AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第二章:出雲・​八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編

​第三十六話:稲佐の浜のバイナリ・ダンス

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​ 天箱(アマノハコ)が日本海の荒波を切り裂き、山陰の海岸線へと接近する。

 操舵室のコンソールに映し出されたレーダーチャートは、すでに正常な機能を失っていた。画面全体に走る走査線(スキャンライン)は、時折、現実には存在しないはずの「巨大な蛇」のようなノイズを映し出し、スピーカーからは古い磁気テープが擦れるような、不気味な不協和音が漏れ出している。

​「……ひどいもんだな。対馬の比じゃねえぞ、ここは」

​ 亮は、愛用しているデバッグ・ガントレットの感度を調整しながら、防風窓の向こうを見据えた。

 視界の先に広がるのは、島根県――出雲。
 だが、そこにあるはずの「稲佐の浜」は、亮の知る地図データとは似ても似つかない変貌を遂げていた。

​ 空は。
 本来の青を失い、深い群青色の背景の上に、白銀の数式が滝のように流れ落ちる「マトリックス」と化している。雲の一つ一つが、解像度の低いポリゴンのように角立ち、時折「バチッ」という音を立てて空間そのものが瞬き(フリッカー)を起こしている。

​『――亮。警告します。このエリアの「現実(リアリティ)」は、不比等のシステムによって極限まで圧縮(コンプレッション)されています。……足元の一歩先が、まだレンダリングされていない可能性があります。注意を』

​ ガントレットから響くMI-Z-Oの冷静な声に、亮は短く息を吐いた。

​「レンダリングされてなきゃ、俺がこの『雷火』で耕して、実体化させてやるだけだ。……サク、厳心さん、準備はいいか?」

​ 背後で、新たに打ち直された機械弓を点検していたサクが、鋭い視線で頷いた。

​「いつでもいけるわ。……でも、亮、気をつけて。あの浜辺……何かが『踊って』いるわ」

​ 天箱が接岸し、亮たちがバイナリの砂浜に降り立った瞬間、鼓膜を劈くような音が響いた。
 それは三味線の音色だった。だが、ただの楽器ではない。弦を弾くたびに、空間のピクセルが弾け、火花を散らす「攻撃的な和音(パワーコード)」だ。

​ 砂浜の中心、そこには巨大な「岩」が文字化けしたまま浮遊しており、その岩をステージにするように、一人の女が舞い踊っていた。

​ 朱色の鮮やかな装束。背中に背負った巨大な三味線からは、無数の光ファイバーが髪の毛のように伸び、周囲の空間から強制的にエネルギーを吸い上げている。

​「――ヨォッ!! 待ってたよ、エンジニアさんたち! このエリアの『同期(シンクロ)』がズレすぎてて、あたしのステップだけじゃ、もう物理法則が保てないんだよ!」

​ 女――阿国は、舞いの途中で不敵に笑い、手に持った扇子を翻した。
 扇子から放たれた衝撃波が、背後に迫っていた「亡霊兵士」の頭部を一撃でバーストさせる。

​「あんた、何者だ? 不比等の手先じゃなさそうだが……」

​ 亮が神器『雷火』を構えると、阿国は空中で一回転し、亮の目の前に軽やかに着地した。

​「あたし? あたしは出雲の掃除屋、阿国(おくに)さ! 技術(テクノロジー)なんて理屈じゃない、この国の『魂(グルーヴ)』をデバッグするのが、あたしの仕事だよ!」

​ その時、地鳴りとともに、砂浜のバイナリ・データが隆起した。

 現れたのは、不比等の「国譲りプロトコル」が生み出した巨大な中ボス――【論理の蛇(ロジカル・サーペント)】。
 全身が黒いコマンドラインで構成されたその化け物は、存在するだけで周囲の色彩を奪い、全てを白黒のグリッドへと変えていく。

​「……。MI-Z-O、解析しろ!」

『――対象は、出雲エリアの土地神のデータを書き換えた「改竄パッチ」です。物理的な打撃は99%無効。……亮、彼女の三味線のリズムに合わせて、地脈のクロック周波数を調整しなければ、ダメージは通りません』

​「リズムだと? 俺はエンジニアだぞ、ダンサーじゃない!」

​「ハハッ! 固いこと言いなさんな、エンジニアさん! あたしのビートに、あんたのコードを乗せな! 行くよ、……出雲流・カブキデバッグ、開始(オン・ステージ)!!」

​ 阿国が三味線を一閃させた。
 ベベンッ!! と、重低音が空気を震わせる。
 瞬間に、亮の視界に色鮮やかな「イコライザー」の波形が投影された。

​「……。なるほどな。こいつの音で、敵の『防御シールド(暗号化)』を一瞬だけ解除してるのか!」

​ 亮は、阿国の三味線のリズムを即座に脳内のクロックと同期させた。
 一拍、二拍、……三拍目に、最大火力のデバッグ・コードを鍬(雷火)に込める。

​「――サク!! 左の『欠落データ(デッドコピー)』を狙え! 厳心さん、右からヘイトを稼いでくれ!!」

​「了解!!」

「承知した。……。この老骨、阿国殿の舞に遅れは取らんぞ!」

​ 厳心が漆黒の槍を振るい、論理の蛇の注意を引く。その隙に、サクの放った分裂矢が、蛇の関節部にある「ノイズの継ぎ目」を正確に射抜いた。

​「――いいよいいよ、良いノリだねぇ!! エンジニアさん、トドメのパッチを叩き込みな!!」

​ 阿国が最高潮の舞いを見せる。三味線の弦が真っ赤に加熱し、空間の歪みを一箇所に集中させた。
 亮は、砂浜を力強く踏みしめた。
 
「――神器・雷火……『地脈耕(ちみゃくこう)・出雲リブート』!!!」

​ 亮が鍬を砂浜(バイナリ)に突き立てる。
 黄金の光が、阿国の奏でるリズムに乗って、砂浜を幾何学模様に駆け抜けた。
 
 ドォォォォォォォォォォォォンッ!!
 
 論理の蛇が、その巨大な身体を維持できずに「バッファオーバーフロー」を起こし、数千、数万の文字の欠片となって霧散した。
 
 一瞬の静寂。
 空の文字化けがわずかに収まり、雲の隙間から、偽りではない「本物の夕焼け」の光が、砂浜に差し込んだ。

​「……ハァ、ハァ……。ったく、とんでもねえ女だ」

​ 亮は、熱を帯びたガントレットを冷ましながら、大の字に寝転んだ。
 阿国は、何事もなかったかのように三味線を背負い直し、亮の顔を覗き込んだ。

​「あはは! あんた、良い筋してるじゃないか。名前は、亮……だっけ? 瑞澪の連中を連れてるってことは、あんたが対馬を救ったっていう『あのバカなエンジニア』だね」

​「……。バカは余計だ。……。阿国、あんた、何で一人でこんな無茶をしてる」

​ サクが歩み寄り、警戒を解かずに問いかけた。阿国の瞳が、一瞬だけ真剣な色を帯びた。

​「……。出雲の神様たちがね、みんな『籠城』しちゃったんだよ。不比等のシステムに心を乗っ取られる前に、自分たちをサーバーの奥深くに閉じ込めた。……。あたしは、その鍵を開けられる奴を、ずっとここで待ってたのさ」

​ 阿国は、浜辺の奥にそびえ立つ、巨大な「光の檻」に包まれた出雲大社を指差した。

​「あの中にはさ、日の本の『真のソースコード』が眠ってる。……不比等がどうしても書き換えられなかった、原始のプログラムさ。……亮、あんたなら、あの扉のロック……外せるんだろ?」

​ 亮は立ち上がり、砂を払った。
 視線の先には、不比等の「漆黒の塔」よりも巨大な、古の電脳聖域が鎮座している。

​「……。当たり前だ。……。俺はエンジニアだからな。……。開かない扉があるなら、コードごと耕してやるよ」

​「――言ったね! 気に入った! よし、あたしもギルドの仲間に加わってやるよ。あたしの舞がないと、あの中のロジックパズルは解けないからね!」

​ こうして、亮、サク、厳心の3人に、破天荒な空間ハッカー・阿国が加わった。
 最強のメンバーによる、出雲大社サーバー攻略作戦。
 
 それは、日本の「神話」という名のバックアップデータを巡る、空前絶後のデバッグ・バトルの始まりだった。



​次回予告:第三十七話「たたら製鉄の火と、新素材『ヒヒイロカネ』」
出雲大社の門を開くには、神器『雷火』の出力をさらに上げる必要がある! 亮たちは、山の奥深くに隠された伝説の「たたら場」を目指す。そこで待っていたのは、徳蔵のライバルであり、不完全な素材を神器に変える伝説の刀匠だった!?
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