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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第五話:神代の術式と、並列演算(マルチ)の舞
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隠れ里の夜は、静止した時間のように深い。
亮は、里の中央にある「儀式の祭壇」の前に立っていた。
目の前では、巫女の澪(みお)が、月明かりを浴びて静かに舞を捧げている。
鈴の音。
衣の擦れる音。
それは息を呑むほど美しく、幻想的な光景だった。だが、亮の目には、その「美しさ」の裏にある致命的な欠陥が、手に取るように分かってしまった。
「……はぁ、はぁ……っ。どうだ、亮。これで、少しは『汚れ』が晴れたはず……」
一曲の舞を終えた澪は、肩を激しく上下させ、額に玉のような汗を浮かべていた。
彼女の努力に反して、空中に浮かぶ「歴史の地図」の赤いエラー表示は、ほんの数パーセント消えただけで、すぐにまた不気味な黒い霧に侵食され始めている。
「……ダメだ、澪。全然、追いついてない」
亮は、祭壇の縁に腰掛け、苦渋の決断を下すように告げた。
「あんたの舞は、いわば『たった一人の手作業』なんだ。一筆一筆、丁寧に汚れを消していく。でも、敵の増殖スピードは、あんたの筆よりもずっと速い」
「な……! では、どうしろと言うの!? 私たちは千年以上、こうして祈りを捧げ、世界を守ってきたのよ!」
澪が声を荒らげる。彼女にとって、この舞は先祖代々受け継いできた「唯一の対抗手段」なのだ。それを否定されることは、自分の存在価値を否定されるに等しい。
「怒るなよ。やり方を変えるだけだ」
亮は、里から借りた作業台の上に、自分の神器――あの青く輝く『鍬(くわ)』を置いた。
「澪。あんたの舞は、特定の『波長』を作って空気を浄化してる。だったら、あんたが一人で舞うんじゃなく、この里にある『すべての空気』に、最初からその波長を覚え込ませればいい」
「空気に、舞を覚え込ませる……? そんな、神をも恐れぬことが……」
「神様だって、効率が悪いのは嫌いなはずだぜ」
亮は、空中に指を滑らせた。
彼が指を動かすと、空中に青い小さな光の粒が、パチパチと音を立てて無数に現れた。
それは専門用語で言えば『ナノマシン』のプログラムだが、今の亮にとって、そしてこの時代の人々にとっては、もっと直感的な「奇跡の種」に見えたはずだ。
「いいか、よく見てろ。……MI-Z-O(ミゾオ)、翻訳プロトコル開始。里中の灯籠(とうろう)と、あの大きな鏡を繋げ」
『了解。……里全体の「共鳴ネットワーク」を構築します。亮、タイミングを合わせてください』
亮は、Tシャツの袖をぐいっとまくり、神器の柄を力強く握りしめた。
「澪! もう一度舞ってくれ! ただし、今度は自分のためじゃない。この里全体の『指揮者』になったつもりで!」
亮が神器を地面に突き立てると、里の地面を流れる「青い川」のような光のラインが一斉に輝き出した。
驚いた里の住人たちが、家々の窓から顔を出す。
「な、何事だ! 地面が光っておるぞ!」
「神の怒りか!? それとも……」
五郎たちが震える中、亮は叫んだ。
「澪、今だ! 舞え!」
澪は、亮の気迫に押されるように、再び舞い始めた。
しかし、今度は違った。
彼女が袖を振るたびに、里中に配置された石の灯籠が、彼女の動きと完全に同期(シンクロ)して、青い光を放ち始めたのだ。
「これ、は……!? 里が……里が私と一緒に舞っている……?」
澪の瞳が、驚愕で見開かれる。
彼女が右へ回れば、里の北側の灯籠が光り、左へ回れば南側が輝く。
一人の少女の舞が、里全体の巨大な光の渦となって増幅されていく。
亮の視界では、絶望的な赤いエラーメッセージが、爆発的な勢いで「正常」を示す青色へと塗り替えられていた。
一人の手作業(マニュアル)から、里全体の自動処理(オートメーション)へ。
「よし……! いいぞ、これなら間に合う!」
亮は、神器を通じて流れ込んでくる膨大な「熱」に耐えながら、歯を食いしばった。
全身の血管が浮き上がり、汗が滝のように流れる。
「……っ、うおおおおおおおお!!」
亮が神器をさらに深く大地へ突き刺した瞬間。
里の中央にある巨大な鏡から、空に向かって一本の太い「光の柱」が立ち昇った。
それは、筑紫の夜空を覆っていた不気味な黒い雲――「汚れ」の軍勢を、一瞬にして消し飛ばす圧倒的な浄化の光だった。
「…………すごい」
舞を終えた澪が、呆然と空を見上げた。
あんなに重苦しかった夜の空気が、今はクリスタルのように澄み渡っている。
「……へへ。……どうだ。これなら、三日かかる掃除も……一瞬で終わるだろ?」
亮はそう言うと、満足げな笑みを浮かべたまま、その場に崩れ落ちた。
「亮殿ーっ!!」
駆け寄る五郎と、信じられないものを見るような目で亮を見つめる澪。
里の住人たちは、誰からともなく、亮に向かって跪(ひざまず)き始めた。
「救世主様だ……」
「芳ヶ原から来た、修繕の神様だ……!」
その光景は、まさに神話の一ページそのものだった。
しかし、倒れた亮の耳には、MI-Z-O(ミゾオ)の冷徹な警告だけが響いていた。
『……亮。……喜びを中断して申し訳ありません。……今の光を感知した「空虚の観測者」が、こちらに向かっています。……想定以上の『大物』です』
静寂。
そして、遠くの地平線から、地響きのような不気味な音が、里に向かって近づき始めていた。
次回予告:第六話「観測者の影と、最初の『裏切り』」
里を救った亮。しかし、その圧倒的な力を恐れる者が、里の内側にいた。そして、空を割り、ついに「本当の敵」が姿を現す!
亮は、里の中央にある「儀式の祭壇」の前に立っていた。
目の前では、巫女の澪(みお)が、月明かりを浴びて静かに舞を捧げている。
鈴の音。
衣の擦れる音。
それは息を呑むほど美しく、幻想的な光景だった。だが、亮の目には、その「美しさ」の裏にある致命的な欠陥が、手に取るように分かってしまった。
「……はぁ、はぁ……っ。どうだ、亮。これで、少しは『汚れ』が晴れたはず……」
一曲の舞を終えた澪は、肩を激しく上下させ、額に玉のような汗を浮かべていた。
彼女の努力に反して、空中に浮かぶ「歴史の地図」の赤いエラー表示は、ほんの数パーセント消えただけで、すぐにまた不気味な黒い霧に侵食され始めている。
「……ダメだ、澪。全然、追いついてない」
亮は、祭壇の縁に腰掛け、苦渋の決断を下すように告げた。
「あんたの舞は、いわば『たった一人の手作業』なんだ。一筆一筆、丁寧に汚れを消していく。でも、敵の増殖スピードは、あんたの筆よりもずっと速い」
「な……! では、どうしろと言うの!? 私たちは千年以上、こうして祈りを捧げ、世界を守ってきたのよ!」
澪が声を荒らげる。彼女にとって、この舞は先祖代々受け継いできた「唯一の対抗手段」なのだ。それを否定されることは、自分の存在価値を否定されるに等しい。
「怒るなよ。やり方を変えるだけだ」
亮は、里から借りた作業台の上に、自分の神器――あの青く輝く『鍬(くわ)』を置いた。
「澪。あんたの舞は、特定の『波長』を作って空気を浄化してる。だったら、あんたが一人で舞うんじゃなく、この里にある『すべての空気』に、最初からその波長を覚え込ませればいい」
「空気に、舞を覚え込ませる……? そんな、神をも恐れぬことが……」
「神様だって、効率が悪いのは嫌いなはずだぜ」
亮は、空中に指を滑らせた。
彼が指を動かすと、空中に青い小さな光の粒が、パチパチと音を立てて無数に現れた。
それは専門用語で言えば『ナノマシン』のプログラムだが、今の亮にとって、そしてこの時代の人々にとっては、もっと直感的な「奇跡の種」に見えたはずだ。
「いいか、よく見てろ。……MI-Z-O(ミゾオ)、翻訳プロトコル開始。里中の灯籠(とうろう)と、あの大きな鏡を繋げ」
『了解。……里全体の「共鳴ネットワーク」を構築します。亮、タイミングを合わせてください』
亮は、Tシャツの袖をぐいっとまくり、神器の柄を力強く握りしめた。
「澪! もう一度舞ってくれ! ただし、今度は自分のためじゃない。この里全体の『指揮者』になったつもりで!」
亮が神器を地面に突き立てると、里の地面を流れる「青い川」のような光のラインが一斉に輝き出した。
驚いた里の住人たちが、家々の窓から顔を出す。
「な、何事だ! 地面が光っておるぞ!」
「神の怒りか!? それとも……」
五郎たちが震える中、亮は叫んだ。
「澪、今だ! 舞え!」
澪は、亮の気迫に押されるように、再び舞い始めた。
しかし、今度は違った。
彼女が袖を振るたびに、里中に配置された石の灯籠が、彼女の動きと完全に同期(シンクロ)して、青い光を放ち始めたのだ。
「これ、は……!? 里が……里が私と一緒に舞っている……?」
澪の瞳が、驚愕で見開かれる。
彼女が右へ回れば、里の北側の灯籠が光り、左へ回れば南側が輝く。
一人の少女の舞が、里全体の巨大な光の渦となって増幅されていく。
亮の視界では、絶望的な赤いエラーメッセージが、爆発的な勢いで「正常」を示す青色へと塗り替えられていた。
一人の手作業(マニュアル)から、里全体の自動処理(オートメーション)へ。
「よし……! いいぞ、これなら間に合う!」
亮は、神器を通じて流れ込んでくる膨大な「熱」に耐えながら、歯を食いしばった。
全身の血管が浮き上がり、汗が滝のように流れる。
「……っ、うおおおおおおおお!!」
亮が神器をさらに深く大地へ突き刺した瞬間。
里の中央にある巨大な鏡から、空に向かって一本の太い「光の柱」が立ち昇った。
それは、筑紫の夜空を覆っていた不気味な黒い雲――「汚れ」の軍勢を、一瞬にして消し飛ばす圧倒的な浄化の光だった。
「…………すごい」
舞を終えた澪が、呆然と空を見上げた。
あんなに重苦しかった夜の空気が、今はクリスタルのように澄み渡っている。
「……へへ。……どうだ。これなら、三日かかる掃除も……一瞬で終わるだろ?」
亮はそう言うと、満足げな笑みを浮かべたまま、その場に崩れ落ちた。
「亮殿ーっ!!」
駆け寄る五郎と、信じられないものを見るような目で亮を見つめる澪。
里の住人たちは、誰からともなく、亮に向かって跪(ひざまず)き始めた。
「救世主様だ……」
「芳ヶ原から来た、修繕の神様だ……!」
その光景は、まさに神話の一ページそのものだった。
しかし、倒れた亮の耳には、MI-Z-O(ミゾオ)の冷徹な警告だけが響いていた。
『……亮。……喜びを中断して申し訳ありません。……今の光を感知した「空虚の観測者」が、こちらに向かっています。……想定以上の『大物』です』
静寂。
そして、遠くの地平線から、地響きのような不気味な音が、里に向かって近づき始めていた。
次回予告:第六話「観測者の影と、最初の『裏切り』」
里を救った亮。しかし、その圧倒的な力を恐れる者が、里の内側にいた。そして、空を割り、ついに「本当の敵」が姿を現す!
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