガンはその場で座ったまま羽織っていた毛布に顔をうずめて眠りはじめた。すぐに、泰然自若としたいびきをかきはじめる。
あっけにとられたエリーとジェイは顔を見あわせたが、視線がぶつかるなり気まずくなる。この半年、一事が万事このような調子で進んでいる。二人は必要にせまられた時しか言葉をかわさない。
――一か月間、乗りきれるのかしら。
エリーはいてもたってもいられずに、顔を洗いに行くふりをして部屋から退出した。
* * *
二人きりになった時、フィオナはエリーに内緒話をするように声をひそめた。
「ねぇ、母さま」
市場へ買いだしに向かう途中だった。空の中天では太陽が強い光をはなっている。エリーの影のなかにすっぽりと納まっているフィオナは、母親のスカートの裾をひいて合図した。
エリーは膝を折って耳を娘にかたむける。
「どうしたの?」
「なんで、母さまとジェイは仲悪いふりしてるの?」
「『仲悪いふり』って……」エリーは絶句した。が、すぐに体勢を立てなおす。「別にケンカしているわけではないわ。ジェイは昔からずっと、父さまと母さまのために働いてきてくれたの。だから母さまはすごく感謝してるのよ」
「違う! そういうんじゃない!」フィオナはぶんぶんと首をふって否定する。
「本当よ」
「だってジェイは、母さまと話すとき、父さまみたいな顔をして母さまを見てるのよ。それに母さまは、ジェイが何を考えているか、いっつも分かってるでしょう?」
「なっ……」
エリーはうろたえ、思わず前のめりになってたたらを踏んだ。
「なのに母さまもジェイも、なんかピリピリしているの。どうして?」
思わず、「そんなこと、わたしが聞きたいくらいよ」とエリーは本音を漏らしそうになった。
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【読者さまへ、お願い&お礼&告知】
いつも本作をお読みいただきありがとうございます。少々早い最終回告知ですが、Another Ending版の最終回は28日金曜日の二回目の更新となります。残り短くなってしまいましたが、二人の運命を最後まで応援していただけますと幸いです。
現在、本作をアルファポリスさんの「恋愛小説大賞」にエントリーしております。もし、本作をお好きな読者さまがいらっしゃれば、ご投票いただけないでしょうか。どうぞよろしくお願いいたします。
以前のお願いで「もう投票しましたよ!」という方には、心からの御礼を申し上げます。そして読書中の広告、失礼いたしましたm(__)m
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