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前編
銀の魔術師
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お披露目パーティーの狂乱から一夜明け、エリュシオンの朝は驚くほど穏やかだった。
私は、ゼノ様の私邸にある広大な庭園のテラスで、彼と二人きりの遅い朝食を摂っていた。
「ミア、このオムレツは君の口に合うかな? 君が昨日あまり食べていなかったから、シェフに一番軽いものを作らせたんだ」
ゼノ様は、自分の食事はそっちのけで、私の皿に次々と新鮮な果物やパンを運んでくれる。その純粋な心配りを感じると、自然と心が解けていく。
「はい、ゼノ様。とっても美味しいです。……なんだか、夢を見ているみたい」
「夢じゃないよ。……これから毎日、君がこうして穏やかな朝を迎えられるようにするのが、僕の本当の仕事なんだから」
ゼノ様が私の手首にそっと指を触れ、愛おしそうに目を細めた、その時だった。
「おやおや、エリュシオンの王子様が、随分と甘い『騎士様』になったもんだね」
頭上から、羽毛のように軽やかで、けれど劇場に響く役者のような凛とした声が降ってきた。
見上げると、庭園の大きな東屋の屋根の上に、一人の青年が優雅に腰掛けていた。
太陽の光を反射して白銀に輝く、プラチナブロンドの髪。瞳は、南国の海のように鮮やかなターコイズブルー。
彼は杖をくるりと回すと、重力を無視したような動きでひらりと地面に舞い降りた。
「……アポロ。また屋根の上か。いい加減、扉から入ることを覚えたらどうだ」
ゼノ様は呆れたように息を吐いたけれど、その表情は昨夜の敵に向けたものとは全く違っていた。どこか年相応の少年に戻ったような、親しみのある呆れ顔だ。
「扉からなんて退屈じゃないか。それより、おめでとうゼノ。ついに伝説の聖女様を射止めたって噂を聞いて、居ても立ってもいられなくてね」
アポロと呼ばれた青年は、眩しい笑顔を浮かべ、私の方へ歩み寄ってくる。
「ミア。驚かせてすまない。こいつはアポロ・フォン・ルミナス。僕の幼なじみで、この国の宮廷魔導師団長だ。……まあ、昔から僕の邪魔をするのが趣味の、最高に厄介な奴だよ」
ゼノ様は文句を言いながらも、アポロ様が私の前に跪くのを黙って許した。信頼しているからこその「許容」なのだと、その空気感で伝わってくる。
「初めまして、可憐な女神様。不肖の幼なじみがいつもお世話になっております。……ここの堅物、昔は稽古中に魔法で泥をぶっかけられるたびに、本気で追いかけてくる直情的な奴だったんだよ?」
「……いつの話をしている。ミア、アポロの話は半分……いや、一割だけ信じてくれればいい」
ゼノ様はアポロ様の肩を軽く小突いたけれど、アポロ様は「あはは!」と笑ってそれを受け流し、私にウィンクをした。
自由奔放なアポロ様のペースに、あのゼノ様がどこかリラックスして振り回されている。その光景が新鮮で、私は思わず小さく吹き出してしまった。
「……ふふっ、あはは!」
「おや。女神様が笑った。……ねえゼノ、君が独り占めして怖がらせてるかと思ったけど、案外いい雰囲気じゃないか」
アポロ様は楽しそうに目を細めると、私の髪をそっと見つめた。
「……綺麗な黒だ。ゼノが必死になるのも分かるよ。……さて、ゼノ。彼女を大切にするのはいいけれど、あまり部屋に閉じ込めておくなよ? 彼女の瞳には、もっと広い世界が映るべきだ」
「……分かっている。今日はこれから、街へ連れて行くつもりだ。……アポロ、お前は忙しいんだろう? さっさと仕事に戻れ」
「はいはい、お邪魔虫は退散するよ。……ミア、もしこの堅物が退屈になったら、いつでも僕の魔法の塔へおいで。最高に不思議な世界を見せてあげるからさ」
アポロ様はひらりと手を振り、また光の中に消えてしまった。
嵐が去ったような静寂の中、ゼノ様は少し照れくさそうに、私の手を取り直した。
「……お騒がせしたね、ミア。あいつの言うことは適当だけど、一つだけ……街へ行こうというのは賛成だ。君に、この国の本当の美しさを見てほしいんだ」
ゼノ様は私の目を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。
幼なじみのアポロ様が現れたことで、ゼノ様の「王子」ではない、もっと人間らしい温かい部分に触れられた気がして、私は昨日よりももっと、彼のことが大好きになっていた。
私は、ゼノ様の私邸にある広大な庭園のテラスで、彼と二人きりの遅い朝食を摂っていた。
「ミア、このオムレツは君の口に合うかな? 君が昨日あまり食べていなかったから、シェフに一番軽いものを作らせたんだ」
ゼノ様は、自分の食事はそっちのけで、私の皿に次々と新鮮な果物やパンを運んでくれる。その純粋な心配りを感じると、自然と心が解けていく。
「はい、ゼノ様。とっても美味しいです。……なんだか、夢を見ているみたい」
「夢じゃないよ。……これから毎日、君がこうして穏やかな朝を迎えられるようにするのが、僕の本当の仕事なんだから」
ゼノ様が私の手首にそっと指を触れ、愛おしそうに目を細めた、その時だった。
「おやおや、エリュシオンの王子様が、随分と甘い『騎士様』になったもんだね」
頭上から、羽毛のように軽やかで、けれど劇場に響く役者のような凛とした声が降ってきた。
見上げると、庭園の大きな東屋の屋根の上に、一人の青年が優雅に腰掛けていた。
太陽の光を反射して白銀に輝く、プラチナブロンドの髪。瞳は、南国の海のように鮮やかなターコイズブルー。
彼は杖をくるりと回すと、重力を無視したような動きでひらりと地面に舞い降りた。
「……アポロ。また屋根の上か。いい加減、扉から入ることを覚えたらどうだ」
ゼノ様は呆れたように息を吐いたけれど、その表情は昨夜の敵に向けたものとは全く違っていた。どこか年相応の少年に戻ったような、親しみのある呆れ顔だ。
「扉からなんて退屈じゃないか。それより、おめでとうゼノ。ついに伝説の聖女様を射止めたって噂を聞いて、居ても立ってもいられなくてね」
アポロと呼ばれた青年は、眩しい笑顔を浮かべ、私の方へ歩み寄ってくる。
「ミア。驚かせてすまない。こいつはアポロ・フォン・ルミナス。僕の幼なじみで、この国の宮廷魔導師団長だ。……まあ、昔から僕の邪魔をするのが趣味の、最高に厄介な奴だよ」
ゼノ様は文句を言いながらも、アポロ様が私の前に跪くのを黙って許した。信頼しているからこその「許容」なのだと、その空気感で伝わってくる。
「初めまして、可憐な女神様。不肖の幼なじみがいつもお世話になっております。……ここの堅物、昔は稽古中に魔法で泥をぶっかけられるたびに、本気で追いかけてくる直情的な奴だったんだよ?」
「……いつの話をしている。ミア、アポロの話は半分……いや、一割だけ信じてくれればいい」
ゼノ様はアポロ様の肩を軽く小突いたけれど、アポロ様は「あはは!」と笑ってそれを受け流し、私にウィンクをした。
自由奔放なアポロ様のペースに、あのゼノ様がどこかリラックスして振り回されている。その光景が新鮮で、私は思わず小さく吹き出してしまった。
「……ふふっ、あはは!」
「おや。女神様が笑った。……ねえゼノ、君が独り占めして怖がらせてるかと思ったけど、案外いい雰囲気じゃないか」
アポロ様は楽しそうに目を細めると、私の髪をそっと見つめた。
「……綺麗な黒だ。ゼノが必死になるのも分かるよ。……さて、ゼノ。彼女を大切にするのはいいけれど、あまり部屋に閉じ込めておくなよ? 彼女の瞳には、もっと広い世界が映るべきだ」
「……分かっている。今日はこれから、街へ連れて行くつもりだ。……アポロ、お前は忙しいんだろう? さっさと仕事に戻れ」
「はいはい、お邪魔虫は退散するよ。……ミア、もしこの堅物が退屈になったら、いつでも僕の魔法の塔へおいで。最高に不思議な世界を見せてあげるからさ」
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嵐が去ったような静寂の中、ゼノ様は少し照れくさそうに、私の手を取り直した。
「……お騒がせしたね、ミア。あいつの言うことは適当だけど、一つだけ……街へ行こうというのは賛成だ。君に、この国の本当の美しさを見てほしいんだ」
ゼノ様は私の目を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。
幼なじみのアポロ様が現れたことで、ゼノ様の「王子」ではない、もっと人間らしい温かい部分に触れられた気がして、私は昨日よりももっと、彼のことが大好きになっていた。
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