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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第十三話:論理崩壊の迷宮と、重力反転の試練
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阿比留(あびる)神社の表参道へと続く石段。それは、亮たちが知る「階段」の概念を根底から破壊していた。
「……亮、止まって! そこから先は、地面の『定義』が書き換わっているわ」
サクの鋭い制止の声が響く。彼女が一本の矢を、何もない空中に放った。
矢は放物線を描いて落ちるはずだったが、石段の十段目を超えた瞬間、突如として「真上」に向かって加速し、空の彼方へと吸い込まれて消えた。
「……。重力ベクトルが反転(インバート)してやがる。……。MI-Z-O(ミゾオ)、このエリアの物理演算の状況を可視化しろ」
『――了解。……。このエリア、半径五〇〇メートル以内において、重力の方向が不規則にループしています。……。前方三メートル地点は「上」、五メートル地点は「左」、そして鳥居の付近は「無重力」状態です』
亮の眼鏡が、空間を格子状に分割し、それぞれの領域に書き込まれた狂った数式を映し出す。
石段は途中で断絶し、その断面からは巨大な歯車や、血管のような光る回路が剥き出しになっていた。対馬の心臓部である神社が、外部からのハッキングによって「OSレベルで崩壊」している証拠だ。
「……。こんな場所、どうやって進めってんだよ。……。飛ぶためのブースターなんて、今の俺たちにはないぞ」
背後に控える瑞澪(みずみお)の兵士たちは、顔を青ざめさせている。彼らにとって、足元の地面が牙を剥くという事態は、いかなる化け物よりも恐ろしい。
「……。亮。……。私の家系に伝わる『阿比留の歩法』を見せてあげる。……。この島には、古くから重力に縛られない『浮き石』があるの」
サクが指差したのは、空中に浮遊する、苔むした岩の破片だった。それらは一見、ランダムに浮いているように見えたが、よく観察すると、ある一定の周期で「波」のように上下していた。
「……。あれはただの岩じゃない。……。この領域のバグを中和して、一時的に正常な重力を保っている『パッチ』の塊だ。……。サク、君はあの岩を伝って行けるのか?」
「ええ。……。でも、あそこには『目に見えない門番』がいる。……。私が岩を飛ぶ間、そなたはそっちの『神器』で、空中に潜むノイズを打ち消して!」
サクが弓を背負い直し、助走をつけて崖から飛び出した。
彼女の身体が宙に浮いた瞬間、虚空からジジジッ……というノイズと共に、半透明の「鎌鼬(かまいたち)」のようなバグモンスターが数体、彼女の喉元を狙って湧き出した。
「させないって! ……。MI-Z-O、敵の座標を強制固定! 迎撃コード、コンパイル(構築)開始!」
亮は神器(鍬)を地面に突き立てた。
鍬の先から、幾何学的な紋様が描かれた青いシールドが扇状に広がり、サクの足場となる浮き石の周囲を包囲する。
――ガギィィィィィンッ!!
空中で火花が散る。サクを襲おうとした鎌鼬たちが、亮の展開したシールドに衝突し、バイナリの塵となって四散した。
「今だ、サク! 次の岩へ!」
「――たあっ!!」
サクは空中で華麗に身を翻し、重力が「左」に向かっている領域を、壁を走るようにして駆け抜けた。彼女の動きに合わせ、亮は次々と神器から「一時的な足場(プラットフォーム)」を生成し、彼女を空中でサポートしていく。
それは、エンジニアと狩人による、即興のデバッグ・アクションだった。
しかし、神社の山門である「鳥居」が近づくにつれ、空間の崩壊はさらに深刻さを増していった。
「……。亮、見て! 地面が……地面が『溶けて』るわ!」
鳥居の向こう側。本来なら神聖な境内が広がるはずの場所には、真っ黒な「泥」のような液体が渦巻いていた。それは、先ほど亮たちが聞いた「不比等の暗黒命令(ブラック・コマンド)」そのものだ。
泥からは、1300年分の怨嗟の声が文字データとなって浮かび上がり、触れるものすべてを腐食させていく。
「……。MI-Z-O、あの泥の正体は?」
『――極めて悪質な「無限増殖(フォーク爆弾)型」のウイルスです。……。接触した瞬間、対象の存在データを数兆倍に増殖させ、システムをパンクさせます。……。亮、絶対に触れてはいけません。……。物理的な攻撃は無効です』
「……。触れられないなら、凍らせるまでだ。……。サク! さっき教えてくれた『鋼鉄キノコ』を出せ!」
亮は道中でサクから受け取っていた、変異素材の一つ「鉄殻茸(てっかくたけ)」を懐から取り出した。このキノコは、バグの熱を吸い込んで硬化する性質を持っている。
「……。これに俺の『冷却コード』を注入して、あの泥の海に叩き込む! ……。凍った表面を道にして、一気に鳥居を駆け抜けるぞ!」
「無茶よ! あんな広大な泥の海、キノコ一つでどうにかできるわけが……」
「……。信じろ! ……。俺はただのエンジニアじゃない。……。一千万行のコードを書き換える男だ!」
亮が神器の刃にキノコを乗せ、全身のエネルギーを「熱変換・負」へと集中させる。
神器が絶対零度の冷気を帯び、周囲の湿気が一瞬で氷の粒に変わった。
「――いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
亮が全力でスイングしたキノコが、黒い泥の海へと着弾した。
その瞬間、シュゥゥゥゥゥ……という音と共に、真っ黒な液体が、白銀の氷へと一気に相転移(姿を変える)していく。
「……。今だ! 全員、俺に続け! 溶け出す前に走り抜けろ!!」
逆さまの重力、襲い来るバグ、そして凍りついた地獄。
亮たちは、物理法則が悲鳴を上げる神社の境内を、ただひたすらに「前」へと突き進んだ。
その先に待ち構えているのは、サクの父親を、そして対馬の歴史を飲み込んだ、最深部の「門」の守護者。
亮の眼鏡には、巨大な赤い警告文字(アラート)が点滅していた。
『――警告。……。管理権限レベル:神(ゴッド)。……。敵性プログラム、起動を確認』
次回予告:第十四話「阿比留の鏡と、呪われた守護者(ボス)」
ついに辿り着いた拝殿。そこにいたのは、かつての英雄の面影を失い、全身を黒いコードで縛られたサクの父だった。亮は、父親を殺さずに「救い出す」という、最高難易度のミッションに挑む!
「……亮、止まって! そこから先は、地面の『定義』が書き換わっているわ」
サクの鋭い制止の声が響く。彼女が一本の矢を、何もない空中に放った。
矢は放物線を描いて落ちるはずだったが、石段の十段目を超えた瞬間、突如として「真上」に向かって加速し、空の彼方へと吸い込まれて消えた。
「……。重力ベクトルが反転(インバート)してやがる。……。MI-Z-O(ミゾオ)、このエリアの物理演算の状況を可視化しろ」
『――了解。……。このエリア、半径五〇〇メートル以内において、重力の方向が不規則にループしています。……。前方三メートル地点は「上」、五メートル地点は「左」、そして鳥居の付近は「無重力」状態です』
亮の眼鏡が、空間を格子状に分割し、それぞれの領域に書き込まれた狂った数式を映し出す。
石段は途中で断絶し、その断面からは巨大な歯車や、血管のような光る回路が剥き出しになっていた。対馬の心臓部である神社が、外部からのハッキングによって「OSレベルで崩壊」している証拠だ。
「……。こんな場所、どうやって進めってんだよ。……。飛ぶためのブースターなんて、今の俺たちにはないぞ」
背後に控える瑞澪(みずみお)の兵士たちは、顔を青ざめさせている。彼らにとって、足元の地面が牙を剥くという事態は、いかなる化け物よりも恐ろしい。
「……。亮。……。私の家系に伝わる『阿比留の歩法』を見せてあげる。……。この島には、古くから重力に縛られない『浮き石』があるの」
サクが指差したのは、空中に浮遊する、苔むした岩の破片だった。それらは一見、ランダムに浮いているように見えたが、よく観察すると、ある一定の周期で「波」のように上下していた。
「……。あれはただの岩じゃない。……。この領域のバグを中和して、一時的に正常な重力を保っている『パッチ』の塊だ。……。サク、君はあの岩を伝って行けるのか?」
「ええ。……。でも、あそこには『目に見えない門番』がいる。……。私が岩を飛ぶ間、そなたはそっちの『神器』で、空中に潜むノイズを打ち消して!」
サクが弓を背負い直し、助走をつけて崖から飛び出した。
彼女の身体が宙に浮いた瞬間、虚空からジジジッ……というノイズと共に、半透明の「鎌鼬(かまいたち)」のようなバグモンスターが数体、彼女の喉元を狙って湧き出した。
「させないって! ……。MI-Z-O、敵の座標を強制固定! 迎撃コード、コンパイル(構築)開始!」
亮は神器(鍬)を地面に突き立てた。
鍬の先から、幾何学的な紋様が描かれた青いシールドが扇状に広がり、サクの足場となる浮き石の周囲を包囲する。
――ガギィィィィィンッ!!
空中で火花が散る。サクを襲おうとした鎌鼬たちが、亮の展開したシールドに衝突し、バイナリの塵となって四散した。
「今だ、サク! 次の岩へ!」
「――たあっ!!」
サクは空中で華麗に身を翻し、重力が「左」に向かっている領域を、壁を走るようにして駆け抜けた。彼女の動きに合わせ、亮は次々と神器から「一時的な足場(プラットフォーム)」を生成し、彼女を空中でサポートしていく。
それは、エンジニアと狩人による、即興のデバッグ・アクションだった。
しかし、神社の山門である「鳥居」が近づくにつれ、空間の崩壊はさらに深刻さを増していった。
「……。亮、見て! 地面が……地面が『溶けて』るわ!」
鳥居の向こう側。本来なら神聖な境内が広がるはずの場所には、真っ黒な「泥」のような液体が渦巻いていた。それは、先ほど亮たちが聞いた「不比等の暗黒命令(ブラック・コマンド)」そのものだ。
泥からは、1300年分の怨嗟の声が文字データとなって浮かび上がり、触れるものすべてを腐食させていく。
「……。MI-Z-O、あの泥の正体は?」
『――極めて悪質な「無限増殖(フォーク爆弾)型」のウイルスです。……。接触した瞬間、対象の存在データを数兆倍に増殖させ、システムをパンクさせます。……。亮、絶対に触れてはいけません。……。物理的な攻撃は無効です』
「……。触れられないなら、凍らせるまでだ。……。サク! さっき教えてくれた『鋼鉄キノコ』を出せ!」
亮は道中でサクから受け取っていた、変異素材の一つ「鉄殻茸(てっかくたけ)」を懐から取り出した。このキノコは、バグの熱を吸い込んで硬化する性質を持っている。
「……。これに俺の『冷却コード』を注入して、あの泥の海に叩き込む! ……。凍った表面を道にして、一気に鳥居を駆け抜けるぞ!」
「無茶よ! あんな広大な泥の海、キノコ一つでどうにかできるわけが……」
「……。信じろ! ……。俺はただのエンジニアじゃない。……。一千万行のコードを書き換える男だ!」
亮が神器の刃にキノコを乗せ、全身のエネルギーを「熱変換・負」へと集中させる。
神器が絶対零度の冷気を帯び、周囲の湿気が一瞬で氷の粒に変わった。
「――いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
亮が全力でスイングしたキノコが、黒い泥の海へと着弾した。
その瞬間、シュゥゥゥゥゥ……という音と共に、真っ黒な液体が、白銀の氷へと一気に相転移(姿を変える)していく。
「……。今だ! 全員、俺に続け! 溶け出す前に走り抜けろ!!」
逆さまの重力、襲い来るバグ、そして凍りついた地獄。
亮たちは、物理法則が悲鳴を上げる神社の境内を、ただひたすらに「前」へと突き進んだ。
その先に待ち構えているのは、サクの父親を、そして対馬の歴史を飲み込んだ、最深部の「門」の守護者。
亮の眼鏡には、巨大な赤い警告文字(アラート)が点滅していた。
『――警告。……。管理権限レベル:神(ゴッド)。……。敵性プログラム、起動を確認』
次回予告:第十四話「阿比留の鏡と、呪われた守護者(ボス)」
ついに辿り着いた拝殿。そこにいたのは、かつての英雄の面影を失い、全身を黒いコードで縛られたサクの父だった。亮は、父親を殺さずに「救い出す」という、最高難易度のミッションに挑む!
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