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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第七話:監査官との交渉(デバッグ・バトル)
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空が、ガラスのように砕け散っていた。
瑞澪(みずみお)の里を照らしていた清浄な月光は、空間の裂け目から溢れ出す漆黒の「虚無」に飲み込まれ、不気味な紫の残光へと変じている。
「ひ、ひぃぃ……! 助けてくれ! 山が、山が消えていく!」
五郎の絶叫が響く。
空から垂れ下がる銀色の触手が地表に触れた瞬間、そこにある大樹も、岩も、住人の家々も、まるで最初から存在しなかったかのように「色」を失い、細かな灰となって崩れ去っていく。
「……あれは破壊じゃない。存在そのものの消去(デリート)だ」
亮は、ガチガチと鳴る奥歯を噛み締めた。
彼の眼鏡越しに見える世界では、里を構成する「ポリゴン」や「テクスチャ」といったデータの数値が、凄まじい勢いで「NULL(空)」へと書き換えられている。
「澪! あれを止めろ! このままだと里が丸ごと消されるぞ!」
「分かっているわ……! 瑞澪の御魂(みたま)よ、理を乱す空虚を撃て!」
澪が叫ぶ。彼女の背後で旋回していた三つの勾玉が、まばゆい光を放ちながら空中の「巨大な目」へと突進した。勾玉から放たれる雷のような光線が、銀の触手を次々と焼き切っていく。
だが、切られたそばから空間がさらに歪み、新たな触手が倍の数で増殖していく。
『亮、警告。……あの「目」は、この領域の管理者権限(特権)を行使しています。澪氏の術式は、あちら側から見れば「不正な割り込み」として自動的に無効化(キャンセル)されています』
「理屈はいい! 何か対策はあるのか、MI-Z-O(ミゾオ)!」
『……一つだけ。相手が管理者権限を使っているなら、こちらも「上位の署名」で対抗するしかありません。……亮。納屋で見つけたあの「巻物」を、神器に読み込ませてください』
「巻物……? 忍者ごっこで遊んでた、あれか!」
亮は羽織の懐に突っ込んでいた、ボロボロの巻物を引き出した。本来ならただの古紙のはずだが、今の亮の手の中で、それは回路図のように青く発光している。
亮は夢中で神器(鍬)の柄に、その巻物を叩きつけた。
「読み込め! 何でもいい、こいつを黙らせるパッチを寄越せ!!」
その瞬間、亮の脳内に、瑞澪一族が1300年間封印してきた「禁断の記録(ログ)」が直接流れ込んできた。
『――瑞澪秘伝・神代言語(スクリプト)展開。……対象「監査官」の認証系をバイパスします。亮、私の指示通りに「言葉」を発してください。それが、この理不尽な世界への反論(カウンター)になります』
亮は、空を仰いだ。
巨大な「目」が、今まさに亮と澪を消し去ろうと、中心部に真っ赤な光を集約させている。
「……澪! 俺を信じて、もう一度舞え! 今度は俺が、あんたの舞を『神様の言葉』にして届けてやる!」
「亮……? 分かったわ、この命、そなたに預ける!」
澪が再び、壊れゆく大地の上で舞い始めた。
亮は神器を両手で握り、MI-Z-Oが脳内に投影する、見たこともない複雑な紋様の羅列を、喉が裂けんばかりの声で読み上げた。
「――『天(あめ)の八重垣(やえがき)、瑞(みず)の御門(みかど)を……開門せよ!』」
亮の叫びと同時に、神器から放たれたのは、先ほどの浄化の光とは比較にならない、どす黒いまでの「圧力」を持った重力波だった。
ドォォォォォンッ!!
空中の「巨大な目」が、亮の放った謎の術式を受け、初めてその動きを止めた。
それどころか、空を覆っていた銀の触手が、まるで見えない力に引きずり込まれるように、空間の裂け目へと逆流し始めたのだ。
「……効いてる! 追い出せるぞ!」
『……いいえ、亮。追い出すのではありません。……相手の「権限」を奪い取り、こちらの論理に強制的に従わせるのです』
亮の手に持つ鍬が、ガシュン、と音を立てて再び変形した。
刃の部分が三叉に分かれ、まるで天を突く矛(ほこ)のような姿へ。
亮の眼鏡には、巨大な「目」の制御用パスワードが、一つずつ解除(クラック)されていく表示が流れる。
「……これが、瑞澪の本当の力か。……単なる掃除屋じゃない。……世界のバグを、無理やり書き換える『独裁者の力』だ……」
亮はその力の強大さに、一瞬の恐怖を感じた。
だが、止まらない。
亮の意思とは無関係に、神器は空の「目」に向かって、最後の一撃を放とうとしていた。
しかし、その時。
里の入り口から、何者かが放った「一本の矢」が、亮の神器のすぐ横をすり抜けた。
「――そこまでだ、瑞澪の残党ども」
冷徹な声。
空間が割れる轟音の中でもはっきりと聞こえたその声に、亮と澪は同時に振り返った。
そこには、里の入り口を包囲する、漆黒の甲冑を纏った一団。
そしてその中央で、白馬に跨り、扇を優雅に弄ぶ一人の男が立っていた。
その男の周囲だけは、空からの消去の光さえも、恐れをなすように避けていく。
「五郎……まさか、お前が手引きしたのか?」
澪が絶望に近い声を上げる。
五郎は、震えながらも黒い甲冑の男たちの背後に隠れ、顔を伏せていた。
「……申し訳ありませぬ、巫女様。……しかし、不比等(ふひと)様の命には逆らえぬ。……そのお方は、既に未来の記述をすべて手中に収めておられるのです……!」
不比等。
先ほど名前が出たばかりの「歴史の改ざん者」が、自ら、あるいはその腹心が、この隠れ里を特定し、攻め込んできたのだ。
空には「監査官」の目。
地上には「不比等」の軍勢。
亮は、神器を握る手に力を込めた。
「……。最高のタイミングだな。……これ以上ないくらい、典型的な『詰み(チェックメイト)』の状況だ」
亮は、絶望的な状況を笑い飛ばすように、不敵な笑みを浮かべた。
彼の眼鏡の隅で、MI-Z-Oが新たな選択肢を表示する。
『――亮。……「禁忌の領域」へのアクセスを許可しますか?』
「……。ああ。……やってやろうじゃねえか、アップデートをよ!」
次回予告:第八話「逃亡の果て、海を渡る鉄の箱」
裏切りと包囲網。亮と澪は、里の地下に隠された「神代の脱出機」を起動させる! ついに舞台は、筑紫の山から大海原へ!
瑞澪(みずみお)の里を照らしていた清浄な月光は、空間の裂け目から溢れ出す漆黒の「虚無」に飲み込まれ、不気味な紫の残光へと変じている。
「ひ、ひぃぃ……! 助けてくれ! 山が、山が消えていく!」
五郎の絶叫が響く。
空から垂れ下がる銀色の触手が地表に触れた瞬間、そこにある大樹も、岩も、住人の家々も、まるで最初から存在しなかったかのように「色」を失い、細かな灰となって崩れ去っていく。
「……あれは破壊じゃない。存在そのものの消去(デリート)だ」
亮は、ガチガチと鳴る奥歯を噛み締めた。
彼の眼鏡越しに見える世界では、里を構成する「ポリゴン」や「テクスチャ」といったデータの数値が、凄まじい勢いで「NULL(空)」へと書き換えられている。
「澪! あれを止めろ! このままだと里が丸ごと消されるぞ!」
「分かっているわ……! 瑞澪の御魂(みたま)よ、理を乱す空虚を撃て!」
澪が叫ぶ。彼女の背後で旋回していた三つの勾玉が、まばゆい光を放ちながら空中の「巨大な目」へと突進した。勾玉から放たれる雷のような光線が、銀の触手を次々と焼き切っていく。
だが、切られたそばから空間がさらに歪み、新たな触手が倍の数で増殖していく。
『亮、警告。……あの「目」は、この領域の管理者権限(特権)を行使しています。澪氏の術式は、あちら側から見れば「不正な割り込み」として自動的に無効化(キャンセル)されています』
「理屈はいい! 何か対策はあるのか、MI-Z-O(ミゾオ)!」
『……一つだけ。相手が管理者権限を使っているなら、こちらも「上位の署名」で対抗するしかありません。……亮。納屋で見つけたあの「巻物」を、神器に読み込ませてください』
「巻物……? 忍者ごっこで遊んでた、あれか!」
亮は羽織の懐に突っ込んでいた、ボロボロの巻物を引き出した。本来ならただの古紙のはずだが、今の亮の手の中で、それは回路図のように青く発光している。
亮は夢中で神器(鍬)の柄に、その巻物を叩きつけた。
「読み込め! 何でもいい、こいつを黙らせるパッチを寄越せ!!」
その瞬間、亮の脳内に、瑞澪一族が1300年間封印してきた「禁断の記録(ログ)」が直接流れ込んできた。
『――瑞澪秘伝・神代言語(スクリプト)展開。……対象「監査官」の認証系をバイパスします。亮、私の指示通りに「言葉」を発してください。それが、この理不尽な世界への反論(カウンター)になります』
亮は、空を仰いだ。
巨大な「目」が、今まさに亮と澪を消し去ろうと、中心部に真っ赤な光を集約させている。
「……澪! 俺を信じて、もう一度舞え! 今度は俺が、あんたの舞を『神様の言葉』にして届けてやる!」
「亮……? 分かったわ、この命、そなたに預ける!」
澪が再び、壊れゆく大地の上で舞い始めた。
亮は神器を両手で握り、MI-Z-Oが脳内に投影する、見たこともない複雑な紋様の羅列を、喉が裂けんばかりの声で読み上げた。
「――『天(あめ)の八重垣(やえがき)、瑞(みず)の御門(みかど)を……開門せよ!』」
亮の叫びと同時に、神器から放たれたのは、先ほどの浄化の光とは比較にならない、どす黒いまでの「圧力」を持った重力波だった。
ドォォォォォンッ!!
空中の「巨大な目」が、亮の放った謎の術式を受け、初めてその動きを止めた。
それどころか、空を覆っていた銀の触手が、まるで見えない力に引きずり込まれるように、空間の裂け目へと逆流し始めたのだ。
「……効いてる! 追い出せるぞ!」
『……いいえ、亮。追い出すのではありません。……相手の「権限」を奪い取り、こちらの論理に強制的に従わせるのです』
亮の手に持つ鍬が、ガシュン、と音を立てて再び変形した。
刃の部分が三叉に分かれ、まるで天を突く矛(ほこ)のような姿へ。
亮の眼鏡には、巨大な「目」の制御用パスワードが、一つずつ解除(クラック)されていく表示が流れる。
「……これが、瑞澪の本当の力か。……単なる掃除屋じゃない。……世界のバグを、無理やり書き換える『独裁者の力』だ……」
亮はその力の強大さに、一瞬の恐怖を感じた。
だが、止まらない。
亮の意思とは無関係に、神器は空の「目」に向かって、最後の一撃を放とうとしていた。
しかし、その時。
里の入り口から、何者かが放った「一本の矢」が、亮の神器のすぐ横をすり抜けた。
「――そこまでだ、瑞澪の残党ども」
冷徹な声。
空間が割れる轟音の中でもはっきりと聞こえたその声に、亮と澪は同時に振り返った。
そこには、里の入り口を包囲する、漆黒の甲冑を纏った一団。
そしてその中央で、白馬に跨り、扇を優雅に弄ぶ一人の男が立っていた。
その男の周囲だけは、空からの消去の光さえも、恐れをなすように避けていく。
「五郎……まさか、お前が手引きしたのか?」
澪が絶望に近い声を上げる。
五郎は、震えながらも黒い甲冑の男たちの背後に隠れ、顔を伏せていた。
「……申し訳ありませぬ、巫女様。……しかし、不比等(ふひと)様の命には逆らえぬ。……そのお方は、既に未来の記述をすべて手中に収めておられるのです……!」
不比等。
先ほど名前が出たばかりの「歴史の改ざん者」が、自ら、あるいはその腹心が、この隠れ里を特定し、攻め込んできたのだ。
空には「監査官」の目。
地上には「不比等」の軍勢。
亮は、神器を握る手に力を込めた。
「……。最高のタイミングだな。……これ以上ないくらい、典型的な『詰み(チェックメイト)』の状況だ」
亮は、絶望的な状況を笑い飛ばすように、不敵な笑みを浮かべた。
彼の眼鏡の隅で、MI-Z-Oが新たな選択肢を表示する。
『――亮。……「禁忌の領域」へのアクセスを許可しますか?』
「……。ああ。……やってやろうじゃねえか、アップデートをよ!」
次回予告:第八話「逃亡の果て、海を渡る鉄の箱」
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