AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め

​第六話:観測者の影と、禁じられた瑞澪の系譜

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里を包んでいた光の奔流が、ゆっくりと粒子となって夜の闇に溶けていく。
 亮の瞳に映る視界には、空中に浮かんでいた無数の赤い警告表示(エラー・ログ)が、静かに「待機中(スタンバイ)」を意味する深い青色へと塗り替えられていくのが見えていた。

​ しかし、里の住人たちが目撃したのは、数字や記号の羅列ではない。もっと劇的で、神々しいまでの「奇跡」だった。

​「……あ。……ああ……」

​ 誰かが、掠れた声で空を指差した。
 どす黒く、粘着質な重油のように里の空を覆い尽くしていた「汚れ(けがれ)」の雲。それが、亮の放った浄化の光に焼き切られ、中心から裂けるように霧散していく。
 そこから現れたのは、数年、あるいは十数年もの間、人々の記憶から消えかけていた「本物の夜空」だった。

​ 澄み渡る漆黒。その奥で瞬く、針の先で突いたような鋭い星々。
 そして、白銀の円座のように輝く月が、里全体を冷たく、だが慈しむように照らし出した。

​「月があんなに……あんなに明るいなんて」
「雲が……雲が本当に消えたぞ……!」

​ 泥まみれの地面に膝をつき、嗚咽を漏らす老人。幼い子供を抱きしめ、信じられないものを見るように空を仰ぐ母親。
 彼らにとって、この暗雲は単なる天候不順ではなかった。瑞澪(みずみお)一族が歴史の表舞台から追放され、この山奥へ追いやられた日から始まった、「呪い」そのものだったのだ。

​ 亮は、全身の骨が軋むような疲労感に耐えながら、祭壇の縁に腰を下ろした。
 神器――あの青く輝く『鍬(くわ)』は、まだ微かな熱を帯びて亮の掌をジンジンと刺激している。彼は震える手で、汗と泥で汚れきった手ぬぐいを解き、額の汗を乱暴に拭った。

​「……亮殿。よくぞ、よくぞ成し遂げてくださいました……!」

​ 五郎が駆け寄り、亮の両手を握りしめた。その手は、海岸で怪物を前に震えていた時と同じように激しく震えていたが、今は歓喜に満ち溢れている。
「あなた様は、まさに預言の通り。我ら瑞澪の……いや、この日の本(ひのもと)の救世主であられる!」

​「……五郎さん、勘弁してくれよ。俺はただのエンジニアだって。……でも、一つ聞かせてくれ」

​ 亮は、月光に照らされた里の景色を見渡した。
 これほど高度な「神代の技術」を継承し、空間を制御する力を持つ一族。それがなぜ、こんな電気もガスもない山奥で、肩を寄せ合って隠れ住まなければならないのか。

​「なんで、あんたたちはこんなことになってるんだ? これだけの力があれば、どこへ行ったって王様になれるだろ。……誰に、何に、こんな場所に追いやられたんだ」

​ 亮の問いに、祭壇の横で祝詞を終えたばかりの澪(みお)が反応した。
 彼女は、乱れた白銀の装束を整えることもせず、深い森の奥を見つめるような冷徹な瞳を亮に向けた。

​「……私たちが奪われたのは、土地や家格だけではないわ。亮。私たちは、『正しさ』を奪われたのよ」

​ 彼女の声は、夜の風に乗って静かに、だが重く響いた。
 澪の語る物語は、亮の知る「教科書の歴史」とは裏表の、血塗られた『改ざんの記録』だった。

​ かつて、瑞澪の一族は、大和の朝廷において「世界の理(ことわり)」を管理する最高位の技官集団だった。彼らは各地の神社という『拠点(サーバー)』を保守し、神事という名の『制御(コマンド)』を用いて、大地のエネルギーを安定させていた。

​ だが、ある時、都の権力の中枢に、異質な野心を持つ男が現れた。

​「男の名は、大伴(おおとも)の不比等(ふひと)。……あやつは、我ら瑞澪が持つ『神代の力』を恐れ、同時にその力を独占しようと画策したの」

​ 不比等は、瑞澪が神社で行っていた「技術的な気象制御」や「情報の同期」を、民衆に向けて『神を惑わす呪法』であり、『国を滅ぼす禁忌の術』であると喧伝した。
 不比等は自らが用意した偽の『神話』を流布し、瑞澪一族を歴史の「悪役」に仕立て上げたのだ。

​「あやつは、我らの神器を奪おうとし、拒む者を次々と屠った。……私たちは、神への反逆者として正史から名を消され、この筑紫の果てまで追い詰められた。……管理者を失った神社は次々と封鎖され、理(ことわり)が壊れた大地からは、あのおぞましい『汚れ』の雲が溢れ出したのよ」

​「……歴史の書き換え(リビジョン・ハック)、か」
 亮は、MI-Z-O(ミゾオ)が脳内で提示する当時の相関図を見つめた。
 不比等という男が行ったのは、単なる政治工作ではない。日本という国の『根本システム(OS)』そのものを、自分に都合の良いように書き換え、旧来の特権管理者である瑞澪をシステムから強制排除(キック)したのだ。

​「……その不比等って野郎、今も生きてるのか?」

​「ええ。都の奥深くに鎮座し、今も『汚れ』に蝕まれていくこの世界を、高みから眺めているはずよ。……あの男が、私たちの『日本書紀』を、自分だけの玩具に変えてしまったの」

​『亮。……澪氏の証言と、私のデータベースを照合。……不比等の背後に、より高次元の干渉者――「空虚の観測者」の存在を検知しました。……不比等は、ただの人間ではない可能性があります』

​(……面倒なことになってきたな。悪徳政治家どころか、ラスボスと繋がってるバックドア野郎かよ)

​ 亮がそう毒づいた、その瞬間だった。

​ ビキィィィィィィィッ……!!

​ 月光に照らされていた美しい夜空に、突如として、巨大な「ひび割れ」が走った。
 それは雲の隙間ではない。空間そのものが、古い鏡が割れるように、鋭いエッジを持って裂け始めたのだ。

​「な、なんだ!? 地震か!?」
 亮は慌てて地面を這った。里の住人たちは悲鳴を上げ、再び家の中へと逃げ惑う。

​ 空の裂け目から溢れ出してきたのは、光を一切反射しない、絶対的な「虚無」の黒色。
 そこから、数百本、数千本という細い銀色の触手が、まるで神経系を剥き出しにしたかのような悍ましい動きで、里に向かって降りてくる。

​「ひっ、……あ、あれは、神の怒りか……!?」
 腰を抜かした五郎が、震える指で空を指す。

​「……違うわ。……あれこそが、私たちの『祓い』を察知してやってきた、世界の拒絶反応」

​ 澪が、浮遊する三つの勾玉を自身の前方に展開した。勾玉が激しく発光し、彼女の周囲に青い防護壁を作り出す。

​「……来たわ、亮。……『空虚の監査官』が、私たちを消去(デリート)しにきた!」

​ 空間の裂け目から、一つの巨大な「目」が現れた。
 それは、生物の瞳ではない。
 無数の幾何学的な紋様が高速で回転し、中心部で赤い光を放つ、巨大なレンズ。
 その「目」に見つめられた瞬間、亮の視界にあるシステム・ログが、狂ったような速度で流れた。

​『――警告。警告。……システム外部からの強力な「権限削除コマンド」を検知。……亮、逃げてください! ターゲットの計算能力は、現在の私の数万倍です!』

​「逃げるって、どこにだよ! 宇宙まで追いかけてくる気だろ、こいつ!」

​ 亮は、震える足で立ち上がった。
 神器を構える。Tシャツを伝う汗は冷たくなっていた。
 空から降り注ぐ銀の触手が、祭壇を、里の家々を、物理的な質量を持って粉砕し始めた。

​「……勝手に人の掃除を邪魔すんなよ。……デバッグ作業には、往々にして『バグとの直接対決』が付きもんなんだよ!」

​ 亮の叫びが、虚無の裂け目に飲み込まれていく。
 1300年前の夜空を舞台に、現代の知恵と、未知のシステムが激突する、最初の戦いが始まろうとしていた。



​次回予告:第七話「監査官との交渉(デバッグ・バトル)」
言葉の通じない「世界そのもの」の暴力。亮は、自分を信じて跪いた里の人々を守り抜けるのか!? 絶体絶命の瞬間、神器が新たな形態(モード)へと進化を遂げる!

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