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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第三十三話:電脳の迷宮と、不比等の正体
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朱雀門を突破した天箱(アマノハコ)が滑り込んだ先は、もはや三次元の物理法則が意味をなさない、狂気的な論理の深淵だった。
かつての大和の街並みは、まるで「未完成の3Dモデル」のようにワイヤーフレームの状態ではためき、空からは数億行ものソースコードが、黒い雨となって降り注いでいる。
「……。何よ、ここ。……。景色が、私の予測を全部裏切ってくる」
サクが、弓を構えたまま周囲を警戒するが、視界に入る道が数秒ごとに「上書き保存(セーブ)」され、ついさっき歩いた場所が虚空へと消えていく。
ここは不比等の精神そのものが具現化した、広大な電脳の迷宮。不比等の思考が「YES」と言えば道が繋がり、「NO」と言えばそこは底なしのデリート・ビットへと変わる、独裁者の箱庭だ。
「……。皆、離れるな! ……。MI-Z-O、現在地の論理階層を特定しろ!!」
『――警告。……。亮、この空間には座標が存在しません。……。不比等の『記憶の断片』が各所にサーバーとして配置されており、それを一つずつ読み解(デコード)しなければ、中枢である大極殿(だいごくでん)への道は開かれません』
その時、迷宮の壁面を構成する巨大な光の柱に、一人の少年のログが映し出された。
それは、不比等――まだ「神」を自称する前の、一人の無力な人間の、あまりにも悲痛な過去だった。
「……。あれは……」
亮は、吸い寄せられるようにその映像を見つめた。
映像の中の少年は、泥にまみれ、戦火に包まれた対馬に似た島で、死にゆく家族の亡骸を抱えていた。当時の未熟な通信環境と、バグだらけの医療システム。少年は必死に家族の「意識データ」を保存しようと、焦げた回路を繋ぎ合わせ、叫んでいた。
『――なぜだ。……。なぜ、世界はこんなにも不完全なんだ。……。大切な人の声が、笑顔が、ノイズ一つで消えていく。……。昨日まであった歴史が、権力者のパッチ一つで塗り替えられる……。許せない。……。許してはいけないんだ』
少年の瞳に宿ったのは、純粋すぎるがゆえの狂気だった。
『――ならば、私が「不変の記録」になればいい。……。この国を、一文字のミスもない永久不滅のコードに変える。……。バグのない世界、死のないデータ。……。それこそが、人類に与えられる唯一の救済だ』
少年の姿が、現在の不比等の冷徹なシルエットへとオーバーラップする。
彼が大和を鉄の都に変え、人々の自由を奪ってまで「完璧」に固執するのは、かつて救えなかった大切なものを、二度と失わないための、あまりにも孤独な防衛本能だったのだ。
「……。不比等。……。あんたは、悲しみから始まったのか。……。でも、そのために今生きている奴らの『ノイズ』まで消し去るなんて、それはもう救済じゃない!!」
亮が叫ぶと、迷宮が激しく振動し、映像が「検閲(パッチ)」によって掻き消された。
代わりに現れたのは、不比等直属の守護プログラム――**【論理(ロジカル)の亡霊】**の群れだった。
それは、歴史から「不必要」と判断され、不比等に削除された者たちの残存データが、無機質な鎧を纏った兵士たち。
「……。亮! 奴ら、実体がないわ!! ……。私の矢が、計算式の隙間をすり抜けていく!!」
サクの放った銀矢が、兵士の胸を透過して虚空へと消える。厳心の槍も、徳蔵の槌も、物理的な法則を無視する彼らには届かない。
「……。くそっ、これが『権限の差』か! ……。那智さん、どうすればいい!!」
「……。亮、落ち着きなさい! ……。奴らは『正論』という名の壁よ。……。不比等の論理を、あんたの『情熱』という名の例外処理(エクセプション)で上書きするしかないわ!!」
那智が亮の背中に手を当て、自身の持つ瑞澪の全演算権限を、亮の神器『雷火・三日月』へと強制転送(アップロード)する。
亮は目を閉じ、迷宮を流れる不比等の「完璧な正義」のログに直接ダイブした。
脳内温度が急上昇し、デバッグ・コートの冷却ファンが悲鳴を上げて回転する。
亮の脳裏に、これまでの旅で出会った人々の顔が、圧倒的な情報量で流れ込んできた。
嘉平さんの土に汚れた手。重吉が流した、技術者としての悔し涙。太一の明るい声。ハナの柔らかな笑顔。
それらは、不比等の「完璧なコード」の中では、いつか消えるノイズ、効率を落とすバグに過ぎない。
(……。違う。……。完璧なんて、ただの死と同じだ。……。俺たちは、間違いながら、傷つきながら、それでも『次の一行』を書き換えるために生きてるんだ!!)
亮は神器を両手で握りしめ、迷宮の「床(論理基盤)」に突き立てた。
「――不比等!! ……。あんたの作った『静かな世界』を、俺たちの泥臭い『ノイズ』でぶち壊してやる!!」
「――タケミカヅチ・オーバーロード・第四階層……『人間賛歌(ヒューマン・ソースコード)』……全開放!!!」
亮の叫びと共に、神器からプラチナの雷光が、物理的な重圧を伴って迷宮全体へと迸った。
それは「正論」を焼き切り、「不完全である権利」を再定義する、自由の閃光だった。
論理の亡霊たちが、人間らしい叫びを上げて霧散していく。
崩落する迷宮の壁。その向こう側に、ついに姿を現した。
天を突く巨大な黒い塔。不比等の本体が眠る「大極殿(だいごくでん)」の中枢サーバー。
そこには、不比等がこれまで「バグ」として排除し、ゴミ箱(リサイクル・ビン)に放り込んできた数千年の日本の歴史、名もなき民たちのログが、巨大な電子の檻に閉じ込められ、絶望的な光を放っていた。
「……。あれは、……。瑞澪の一族だけじゃない。……。不比等に拒絶された、すべての『不完全な歴史』だわ……」
澪が、その光の檻を見つめ、静かに涙を流した。
「……。全部、解放してやる。……。不比等。……。あんたの作ったこの『完璧な嘘』、俺が根底からデバッグしてやるよ!!」
天箱は、崩れゆく迷宮を全速力で駆け抜け、大極殿の最上階へと、その船首を向けた。
だが、そこには不比等本人の、神にも等しい圧倒的な「存在圧」が、亮たちの精神を叩き潰そうと待ち構えていた。
次回予告:第三十四話「不比等降臨と、タケミカヅチの真実」
ついに姿を現した不比等! 彼の振るう「神の権限」を前に、亮の神器が砕け散る!? 絶体絶命の瞬間、亮の身体を流れる「瑞澪の血」と、これまで出会った人々との「絆のログ」が、歴史を覆す最後のパッチを呼び覚ます。最終決戦、ついに開戦!!
かつての大和の街並みは、まるで「未完成の3Dモデル」のようにワイヤーフレームの状態ではためき、空からは数億行ものソースコードが、黒い雨となって降り注いでいる。
「……。何よ、ここ。……。景色が、私の予測を全部裏切ってくる」
サクが、弓を構えたまま周囲を警戒するが、視界に入る道が数秒ごとに「上書き保存(セーブ)」され、ついさっき歩いた場所が虚空へと消えていく。
ここは不比等の精神そのものが具現化した、広大な電脳の迷宮。不比等の思考が「YES」と言えば道が繋がり、「NO」と言えばそこは底なしのデリート・ビットへと変わる、独裁者の箱庭だ。
「……。皆、離れるな! ……。MI-Z-O、現在地の論理階層を特定しろ!!」
『――警告。……。亮、この空間には座標が存在しません。……。不比等の『記憶の断片』が各所にサーバーとして配置されており、それを一つずつ読み解(デコード)しなければ、中枢である大極殿(だいごくでん)への道は開かれません』
その時、迷宮の壁面を構成する巨大な光の柱に、一人の少年のログが映し出された。
それは、不比等――まだ「神」を自称する前の、一人の無力な人間の、あまりにも悲痛な過去だった。
「……。あれは……」
亮は、吸い寄せられるようにその映像を見つめた。
映像の中の少年は、泥にまみれ、戦火に包まれた対馬に似た島で、死にゆく家族の亡骸を抱えていた。当時の未熟な通信環境と、バグだらけの医療システム。少年は必死に家族の「意識データ」を保存しようと、焦げた回路を繋ぎ合わせ、叫んでいた。
『――なぜだ。……。なぜ、世界はこんなにも不完全なんだ。……。大切な人の声が、笑顔が、ノイズ一つで消えていく。……。昨日まであった歴史が、権力者のパッチ一つで塗り替えられる……。許せない。……。許してはいけないんだ』
少年の瞳に宿ったのは、純粋すぎるがゆえの狂気だった。
『――ならば、私が「不変の記録」になればいい。……。この国を、一文字のミスもない永久不滅のコードに変える。……。バグのない世界、死のないデータ。……。それこそが、人類に与えられる唯一の救済だ』
少年の姿が、現在の不比等の冷徹なシルエットへとオーバーラップする。
彼が大和を鉄の都に変え、人々の自由を奪ってまで「完璧」に固執するのは、かつて救えなかった大切なものを、二度と失わないための、あまりにも孤独な防衛本能だったのだ。
「……。不比等。……。あんたは、悲しみから始まったのか。……。でも、そのために今生きている奴らの『ノイズ』まで消し去るなんて、それはもう救済じゃない!!」
亮が叫ぶと、迷宮が激しく振動し、映像が「検閲(パッチ)」によって掻き消された。
代わりに現れたのは、不比等直属の守護プログラム――**【論理(ロジカル)の亡霊】**の群れだった。
それは、歴史から「不必要」と判断され、不比等に削除された者たちの残存データが、無機質な鎧を纏った兵士たち。
「……。亮! 奴ら、実体がないわ!! ……。私の矢が、計算式の隙間をすり抜けていく!!」
サクの放った銀矢が、兵士の胸を透過して虚空へと消える。厳心の槍も、徳蔵の槌も、物理的な法則を無視する彼らには届かない。
「……。くそっ、これが『権限の差』か! ……。那智さん、どうすればいい!!」
「……。亮、落ち着きなさい! ……。奴らは『正論』という名の壁よ。……。不比等の論理を、あんたの『情熱』という名の例外処理(エクセプション)で上書きするしかないわ!!」
那智が亮の背中に手を当て、自身の持つ瑞澪の全演算権限を、亮の神器『雷火・三日月』へと強制転送(アップロード)する。
亮は目を閉じ、迷宮を流れる不比等の「完璧な正義」のログに直接ダイブした。
脳内温度が急上昇し、デバッグ・コートの冷却ファンが悲鳴を上げて回転する。
亮の脳裏に、これまでの旅で出会った人々の顔が、圧倒的な情報量で流れ込んできた。
嘉平さんの土に汚れた手。重吉が流した、技術者としての悔し涙。太一の明るい声。ハナの柔らかな笑顔。
それらは、不比等の「完璧なコード」の中では、いつか消えるノイズ、効率を落とすバグに過ぎない。
(……。違う。……。完璧なんて、ただの死と同じだ。……。俺たちは、間違いながら、傷つきながら、それでも『次の一行』を書き換えるために生きてるんだ!!)
亮は神器を両手で握りしめ、迷宮の「床(論理基盤)」に突き立てた。
「――不比等!! ……。あんたの作った『静かな世界』を、俺たちの泥臭い『ノイズ』でぶち壊してやる!!」
「――タケミカヅチ・オーバーロード・第四階層……『人間賛歌(ヒューマン・ソースコード)』……全開放!!!」
亮の叫びと共に、神器からプラチナの雷光が、物理的な重圧を伴って迷宮全体へと迸った。
それは「正論」を焼き切り、「不完全である権利」を再定義する、自由の閃光だった。
論理の亡霊たちが、人間らしい叫びを上げて霧散していく。
崩落する迷宮の壁。その向こう側に、ついに姿を現した。
天を突く巨大な黒い塔。不比等の本体が眠る「大極殿(だいごくでん)」の中枢サーバー。
そこには、不比等がこれまで「バグ」として排除し、ゴミ箱(リサイクル・ビン)に放り込んできた数千年の日本の歴史、名もなき民たちのログが、巨大な電子の檻に閉じ込められ、絶望的な光を放っていた。
「……。あれは、……。瑞澪の一族だけじゃない。……。不比等に拒絶された、すべての『不完全な歴史』だわ……」
澪が、その光の檻を見つめ、静かに涙を流した。
「……。全部、解放してやる。……。不比等。……。あんたの作ったこの『完璧な嘘』、俺が根底からデバッグしてやるよ!!」
天箱は、崩れゆく迷宮を全速力で駆け抜け、大極殿の最上階へと、その船首を向けた。
だが、そこには不比等本人の、神にも等しい圧倒的な「存在圧」が、亮たちの精神を叩き潰そうと待ち構えていた。
次回予告:第三十四話「不比等降臨と、タケミカヅチの真実」
ついに姿を現した不比等! 彼の振るう「神の権限」を前に、亮の神器が砕け散る!? 絶体絶命の瞬間、亮の身体を流れる「瑞澪の血」と、これまで出会った人々との「絆のログ」が、歴史を覆す最後のパッチを呼び覚ます。最終決戦、ついに開戦!!
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