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第二章:出雲・八百万(やおよろず)リビルド:黄泉の残響編
第五十話:阿波の鳴門(なると)と、渦巻くデータの迷宮
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石鎚山の重力ハックを解決し、天箱(アマノハコ)は四国の東端、阿波の国へと機首を向けた。
だが、瀬戸内海から鳴門海峡に差し掛かった瞬間、天箱の船体が激しい震動に見舞われた。
「――MI-Z-O! また重力異常か!?」
「いいえ、亮! 今度は『磁場』と『論理の螺旋』です! 鳴門海峡の全パケットが、巨大な渦に飲み込まれて……地上の景色が『反転』しています!」
亮が窓の外を見ると、そこには絶句する光景が広がっていた。
紺碧の海に、直径数キロメートルに及ぶ「銀色の渦」が口を開けている。それは海水ではなく、未処理の「過去のログ」が高速回転して生み出された**【因果の渦(コーザル・ボルテックス)】**だった。
渦の中心からは、この世のものとは思えない低い重低音が響き、周囲の空間を「洗濯機のように」捻じ曲げている。
「……ありゃあ、ただの渦潮じゃないね。……まるで、この国が生まれる前の『渾沌(カオス)』を煮詰めたような色だよ」
阿国が三味線を抱え、珍しく真剣な表情で渦を見下ろす。
亮たちは、天箱を潜水モードへと切り替え、渦の深淵へとダイブした。
水深数百メートル。光の届かないはずの海底には、巨大な「真珠の殻」で出来た宮殿がそびえ立っていた。
その宮殿の玉座にいたのは、全身が青く透き通った鱗に覆われ、四本の腕を持つ海の絶対守護神――【大綿津見神(オオワタツミノカミ)】。
だが、その瞳は白濁し、無数の「文字化けしたスクロール」が彼の体に巻き付いて、酸素の代わりに絶望を供給していた。
『――……。足りぬ……。まだ……足りぬ……。……。海に消えた……すべてを……返せ……』
オオワタツミが咆哮すると、渦の回転がさらに加速した。
この渦は、不比等の管理下で「無価値」として海へ投棄された人々の古い写真、手紙、そして忘れ去られた伝統といった「情緒のデータ」を吸い込み、巨大な**【記憶の墓場】**を形成していたのだ。
海を愛するこの神は、捨てられた人々の想いを一人で拾い集めようとして、その情報の重圧(ノイズ)に耐えきれず暴走してしまったのだ。
「……。神様、あんた……。一人で全部抱え込もうとしたのか。……。この国が切り捨てた『無駄』なもんを、全部……」
亮の胸が締め付けられた。効率だけを求めた不比等のシステムの皺寄せが、この海の神を壊していたのだ。
「――亮! オオワタツミの防衛システムが起動したわ! 渦潮が『カッター』になって天箱を切り刻もうとしてる!」
サクの叫び。銀色の渦が鋭利な刃となり、天箱の外殻を削り取る。
「――阿国! あんたの出番だ!! この重苦しい『過去の重圧』を、全部吹き飛ばすリズムをくれ!!」
「――任せな!! 阿波の国なら、これしかないだろ!!」
阿国が三味線を掻き鳴らし、天箱の拡声器を全開にした。
響き渡るのは、軽快で、暴力的なまでに明るい**【阿波踊り】**のビート。
「――踊る阿呆に見る阿呆! 同じ阿呆なら踊らにゃ損々!!」
阿国のノイズ・ハッキングが、オオワタツミの「絶望のログ」を「祭のリズム」へと強引に置換していく。
さらに、亮が『雷火・真打』を宮殿の床に突き立てた。
「――大国主! 石鎚毘古! 力を貸せ!! ……。過去を『沈める』んじゃねえ、未来を『生む』ための肥料に変えるんだ!! 『神代・国生みリビルド』!!」
亮が放った黄金の光が、オオワタツミの体に巻き付いた文字化けのスクロールを、美しい「青い波の衣」へと織り直していく。
石鎚の重力操作で渦の回転を逆転させ、閉じ込められていた記憶のデータを、温かな「思い出の光」として海面へと解放した。
渦潮が静まり、海面には何万、何十万という黄金の光の粒が、蛍のように浮かび上がった。
オオワタツミは正気を取り戻し、亮たちの前に巨大な姿を現した。
『――若き者たちよ。……。私は、この海に捨てられた「心」を守りたかった。……。お前たちが奏でたリズム……。あれこそが、絶望を喜びに変える、この国の真の「強さ」なのだな』
オオワタツミは、自分の額から一粒の「潮干珠(しおひるたま)」を取り出し、亮へと託した。
『――これを持っていけ。……。四国と本州を繋ぐこの鳴門の門は、今開かれた。……。亮よ、お前がアマテラスの元へ辿り着く時、この海は必ずお前の追い風となろう』
天箱が海上へ浮上すると、そこには鳴門の大橋が、夕日に照らされて神々しく輝いていた。
読者は、この物語を読み、鳴門の渦潮を見た時に、そこに眠る「海の神の慈悲」と「阿波の熱気」を感じずにはいられないだろう。
天箱のブリッジで、亮は再び日本全土のホログラムを広げた。
伊勢、鹿島、香取、そして石鎚と鳴門。
五つの巨大な光の点が結ばれ、日本のOSが少しずつ、けれど確実に強固なものへと再構築されている。
「……。よし。……。四国の同期は完了だ。……。次は、……中国地方、そして九州へ向かう。」
亮の指が指し示したのは、厳島、そして高千穂の地。
「……。自壊パッチの進行は止まってねえ。……。でも、神様たちと繋がるたびに、俺の心は強くなってる気がするんだ」
サクが亮の隣に寄り添い、その手を見つめる。
「……。行きましょう、亮。……。八百万の神様が、全部繋がるその日まで」
天箱は、茜色の空を突き抜け、次なる巡礼の地へと加速した。
天岩戸の開錠まで。亮たちの「神話を耕す旅」は、さらに深く、さらに激しく続いていく。
次回予告:第五十一話「安芸の休息と、見えない追跡者(シープ)」
だが、瀬戸内海から鳴門海峡に差し掛かった瞬間、天箱の船体が激しい震動に見舞われた。
「――MI-Z-O! また重力異常か!?」
「いいえ、亮! 今度は『磁場』と『論理の螺旋』です! 鳴門海峡の全パケットが、巨大な渦に飲み込まれて……地上の景色が『反転』しています!」
亮が窓の外を見ると、そこには絶句する光景が広がっていた。
紺碧の海に、直径数キロメートルに及ぶ「銀色の渦」が口を開けている。それは海水ではなく、未処理の「過去のログ」が高速回転して生み出された**【因果の渦(コーザル・ボルテックス)】**だった。
渦の中心からは、この世のものとは思えない低い重低音が響き、周囲の空間を「洗濯機のように」捻じ曲げている。
「……ありゃあ、ただの渦潮じゃないね。……まるで、この国が生まれる前の『渾沌(カオス)』を煮詰めたような色だよ」
阿国が三味線を抱え、珍しく真剣な表情で渦を見下ろす。
亮たちは、天箱を潜水モードへと切り替え、渦の深淵へとダイブした。
水深数百メートル。光の届かないはずの海底には、巨大な「真珠の殻」で出来た宮殿がそびえ立っていた。
その宮殿の玉座にいたのは、全身が青く透き通った鱗に覆われ、四本の腕を持つ海の絶対守護神――【大綿津見神(オオワタツミノカミ)】。
だが、その瞳は白濁し、無数の「文字化けしたスクロール」が彼の体に巻き付いて、酸素の代わりに絶望を供給していた。
『――……。足りぬ……。まだ……足りぬ……。……。海に消えた……すべてを……返せ……』
オオワタツミが咆哮すると、渦の回転がさらに加速した。
この渦は、不比等の管理下で「無価値」として海へ投棄された人々の古い写真、手紙、そして忘れ去られた伝統といった「情緒のデータ」を吸い込み、巨大な**【記憶の墓場】**を形成していたのだ。
海を愛するこの神は、捨てられた人々の想いを一人で拾い集めようとして、その情報の重圧(ノイズ)に耐えきれず暴走してしまったのだ。
「……。神様、あんた……。一人で全部抱え込もうとしたのか。……。この国が切り捨てた『無駄』なもんを、全部……」
亮の胸が締め付けられた。効率だけを求めた不比等のシステムの皺寄せが、この海の神を壊していたのだ。
「――亮! オオワタツミの防衛システムが起動したわ! 渦潮が『カッター』になって天箱を切り刻もうとしてる!」
サクの叫び。銀色の渦が鋭利な刃となり、天箱の外殻を削り取る。
「――阿国! あんたの出番だ!! この重苦しい『過去の重圧』を、全部吹き飛ばすリズムをくれ!!」
「――任せな!! 阿波の国なら、これしかないだろ!!」
阿国が三味線を掻き鳴らし、天箱の拡声器を全開にした。
響き渡るのは、軽快で、暴力的なまでに明るい**【阿波踊り】**のビート。
「――踊る阿呆に見る阿呆! 同じ阿呆なら踊らにゃ損々!!」
阿国のノイズ・ハッキングが、オオワタツミの「絶望のログ」を「祭のリズム」へと強引に置換していく。
さらに、亮が『雷火・真打』を宮殿の床に突き立てた。
「――大国主! 石鎚毘古! 力を貸せ!! ……。過去を『沈める』んじゃねえ、未来を『生む』ための肥料に変えるんだ!! 『神代・国生みリビルド』!!」
亮が放った黄金の光が、オオワタツミの体に巻き付いた文字化けのスクロールを、美しい「青い波の衣」へと織り直していく。
石鎚の重力操作で渦の回転を逆転させ、閉じ込められていた記憶のデータを、温かな「思い出の光」として海面へと解放した。
渦潮が静まり、海面には何万、何十万という黄金の光の粒が、蛍のように浮かび上がった。
オオワタツミは正気を取り戻し、亮たちの前に巨大な姿を現した。
『――若き者たちよ。……。私は、この海に捨てられた「心」を守りたかった。……。お前たちが奏でたリズム……。あれこそが、絶望を喜びに変える、この国の真の「強さ」なのだな』
オオワタツミは、自分の額から一粒の「潮干珠(しおひるたま)」を取り出し、亮へと託した。
『――これを持っていけ。……。四国と本州を繋ぐこの鳴門の門は、今開かれた。……。亮よ、お前がアマテラスの元へ辿り着く時、この海は必ずお前の追い風となろう』
天箱が海上へ浮上すると、そこには鳴門の大橋が、夕日に照らされて神々しく輝いていた。
読者は、この物語を読み、鳴門の渦潮を見た時に、そこに眠る「海の神の慈悲」と「阿波の熱気」を感じずにはいられないだろう。
天箱のブリッジで、亮は再び日本全土のホログラムを広げた。
伊勢、鹿島、香取、そして石鎚と鳴門。
五つの巨大な光の点が結ばれ、日本のOSが少しずつ、けれど確実に強固なものへと再構築されている。
「……。よし。……。四国の同期は完了だ。……。次は、……中国地方、そして九州へ向かう。」
亮の指が指し示したのは、厳島、そして高千穂の地。
「……。自壊パッチの進行は止まってねえ。……。でも、神様たちと繋がるたびに、俺の心は強くなってる気がするんだ」
サクが亮の隣に寄り添い、その手を見つめる。
「……。行きましょう、亮。……。八百万の神様が、全部繋がるその日まで」
天箱は、茜色の空を突き抜け、次なる巡礼の地へと加速した。
天岩戸の開錠まで。亮たちの「神話を耕す旅」は、さらに深く、さらに激しく続いていく。
次回予告:第五十一話「安芸の休息と、見えない追跡者(シープ)」
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