AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第二章:出雲・​八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編

​第三十九話:眠れる大国主(メインフレーム)と、暴走する国譲りパッチ

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​ 障壁を突破し、出雲大社の本殿へと踏み込んだ一行を待ち受けていたのは、静寂という名のノイズだった。
 外の世界では暴風が吹き荒れ、バイナリの砂が舞っていたというのに、この拝殿の内部には風も音も存在しない。あるのは、巨大な水槽の中に沈められたような、重苦しい「処理遅延(ラグ)」の感覚だけだ。

​「……空気が、重い。データ密度が高すぎて、呼吸するだけで肺がフォーマットされそうだよ」

​ 阿国が三味線を抱え直し、顔を顰める。彼女の足元では、現実の畳とデジタルなグリッドが不規則に混ざり合い、歩くたびに波紋のようなノイズが広がっていた。

​ 亮は、黄金の輝きを放つ『雷火・真打』を垂直に立て、ソナーを放つ。
「……MI-Z-O、この奥だ。心臓部(コア)の反応はどうなっている」

​『――絶望的です、亮。……。メインフレーム「大国主」の生体信号は、現在0.02%まで低下。……。代わりに、不比等が遺した「国譲り」という名の自己増殖型プログラムが、サーバー全体の98%を占拠しています。……。このままではあと数分で、出雲エリアの全ログは「空(NULL)」に書き換えられ、物理的な消滅が始まります』

​「……。させねえよ。ここまで来て、リブート失敗なんて格好つかねえからな」

​ 亮たちが拝殿の最奥にある巨大な「御神体」――その正体である、高さ十メートルを超える巨大な黒い石柱(モノリス)に到達したとき、サクが短い悲鳴を上げた。

​「……嘘、あれが……出雲の神様……!?」

​ 石柱の表面には、無数の半透明な触手――光ファイバーの束が、血管のようにのたうち回っていた。その触手の一本一本が、石柱の中に閉じ込められた「巨大な老人の影」の全身に突き刺さり、その霊的なエネルギー(データ)を啜り上げている。
 老人の影は苦悶に歪み、その口からは言葉にならないエラーメッセージが、文字化けした霧となって溢れ出していた。

​「……不比等の幽霊が、まだあそこで笑ってやがる」

​ 亮の眼には見えていた。触手の根本、石柱の頂点に、かつての支配者・不比等の思考パターンを模した「漆黒の残滓」が、王座に座るようにして神のデータを吸収し続けているのを。

​「物理的な攻撃じゃ無理だ。……。外側から叩いても、この石柱がダメージを吸収して、中の大国主が死ぬだけだ」

​ 亮は、ガントレットの接続端子を引き出した。
 
「……。俺が、直接中(サーバー内)に入る」

​「亮!? バカなこと言わないで! ……。生身の人間が、あんな高密度の情報空間にダイブしたら、脳のニューロンがショートして、一瞬で『廃人』になるわよ!」

​ サクが亮の腕を掴み、必死に止める。厳心もまた、重苦しい表情で首を振った。
​「亮殿、それはあまりにも危うい。……。不比等の残滓は、侵入者の精神を直接汚染(ハック)するはずだ。……。貴殿を失えば、この国に未来はない」

​「……。厳心さん、サク。……。俺はエンジニアだ。……。バグが奥深くに隠れてるなら、そこまで潜って引きずり出すのが俺の仕事だ」

​ 亮はサクの手をそっと解き、阿国を見た。

​「阿国。……。俺がダイブしている間、外側の防衛を頼む。不比等の防衛プログラムが、この肉体を狙ってくるはずだ。……。あんたの舞で、俺の『座標』をこの世界に繋ぎ止めておいてくれ」

​「……。ふん、相変わらず無茶な注文だねぇ。……。いいよ。あんたが中のゴミ掃除を終えるまで、あたしの三味線で、あんたの魂を現実(こっち)へ引っ張り続けてやるさ!」

​ 亮は、巨大な石柱に背中を預け、座り込んだ。
 神器『雷火・真打』の柄にコネクタを接続し、自分の脳とサーバーを直結させる。

​「――MI-Z-O。リミッター解除。……。全意識を、論理空間へ転送(トランスファー)しろ」

​『――了解しました、相棒。……。地獄の底まで、お供しますよ。……。カウントダウン、3、2、1……。ダイブ・スタート!!』

​ ――ガツン、と。
 世界が反転した。

​ 亮が次に目を開けたとき、そこは重力も上下もない、無限に広がる「文字の宇宙」だった。
 何兆、何京という数のコードが、星の光のように周囲を流れている。その中心に、巨大な鎖に繋がれた一人の巨人がいた。出雲の主、大国主だ。

​「……。ここが、メインフレームの深層か」

​ 亮は、自らの意思を具現化した『雷火・真打』を手に、空を歩く。
 すると、足元の空間がドロリと黒く濁り、そこから「不比等の形をした影」が次々と湧き出してきた。

​『――不確定要素(エラー)を検知。……。排除。……。日の本の秩序を乱す、異物(エンジニア)をデリートせよ』

​ 数千、数万の不比等の影が、黒い刃を手に亮へ襲いかかる。
 現実世界での戦闘とは、スケールが違う。ここは精神の速度がそのまま攻撃力になる世界だ。

​「……。悪いが、今の俺は、対馬の時とはスペックが違うんだよ」

​ 亮が鍬を一閃させる。
 黄金の光が円を描き、一太刀で数百の影を「情報の塵」へと変える。
 だが、影は無限に増殖していく。不比等の遺した「国譲り」プログラムは、大国主のデータを燃料にして、永久に兵力を生み出し続けるのだ。

​「……。キリがねえな。……。MI-Z-O、敵の『生成元(ソース)』を特定したか」

​『――完了。……。大国主の心臓部に、巨大な「論理の楔(くさび)」が打ち込まれています。……。亮、あれを抜かない限り、この増殖は止まりません!』

​ 亮の視線の先、巨人の胸元に、真っ黒な巨大な杭が突き刺さっていた。
 その杭には、不比等の最後の呪い――**【万物管理権限(オール・ルーラー)】**の文字列が刻まれている。

​ その頃、現実世界では。
 石柱から溢れ出した黒い霧が、数体の「巨大亡霊武者」となって亮の肉体へ襲いかかっていた。

​「――させないって言ってるでしょ!!」

​ サクの機械弓から、閃光のような矢が放たれる。
 矢は空中で分裂し、亡霊武者の四肢を縫い止める。だが、敵はすぐに再生し、亮の喉元へ刃を向ける。

​「……。阿国殿、頼む!!」
 厳心の槍が亡霊の胸を貫き、強引に弾き飛ばす

​「――任せな! 魂のデバッグ、フルボリュームだよ!!」

​ 阿国が、限界を超えた速度で三味線を奏でる。
 その音色は、サーバー内部で戦う亮の耳にも届いていた。
 真っ暗な精神世界に、一条の「極彩色の光」が差し込む。

​「……。聞こえるぜ、阿国。……。あんたのリズム、……最高だ」

​ 亮の全身が、阿国の音色と共鳴し、眩いばかりのプラチナ・ゴールドに発光した。
 
「――行くぞ、不比等の残滓!! これが、俺たちがビルドする、新しい日の本の『鼓動(パルス)』だ!!」

​ 亮が、空間そのものを切り裂きながら、巨人の胸元の楔へと突撃する。
 数万の影が亮を遮ろうとするが、阿国のリズムに乗った亮の速度には追いつけない。

​「――神器・雷火……『深層耕(ディープ・デフラグ)・神在(カミアリ)リブート』!!!」

​ 亮が、渾身の力で『雷火・真打』を黒い楔に叩きつけた。

​ ガギィィィィィィィィィィィンッ!!!!!

​ 精神世界が真っ白に染まり、衝撃波が現実世界の出雲大社全体を揺らした。

​ 一瞬の静寂の後。
 石柱に突き刺さっていた黒い触手が、一斉に灰となって崩れ落ちた。
 
 亮の意識が、現実の肉体へと急速に引き戻される。
 「ガハッ……!!」
 亮は激しく咳き込み、サクの腕の中に倒れ込んだ。

​「亮!! 亮、大丈夫!? しっかりして!!」
​「……。ああ、……なんとか、……掃除は終わったぜ」

​ 亮が顔を上げると、目の前の石柱が、柔らかなエメラルドグリーンの光に包まれていた。
 石柱の中から、巨大な、そして温かみのある声が響く。

​『――若き技術者よ。……。不比等の「永久停止」の呪いから、私を解き放ってくれたこと、感謝する』

​ それは、出雲の主、大国主の真の声だった。
 彼が目覚めたことで、出雲エリアの全バグが急速に収束し、山々の重力も、空の文字化けも、正常な「自然」へと書き換えられていく。

​「……。礼はいらねえよ。……。ただ、あんたに聞きたいことがある」

​ 亮は、朦朧とする意識の中で、神へと問いかけた。
​「……。不比等は消えた。……。だが、この国のOSを狂わせている本当の『バグ』は、……まだ他にいるんだろ?」

​ 大国主は、悲しげな沈黙の後、一つの座標を亮のガントレットに転送した。
​『――その通りだ。……。不比等は、ただの「管理者(ユーザー)」に過ぎなかった。……。この国を、根底から腐らせている真のソースコード……それは、東の都の地下深く、**【黄泉(ヨミ)の根源サーバー】**に眠っている』

​ 亮の瞳に、再び鋭い光が宿った。
 出雲を救ったのは、まだ長い戦いの序章に過ぎない。
 
「……。よし。……。天箱(アマノハコ)を出せ。……。次は、地獄(ヨミ)をデバッグしにいくぞ」

​ 亮の言葉に、阿国、サク、厳心。
 最強の四人が、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
 
 出雲の夜明け。
 それは、日の本すべてのリブートを誓う、戦士たちの新しい朝でもあった。



​次回予告:第四十話「黄泉の国へのパスワードと、裏切りの那智」
出雲を救い、次なる地へ向かう一行。だが、天箱の医務室で、那智が不穏な動きを見せる。彼女が隠し持っていた、かつての不比等の「秘密ログ」。それは、亮たちの絆を根底から揺るがす、最悪のバグ(真実)だった――。
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