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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第十二話:孤高の狩人と、失われた管理コード
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「……余計な真似を。あと数秒あれば、私が全員射抜いていたわ」
亡霊兵士たちが亮の放ったデバッグ・パッチによって霧散した後、少女――阿比留(あびる)サクは、弓を構えたまま鋭い視線を亮に向けた。
彼女の瞳は、対馬の深い森を映したような濃い緑色をしているが、その奥には拭いきれない不信感と、張り詰めた糸のような危うさが同居していた。
「……数秒あっても、あいつらは再生したはずだ。……。君の矢には、この島の『論理エラー』を修正するコードが含まれていない」
亮は神器(鍬)を肩に担ぎ、冷静にサクの背後にある「村人たちの避難所」を指差した。
そこには、サクが必死に守り抜いてきたのであろう数人の老人と子供たちが、バグによる「存在の希薄化」で半透明になりながらも、呼吸を繋いでいた。
「『こうど』? 変な喋り方をする男ね。……。そなた、瑞澪(みずみお)の者でしょう? なぜ今さら、見捨てられたこの島に来たの」
「見捨てたんじゃない。……。俺たちの里も、不比等(ふひと)に消されかけたんだ。……。今は『天箱(アマノハコ)』っていうデカい船で、海の上に新しい拠点を築いてる」
「天箱……! あの伝説の移動要塞を動かしたというの!?」
サクの表情が、驚愕でわずかに緩んだ。
対馬の阿比留家は、古くから瑞澪の「分家」に近い存在であり、神社の管理を任されていた一族だ。しかし、1300年前の「歴史改ざん」が始まったあの日、本家との通信(念信)が途絶え、この島は世界から切り離された「孤島」と化してしまったのだ。
「……。話はあとだ。……。MI-Z-O(ミゾオ)、あそこに横たわってる人たちの状況をスキャンしてくれ」
『――了解。……。重度の「データ欠落(アビタミン症)」を確認。……。このままでは、あと三時間以内に彼らの存在データが完全に消滅(デリート)します。……。亮、先ほど採取した「紫電草」から、高純度の修復プログラムを精製してください』
「よし。……。サク、少し場所を借りるぞ」
亮は、サクが設営していた粗末なキャンプの焚き火を借り、即席の「調合(ビルド)」を開始した。
まず、先ほど洗浄した『紫電草』を、神器の刃先で細かく砕く。
そこに、天箱から持ち出した瑞澪の聖水と、亮が脳内で書き出した「バイタル復旧用スクリプト」を、指先からの光を通じて流し込んでいく。
――キィィィィィィィ……。
不快だったノイズ音が、次第に透き通った鈴のような音色に変わっていく。
すり鉢の中で出来上がったのは、ドロリとした薬草液ではなく、エメラルド色に発光する「液状の光」だった。
「……。何よ、これ。薬なの?」
「『システム修復パッチ』だ。……。彼らの喉に流し込んでくれ」
サクは疑わしげにしながらも、亮の真剣な眼差しに押され、半透明になった子供の口にその光を注いだ。
すると、どうだろう。
子供の身体を覆っていたデジタルノイズが剥がれ落ち、希薄だった輪郭が、確かな肉体としての質感を持ち始めたのだ。
「……。ああ……温かい。……。お母ちゃん、どこ……?」
子供の瞳に光が戻り、弱々しい声が響く。
それを見たサクの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……。ありがとう。……。ずっと、一人で怖かった。……。何をしても救えない、同じ一日が繰り返されるこの島で、私だけが取り残されていく気がして……」
「……。君が一人で守ってきた成果だよ。……。俺たちが来たからには、このループ(地獄)を終わらせる」
亮はサクに、天箱で作った干し肉と、清潔な水を差し出した。
サクはそれを貪るように食べ、少しずつ、この島の現状を語り始めた。
「……。神社の奥にある『阿比留の鏡』が、ある日突然、黒い泥に飲み込まれたの。……。それから、島の時間が狂い始めた。……。お父様は、その鏡を浄化しようとして、奥の『禁域』に入ったまま戻ってこない」
『――亮、重要な情報です。……。「黒い泥」とは、不比等が放った強力な「暗黒命令(ブラック・コマンド)」の物理的表現でしょう。……。サクの父親は、そのコマンドの実行を食い止めるための「一時停止ボタン」として、自らを犠牲にしている可能性があります』
「……。最悪だな。……。不比等の野郎、管理者を盾にしてやがるのか」
「……。亮。……。私を、神社の奥へ連れて行って。……。阿比留の生き残りとして、あそこに刻まれた『管理コード』を読み取れるのは、私だけよ」
サクは力強く弓を握りしめ、立ち上がった。
彼女という「生きた鍵」が加わったことで、亮の網膜に表示されていた阿比留神社の攻略ルートが、赤色から攻略可能な黄色へと変わる。
「……。分かった。……。ただし、条件がある」
「条件?」
「この島のバグった素材を、もっと集めるのを手伝ってくれ。……。俺の『神器』をさらに強化(アップデート)しなきゃ、奥の奴には勝てない」
亮の提案に、サクは驚いたような顔をした後、初めて微かに微笑んだ。
「……。いいわよ、エンジニア様。……。この島の美味しい『バグ』、たっぷり教えてあげる」
亮、サク、そして瑞澪の兵士たち。
新たな仲間を加え、一行は対馬の深部――物理法則が完全に崩壊した「ロジック・ダンジョン」の入口へと歩を進める。
その道中、亮はサクから、バグによって変異した「鋼鉄のように硬いキノコ」や、「触れると瞬間移動させる蝶」の存在を教わった。
それらはすべて、天箱を、そして亮の装備を最強へと導くための「宝の山」だった。
次回予告:第十三話「論理崩壊の迷宮と、重力反転の試練」
阿比留神社の参道は、もはや道ではなかった。上と下が入れ替わり、一歩進むごとに地形が書き換わる「可変迷宮」。亮はサクの弓と、自身のコーディングで、この難攻不落のシステムを突破できるのか!?
亡霊兵士たちが亮の放ったデバッグ・パッチによって霧散した後、少女――阿比留(あびる)サクは、弓を構えたまま鋭い視線を亮に向けた。
彼女の瞳は、対馬の深い森を映したような濃い緑色をしているが、その奥には拭いきれない不信感と、張り詰めた糸のような危うさが同居していた。
「……数秒あっても、あいつらは再生したはずだ。……。君の矢には、この島の『論理エラー』を修正するコードが含まれていない」
亮は神器(鍬)を肩に担ぎ、冷静にサクの背後にある「村人たちの避難所」を指差した。
そこには、サクが必死に守り抜いてきたのであろう数人の老人と子供たちが、バグによる「存在の希薄化」で半透明になりながらも、呼吸を繋いでいた。
「『こうど』? 変な喋り方をする男ね。……。そなた、瑞澪(みずみお)の者でしょう? なぜ今さら、見捨てられたこの島に来たの」
「見捨てたんじゃない。……。俺たちの里も、不比等(ふひと)に消されかけたんだ。……。今は『天箱(アマノハコ)』っていうデカい船で、海の上に新しい拠点を築いてる」
「天箱……! あの伝説の移動要塞を動かしたというの!?」
サクの表情が、驚愕でわずかに緩んだ。
対馬の阿比留家は、古くから瑞澪の「分家」に近い存在であり、神社の管理を任されていた一族だ。しかし、1300年前の「歴史改ざん」が始まったあの日、本家との通信(念信)が途絶え、この島は世界から切り離された「孤島」と化してしまったのだ。
「……。話はあとだ。……。MI-Z-O(ミゾオ)、あそこに横たわってる人たちの状況をスキャンしてくれ」
『――了解。……。重度の「データ欠落(アビタミン症)」を確認。……。このままでは、あと三時間以内に彼らの存在データが完全に消滅(デリート)します。……。亮、先ほど採取した「紫電草」から、高純度の修復プログラムを精製してください』
「よし。……。サク、少し場所を借りるぞ」
亮は、サクが設営していた粗末なキャンプの焚き火を借り、即席の「調合(ビルド)」を開始した。
まず、先ほど洗浄した『紫電草』を、神器の刃先で細かく砕く。
そこに、天箱から持ち出した瑞澪の聖水と、亮が脳内で書き出した「バイタル復旧用スクリプト」を、指先からの光を通じて流し込んでいく。
――キィィィィィィィ……。
不快だったノイズ音が、次第に透き通った鈴のような音色に変わっていく。
すり鉢の中で出来上がったのは、ドロリとした薬草液ではなく、エメラルド色に発光する「液状の光」だった。
「……。何よ、これ。薬なの?」
「『システム修復パッチ』だ。……。彼らの喉に流し込んでくれ」
サクは疑わしげにしながらも、亮の真剣な眼差しに押され、半透明になった子供の口にその光を注いだ。
すると、どうだろう。
子供の身体を覆っていたデジタルノイズが剥がれ落ち、希薄だった輪郭が、確かな肉体としての質感を持ち始めたのだ。
「……。ああ……温かい。……。お母ちゃん、どこ……?」
子供の瞳に光が戻り、弱々しい声が響く。
それを見たサクの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……。ありがとう。……。ずっと、一人で怖かった。……。何をしても救えない、同じ一日が繰り返されるこの島で、私だけが取り残されていく気がして……」
「……。君が一人で守ってきた成果だよ。……。俺たちが来たからには、このループ(地獄)を終わらせる」
亮はサクに、天箱で作った干し肉と、清潔な水を差し出した。
サクはそれを貪るように食べ、少しずつ、この島の現状を語り始めた。
「……。神社の奥にある『阿比留の鏡』が、ある日突然、黒い泥に飲み込まれたの。……。それから、島の時間が狂い始めた。……。お父様は、その鏡を浄化しようとして、奥の『禁域』に入ったまま戻ってこない」
『――亮、重要な情報です。……。「黒い泥」とは、不比等が放った強力な「暗黒命令(ブラック・コマンド)」の物理的表現でしょう。……。サクの父親は、そのコマンドの実行を食い止めるための「一時停止ボタン」として、自らを犠牲にしている可能性があります』
「……。最悪だな。……。不比等の野郎、管理者を盾にしてやがるのか」
「……。亮。……。私を、神社の奥へ連れて行って。……。阿比留の生き残りとして、あそこに刻まれた『管理コード』を読み取れるのは、私だけよ」
サクは力強く弓を握りしめ、立ち上がった。
彼女という「生きた鍵」が加わったことで、亮の網膜に表示されていた阿比留神社の攻略ルートが、赤色から攻略可能な黄色へと変わる。
「……。分かった。……。ただし、条件がある」
「条件?」
「この島のバグった素材を、もっと集めるのを手伝ってくれ。……。俺の『神器』をさらに強化(アップデート)しなきゃ、奥の奴には勝てない」
亮の提案に、サクは驚いたような顔をした後、初めて微かに微笑んだ。
「……。いいわよ、エンジニア様。……。この島の美味しい『バグ』、たっぷり教えてあげる」
亮、サク、そして瑞澪の兵士たち。
新たな仲間を加え、一行は対馬の深部――物理法則が完全に崩壊した「ロジック・ダンジョン」の入口へと歩を進める。
その道中、亮はサクから、バグによって変異した「鋼鉄のように硬いキノコ」や、「触れると瞬間移動させる蝶」の存在を教わった。
それらはすべて、天箱を、そして亮の装備を最強へと導くための「宝の山」だった。
次回予告:第十三話「論理崩壊の迷宮と、重力反転の試練」
阿比留神社の参道は、もはや道ではなかった。上と下が入れ替わり、一歩進むごとに地形が書き換わる「可変迷宮」。亮はサクの弓と、自身のコーディングで、この難攻不落のシステムを突破できるのか!?
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