勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

ゴンタの交渉

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 ミュレアの言葉を受け、バニッシュは腕を組んで考え込んでいた。

(……魔獣や外敵なら、結界でどうにでもなる)

 だが、商業、流通、利権――そういった世界の問題に関しては、正直なところ自分の手には余る。
 ミスティリアがその役を引き受けてくれるというのは、確かに理にかなっている。
 拠点を守る盾になるという説明も、理解できた。

 ――そのときだった。

「……話は、わかりやした」

 場違いなほど大きな音が、パンッ――と応接室に響く。
 テーブルに叩きつけられたのは、ゴンタの手だった。
 つい先ほどまで冷や汗をだらだら流し、縮こまっていたキツネの獣人。
 今もなお額には汗が滲んでいるが、それでも彼は顔を上げていた。
 バニッシュとリュシアは、思わず同時にゴンタを見る。

「確かに……確かに、ありがてえ話でやんす」

 ゴンタはへへ、と引きつった笑みを浮かべる。

「市場の混乱を防いでくれる。でっかい商会からも守ってくれる。弱小の拠点には、喉から手が出るほどありがてえ」

 その言葉に、初老の執事は無言のまま視線を向ける。
 ミュレアも、静かにゴンタを見つめていた。
 ゴンタは一度ごくりと喉を鳴らし、続ける。

「ただ――」

 冷や汗を拭うこともせず、ゴンタは言った。

「それだと、そちらさんの得が……正直、多すぎるんじゃありやせんか?」

 空気が、ぴんと張り詰めた。
 リュシアが目を見開き、バニッシュも一瞬だけ眉を上げる。

「……というと?」

 ミュレアは、感情の起伏を一切見せぬまま、ゴンタへと視線を向けた。
 澄んだ海の底のようなその瞳に射抜かれ、ゴンタは思わず喉を鳴らす。

「さっきも言った通りでやんす」

 ゴンタは手をぎゅっと握りしめ、言葉を紡ぐ。

「あっしらの拠点は、まだ発展途上でありやす。皆、明日食う物を確保するので精一杯。冬を越せるかどうかも、正直なところ綱渡りでやんす」

 その声は震えていたが、言葉ははっきりとしていた。

「それでも……切り詰めて、分け合って、ここに並ぶ商品を持ってきた」

 ゴンタは、白布のかかった盆の上――ザキュロの実、魔紅果の酒、米へと視線を向ける。

「それは――冬を越すためでやんす」

 静かな部屋に、その言葉が落ちる。

「拠点を守る道具を仕入れるため。家を直すため。子どもたちに、来年の春を迎えさせるため」

 ゴンタは再びミュレアを見た。
 ミュレアは、相変わらず無表情のまま、しかし確かに見定める目でゴンタを見ている。
 その視線に気圧され、ゴンタの額から汗が一筋、頬を伝う。

「だから……あっしらの拠点と契約を結ぶにあたって、こっちからも条件を――提案させてもらいたいでやんす」

 その一言に、応接室の空気がわずかに変わった。

 ミュレアは、しばし無言のままゴンタを見定めていた。
 その沈黙は重く、部屋の空気すら張り詰めさせる。
 ゴンタは乾いた舌を潤すように喉を鳴らし、覚悟を決めて言葉を続けた。

「まず一つ,どのみち、この商品を継続して供給するには、人手が必要でやんす。畑も、酒造りも、選別も……全部、人の手がいる」

 視線を逸らさず、ミュレアを見据える。

「そこで、ミスティリアから人材を派遣してほしいでやんす。拠点の発展と、安定した生産のために必要なんでやす」

 ゴンタはもう一つ指を立てた。

「それともう一つ,交易品として、これらの品をミスティリアに優先的に提供する代わりに、あっしら拠点も、ミスティリアとの優先的な取引権を認めてほしいでやんす」

 ゴンタの言葉が終わると、室内は再び静まり返る。
 ミュレアは、ゆっくりと目を閉じた。
 考えるように、否――すでに答えを持っている者が、確認するかのような静けさだった。
 やがて、彼女はゆっくりと目を開く。

「……わかった」

 その一言に、空気が弾ける。

「いいのか?」

 思わず声を漏らし、半ば信じられないようにバニッシュは問い返す。

「うん。その条件でいい」

 ミュレアは淡々と、しかし迷いなくそう告げた。

「すごいな、ゴンタ!」

 バニッシュが思わず立ち上がり、目を輝かせる。

「やったじゃない!」

 リュシアも、嬉しそうに声を弾ませた。
 ゴンタは一瞬きょとんとしたあと、へへ、と気恥ずかしそうに頬を掻く。

「い、いやぁ……必死だっただけでやんすよ」

「――ただし」

 ミュレアの声が、静かに場を引き締める。

「すべては、貴方たちの言葉が真実だと証明されてから。まずは、貴方たちの拠点を視察させてもらう」

 その言葉に、バニッシュは小さく息を吐き、そして力強く頷いた。

「ああ、わかってる」

 そう言って、バニッシュはたちあがり一歩前に出て、握手を求めるように手を差し出した。
 だが――ミュレアは、その手を一瞥しただけで、視線を逸らす。

 拒絶ではない。
 だが、受け入れでもない。
 彼女は淡々と告げる。

「今後の件については、タナトスが引き受ける」

 そう言って、初老の執事へと視線を向ける。

「視察に関すること、人材、交易品、契約に関することすべてを彼に任せる」

 タナトスは一歩前に出て、胸に手を当て、深く頭を下げた。

「畏まりました」

 その所作は完璧で、感情を一切挟まないものだった。
 ミュレアはそれ以上何も言わず、すっと立ち上がる。
 そして、これまで一言も発さず隣に控えていた少年を伴い、部屋の出口へと向かう。

 扉が開き、二人の姿が廊下へ消えていく。
 その背中を見送りながら、バニッシュは差し出していた手をゆっくりと引っ込め、頭をかきながら苦笑する。

(……まあ、そうだよな)

 まだ、信頼は得ていない。
 だからこそ、握手は交わさない。

 親睦は、真実が証明されてから――それが、ミスティリアを治める者の流儀なのだろう。
 扉が閉まり、応接室には再び静寂が戻る。
 その中で、タナトスが一歩進み出た。

「それでは、改めまして」

 初老の執事は、穏やかながらも鋭さを秘めた視線でバニッシュたちを見渡す。

「このタナトスが、貴方方の担当を務めさせていただきます」

 胸に手を当て、静かに頭を下げる。
 その姿に、バニッシュは背筋を伸ばした。

 ――ここからが、本当の始まりだ。

 信頼を勝ち取るための“視察”という名の試練が、いま、静かに幕を開けようとしていた。
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