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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第十五話:不比等の挑発と、対馬の再起動
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鏡の中に浮かび上がる、直衣(のうし)を纏った優雅な男の幻影。
亮の眼鏡の隅で、MI-Z-O(ミゾオ)がこれまでにない速度で警告ログを走らせた。
『――スキャン完了。……対象の魂の波動、および術式の構成パターンを解析。……。史実上の記述、および瑞澪の極秘アーカイブ「藤原の系譜」に刻まれた管理署名(シグネチャー)と100%一致。……。亮、この男は間違いなく、1300年前に瑞澪をパージした張本人、**大伴不比等(おおとものふひと)**の意識の複製(コピー)です』
(……MI-Z-Oがここまで断言するなら、間違いねえ。こいつが、この世界の歴史をグチャグチャに書き換えてる元凶か!)
亮は、鼻から滴る血を乱暴に拭い、鏡の中の男を睨みつけた。
「……お前が、不比等か。……わざわざこんな最果ての島まで、バックドア(裏口)を作って監視してたってわけか」
鏡の中の不比等は、亮が自分の正体を一瞬で見抜いたことに、わずかな驚きを見せた。だが、すぐにその唇に、全てを見透かしたような冷酷な笑みを浮かべる。
「ほう。私の名を知り、かつその『眼』で私の本質を覗き見るとは。……。異界より落ちし『修繕者』よ、お前は私が思っていた以上に、この歴史にとっての『劇物』のようだな」
不比等は、優雅に扇を開き、亮の背後のサクや、倒れ込んでいる父親、そしてギルドの兵士たちを指し示した。
「だが、劇物がゆえに、お前は自らの毒で自滅する。……。さあ、選ぶがいい。……。この島のループを完全に閉じれば、島を満たすエネルギーは四散し、お前が隠し持つ『天箱(アマノハコ)』は動力を失い、深海へと没するだろう。……。島を救い、自ら沈むか。……。それとも島を食いつぶし、自分たちだけが次の地へ逃げ延びるか」
サクが、震える手で亮の肩を掴んだ。
「亮……。お父様は助かったけれど、私たちが死んでしまったら、意味がないわ。……。でも、この島のみんなを、またあのループに突き落とすなんて……!」
天箱(アマノハコ)にいる澪(みお)からの悲鳴のような念信が、亮の脳内を揺さぶる。
『亮! 船の動力炉が、外部からの「強制ドレイン(吸い出し)」を受けているわ! このままではあと三分で……船内の結界も、維持できなくなる!』
不比等の仕掛けた罠は完璧だった。
どちらを選んでも、亮は何かを「見捨てる」ことになる。それは、エンジニアとしての矜持を折るための、冷徹な詰み(チェックメイト)の盤面だ。
「……。くっくっく。……。迷うがいい、苦しむがいい。……。そうして選択を誤ることこそが、人間の歴史なのだからな」
不比等の嘲笑が拝殿に響く中、亮は、じっと自分の手のひらを見つめていた。
全身を襲う過負荷。震える指先。だが、亮の瞳の奥にある「論理性」は、一分(いちぶ)の曇りもなく加速していた。
「……。不比等。……。お前、さっきから『二択』だって言ってるけどさ。……。エンジニアを舐めるなよ。……。仕様書に書いてある選択肢なんて、俺たちは最初から信じちゃいないんだ」
「何……?」
「島か、船か。……。そんなの、どっちも選ばねえよ。……。MI-Z-O、さっきサクのお父さんを切り離した時に、神社のシステムに『管理者権限』でログインしたままだよな?」
『了解しています。……亮、まさか、あの無謀な「同時並行(マルチタスク)」をやるつもりですか?』
「ああ。……。島からエネルギーを吸い出すんじゃない。……。この島のループのエネルギーを、『天箱』のエンジンと直結(ペアリング)させて、共有ストレージ化するんだ!」
不比等の表情が、初めて凍りついた。
「バカな……! 物理的に離れた島と船を、同期させるなど……! そんな接続(リンク)、大気のノイズで即座に崩壊するわ!」
「ノイズなら、俺たちが『中継機』になればいい! ……。サク、お父さんの手を握れ! ……。天箱の澪、俺のバイタルを増幅しろ! ……。ギルドの兵士たち、円陣を組め! お前たちの意志が、この接続の『ケーブル』になるんだ!」
亮は、神器(鍬)を鏡の表面に突き立てた。
「――全領域、同期(シンクロ)開始! ……。島を維持するエネルギーを、そのまま天箱の動力として『マウント』しろ!!」
ドォォォォォォォォォォンッ!!
拝殿を、かつてないほどの青い閃光が包み込んだ。
亮の身体を介して、対馬の島全体と、沖合に浮かぶ天箱が、一本の太い「光の回路」で結ばれる。
不比等の「二択」というロジックを無視し、亮は二つの存在を一つのシステムとして統合してしまったのだ。
「ぐ、あああああぁぁぁぁぁっ!!」
亮の脳を、数万ボルトの電流が走るような衝撃が襲う。
だが、その瞬間。
天箱のエンジンが、かつてない咆哮を上げて再起動した。それと同時に、対馬を覆っていた黒い霧が、純粋なエネルギーへと変換され、島全体に柔らかな光を届け始める。
『――同期、成功! ……。対馬はループから解放され、かつ天箱の予備バッテリーとして完全にリンクしました! ……。亮、あなたの勝ちです!』
鏡の中の不比等は、怒りに震えながら、扇を真っ二つに叩き折った。
「……。貴様……。……。この私を、論理(ロジック)で凌駕したというのか……! だが、忘れるな。……。これはまだ、広大な日本(システム)の、たった一箇所のパッチに過ぎぬ。……。都へ、大和へ来るがいい。……。そこには、お前の『知恵』など一瞬で腐らせる、本物の絶望が待っているぞ……!」
不比等の幻影が、鏡と共に粉々に砕け散った。
静寂。
拝殿には、朝日が差し込み始めていた。
ループが終わり、対馬に「本当の朝」が訪れたのだ。
「……。へへ……。……。ざまぁ、みろ……。……。仕様外の動作(バグ)を、なめるなよ……」
亮は、そう呟くと同時に、膝から崩れ落ちた。
それを、サクが、そして駆け寄った兵士たちが、最高の歓喜の声と共に支えた。
対馬、奪還。
亮たちの「ビルド」は、一つの島を救うまでに成長していた。
次回予告:第十六話「対馬の宴と、新たなギルドメンバー」
戦いは終わった。対馬の民と天箱の住人が、初めて手を取り合う。サクの父から託される、大和へ向かうための「最後のパーツ」とは? そして、天箱に待望の『酒場』が建設される!
亮の眼鏡の隅で、MI-Z-O(ミゾオ)がこれまでにない速度で警告ログを走らせた。
『――スキャン完了。……対象の魂の波動、および術式の構成パターンを解析。……。史実上の記述、および瑞澪の極秘アーカイブ「藤原の系譜」に刻まれた管理署名(シグネチャー)と100%一致。……。亮、この男は間違いなく、1300年前に瑞澪をパージした張本人、**大伴不比等(おおとものふひと)**の意識の複製(コピー)です』
(……MI-Z-Oがここまで断言するなら、間違いねえ。こいつが、この世界の歴史をグチャグチャに書き換えてる元凶か!)
亮は、鼻から滴る血を乱暴に拭い、鏡の中の男を睨みつけた。
「……お前が、不比等か。……わざわざこんな最果ての島まで、バックドア(裏口)を作って監視してたってわけか」
鏡の中の不比等は、亮が自分の正体を一瞬で見抜いたことに、わずかな驚きを見せた。だが、すぐにその唇に、全てを見透かしたような冷酷な笑みを浮かべる。
「ほう。私の名を知り、かつその『眼』で私の本質を覗き見るとは。……。異界より落ちし『修繕者』よ、お前は私が思っていた以上に、この歴史にとっての『劇物』のようだな」
不比等は、優雅に扇を開き、亮の背後のサクや、倒れ込んでいる父親、そしてギルドの兵士たちを指し示した。
「だが、劇物がゆえに、お前は自らの毒で自滅する。……。さあ、選ぶがいい。……。この島のループを完全に閉じれば、島を満たすエネルギーは四散し、お前が隠し持つ『天箱(アマノハコ)』は動力を失い、深海へと没するだろう。……。島を救い、自ら沈むか。……。それとも島を食いつぶし、自分たちだけが次の地へ逃げ延びるか」
サクが、震える手で亮の肩を掴んだ。
「亮……。お父様は助かったけれど、私たちが死んでしまったら、意味がないわ。……。でも、この島のみんなを、またあのループに突き落とすなんて……!」
天箱(アマノハコ)にいる澪(みお)からの悲鳴のような念信が、亮の脳内を揺さぶる。
『亮! 船の動力炉が、外部からの「強制ドレイン(吸い出し)」を受けているわ! このままではあと三分で……船内の結界も、維持できなくなる!』
不比等の仕掛けた罠は完璧だった。
どちらを選んでも、亮は何かを「見捨てる」ことになる。それは、エンジニアとしての矜持を折るための、冷徹な詰み(チェックメイト)の盤面だ。
「……。くっくっく。……。迷うがいい、苦しむがいい。……。そうして選択を誤ることこそが、人間の歴史なのだからな」
不比等の嘲笑が拝殿に響く中、亮は、じっと自分の手のひらを見つめていた。
全身を襲う過負荷。震える指先。だが、亮の瞳の奥にある「論理性」は、一分(いちぶ)の曇りもなく加速していた。
「……。不比等。……。お前、さっきから『二択』だって言ってるけどさ。……。エンジニアを舐めるなよ。……。仕様書に書いてある選択肢なんて、俺たちは最初から信じちゃいないんだ」
「何……?」
「島か、船か。……。そんなの、どっちも選ばねえよ。……。MI-Z-O、さっきサクのお父さんを切り離した時に、神社のシステムに『管理者権限』でログインしたままだよな?」
『了解しています。……亮、まさか、あの無謀な「同時並行(マルチタスク)」をやるつもりですか?』
「ああ。……。島からエネルギーを吸い出すんじゃない。……。この島のループのエネルギーを、『天箱』のエンジンと直結(ペアリング)させて、共有ストレージ化するんだ!」
不比等の表情が、初めて凍りついた。
「バカな……! 物理的に離れた島と船を、同期させるなど……! そんな接続(リンク)、大気のノイズで即座に崩壊するわ!」
「ノイズなら、俺たちが『中継機』になればいい! ……。サク、お父さんの手を握れ! ……。天箱の澪、俺のバイタルを増幅しろ! ……。ギルドの兵士たち、円陣を組め! お前たちの意志が、この接続の『ケーブル』になるんだ!」
亮は、神器(鍬)を鏡の表面に突き立てた。
「――全領域、同期(シンクロ)開始! ……。島を維持するエネルギーを、そのまま天箱の動力として『マウント』しろ!!」
ドォォォォォォォォォォンッ!!
拝殿を、かつてないほどの青い閃光が包み込んだ。
亮の身体を介して、対馬の島全体と、沖合に浮かぶ天箱が、一本の太い「光の回路」で結ばれる。
不比等の「二択」というロジックを無視し、亮は二つの存在を一つのシステムとして統合してしまったのだ。
「ぐ、あああああぁぁぁぁぁっ!!」
亮の脳を、数万ボルトの電流が走るような衝撃が襲う。
だが、その瞬間。
天箱のエンジンが、かつてない咆哮を上げて再起動した。それと同時に、対馬を覆っていた黒い霧が、純粋なエネルギーへと変換され、島全体に柔らかな光を届け始める。
『――同期、成功! ……。対馬はループから解放され、かつ天箱の予備バッテリーとして完全にリンクしました! ……。亮、あなたの勝ちです!』
鏡の中の不比等は、怒りに震えながら、扇を真っ二つに叩き折った。
「……。貴様……。……。この私を、論理(ロジック)で凌駕したというのか……! だが、忘れるな。……。これはまだ、広大な日本(システム)の、たった一箇所のパッチに過ぎぬ。……。都へ、大和へ来るがいい。……。そこには、お前の『知恵』など一瞬で腐らせる、本物の絶望が待っているぞ……!」
不比等の幻影が、鏡と共に粉々に砕け散った。
静寂。
拝殿には、朝日が差し込み始めていた。
ループが終わり、対馬に「本当の朝」が訪れたのだ。
「……。へへ……。……。ざまぁ、みろ……。……。仕様外の動作(バグ)を、なめるなよ……」
亮は、そう呟くと同時に、膝から崩れ落ちた。
それを、サクが、そして駆け寄った兵士たちが、最高の歓喜の声と共に支えた。
対馬、奪還。
亮たちの「ビルド」は、一つの島を救うまでに成長していた。
次回予告:第十六話「対馬の宴と、新たなギルドメンバー」
戦いは終わった。対馬の民と天箱の住人が、初めて手を取り合う。サクの父から託される、大和へ向かうための「最後のパーツ」とは? そして、天箱に待望の『酒場』が建設される!
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