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前編
夕闇の凶刃 2
ミアの放った黄金の光が収束し、サロンに静寂が戻った。
床には、戦意を完全に喪失し、自らの罪に打ちひしがれて涙を流す刺客たちが転がっている。
ゼノ様は私を壊れ物を扱うように抱きしめたまま、その肩を震わせていた。彼女が無事であった安堵と、守るべき立場にありながら彼女に守られてしまった不甲斐なさ。そして、愛する者を害そうとしたミアの実家への、どす黒いまでの怒りが彼の内で渦巻いていた。
「……さて。騎士様が愛の再確認に忙しい間に、後片付けを済ませてしまおうか」
砕けた窓枠に腰掛けていたアポロが、音もなく床に降り立つ。その手にはいつの間にか、複雑な幾何学模様が刻まれた白銀の杖が握られていた。
アポロは地面にへたり込んでいる刺客の一人の前に歩み寄り、冷徹な瞳で見下ろした。
「エリュシオンの宮廷魔導師団長として、公式に尋問をさせてもらうよ。……もっとも、君たちが今感じている『浄化の余韻』を考えれば、嘘をつく気力も残っていないだろうけどね」
アポロが杖の先を男の眉間に突きつけると、淡い青の魔力が男の脳内へ直接浸透していく。
『真実の吐露』。対象の精神を強制的に弛緩させ、偽証を禁じる高位魔術である。
「誰の命令だ。……いや、誰に『何の目的で』雇われた? 隠さなくていい。君たちの魂は今、彼女の光によって裸にされているんだから」
男はうつろな目で口を開いた。
「……伯爵……エヴァレット伯爵だ。……『不吉なゴミ』を殺せと。……隣国の王子に拾われたなど、家の恥の上塗りだと……。妹のソフィア様も……『あんな泥人形、一突きで殺していいわ』と……笑っていた……」
その言葉がサロンに響いた瞬間、部屋の空気が物理的な重圧となってのし掛かってきた。
「…………今、何と言った?」
低く、地を這うような声。
ゼノ様が私を抱きしめたまま、ゆっくりと顔を上げた。
彼の金髪が逆立ち、情熱的であったはずの赤い瞳は、いまや深淵の底で燃える地獄の業火のごとき色に変色している。
「……僕のミアを、『ゴミ』だと? ……ミアがどれだけの孤独に耐えてきたと思っているんだ……っ!」
ドォォォォォン!!
ゼノ様の背後から、魔力が爆発的に膨れ上がった。別邸全体が地震のように激しく揺れ、サロンの残っていた窓ガラスがすべて粉々に粉砕される。
「ゼノ、落ち着け! 建物が持たない!」
アポロ様が叫ぶが、ゼノ様の怒りはもはや理性の範疇を超えていた。
ゼノ様は私をそっとソファに座らせると、一歩、刺客の方へと踏み出した。その一歩ごとに、床の石畳が溶岩に触れたかのように赤く熱し、溶け落ちていく。
「僕の庭に土足で踏み入り、僕の光を消そうとした罪……。万死に値する。……いや、死など生ぬるい」
ゼノ様が右手を虚空にかざすと、真紅の稲妻を纏った巨大な魔槍が召喚された。
最強の竜騎士の、戦場でも滅多に見せることのない「本気」の殺気が、捕らえられた刺客たちの精神を粉々に砕いていく。
「ミア……。少しだけ、待っていてくれ」
ゼノ様は私の方を振り返り、氷のような冷徹な笑みを浮かべた。
「今すぐ、その『伯爵家』とやらに挨拶に行ってくる。……自分たちが何を捨てたのか、そして、誰の怒りを買ったのか……。その身を焼き尽くす絶望の中で、骨の髄まで分からせてやる」
「ゼノ! 待て、独断で隣国へ乗り込むのは国際問題に――」
アポロ様の制止も、今の彼には届かない。
ゼノ様は魔槍を翻すと、背後の壁を衝撃波だけで吹き飛ばし、外で咆哮を上げる黒竜の背へと飛び乗った。
「国際問題? ……結構なことだ。僕を止めたければ、サンクチュアリの軍勢すべてを連れてくるがいい。……ミアを泣かせた代償が、国一つ分で足りると思わないことだな!!」
黒龍が翼を広げ、夜空へと爆音を立てて舞い上がる。
その背中で、燃えるような赤い瞳をしたゼノ様は、もはや騎士でも王子でもなく、愛する者のために世界を敵に回す気迫を纏っていた。
後に残されたアポロ様は、頭を抱えて溜息をついた。
「……やれやれ。あいつ、本気で国を一つ地図から消すつもりだよ。……ミアちゃん、君、責任とって一生あいつを甘やかしてあげてね。じゃないと、この大陸の平和が終わっちゃうからさ」
エリュシオンの夜に、最強の守護者の、そして最も狂おしい「愛の咆哮」が轟いた。
床には、戦意を完全に喪失し、自らの罪に打ちひしがれて涙を流す刺客たちが転がっている。
ゼノ様は私を壊れ物を扱うように抱きしめたまま、その肩を震わせていた。彼女が無事であった安堵と、守るべき立場にありながら彼女に守られてしまった不甲斐なさ。そして、愛する者を害そうとしたミアの実家への、どす黒いまでの怒りが彼の内で渦巻いていた。
「……さて。騎士様が愛の再確認に忙しい間に、後片付けを済ませてしまおうか」
砕けた窓枠に腰掛けていたアポロが、音もなく床に降り立つ。その手にはいつの間にか、複雑な幾何学模様が刻まれた白銀の杖が握られていた。
アポロは地面にへたり込んでいる刺客の一人の前に歩み寄り、冷徹な瞳で見下ろした。
「エリュシオンの宮廷魔導師団長として、公式に尋問をさせてもらうよ。……もっとも、君たちが今感じている『浄化の余韻』を考えれば、嘘をつく気力も残っていないだろうけどね」
アポロが杖の先を男の眉間に突きつけると、淡い青の魔力が男の脳内へ直接浸透していく。
『真実の吐露』。対象の精神を強制的に弛緩させ、偽証を禁じる高位魔術である。
「誰の命令だ。……いや、誰に『何の目的で』雇われた? 隠さなくていい。君たちの魂は今、彼女の光によって裸にされているんだから」
男はうつろな目で口を開いた。
「……伯爵……エヴァレット伯爵だ。……『不吉なゴミ』を殺せと。……隣国の王子に拾われたなど、家の恥の上塗りだと……。妹のソフィア様も……『あんな泥人形、一突きで殺していいわ』と……笑っていた……」
その言葉がサロンに響いた瞬間、部屋の空気が物理的な重圧となってのし掛かってきた。
「…………今、何と言った?」
低く、地を這うような声。
ゼノ様が私を抱きしめたまま、ゆっくりと顔を上げた。
彼の金髪が逆立ち、情熱的であったはずの赤い瞳は、いまや深淵の底で燃える地獄の業火のごとき色に変色している。
「……僕のミアを、『ゴミ』だと? ……ミアがどれだけの孤独に耐えてきたと思っているんだ……っ!」
ドォォォォォン!!
ゼノ様の背後から、魔力が爆発的に膨れ上がった。別邸全体が地震のように激しく揺れ、サロンの残っていた窓ガラスがすべて粉々に粉砕される。
「ゼノ、落ち着け! 建物が持たない!」
アポロ様が叫ぶが、ゼノ様の怒りはもはや理性の範疇を超えていた。
ゼノ様は私をそっとソファに座らせると、一歩、刺客の方へと踏み出した。その一歩ごとに、床の石畳が溶岩に触れたかのように赤く熱し、溶け落ちていく。
「僕の庭に土足で踏み入り、僕の光を消そうとした罪……。万死に値する。……いや、死など生ぬるい」
ゼノ様が右手を虚空にかざすと、真紅の稲妻を纏った巨大な魔槍が召喚された。
最強の竜騎士の、戦場でも滅多に見せることのない「本気」の殺気が、捕らえられた刺客たちの精神を粉々に砕いていく。
「ミア……。少しだけ、待っていてくれ」
ゼノ様は私の方を振り返り、氷のような冷徹な笑みを浮かべた。
「今すぐ、その『伯爵家』とやらに挨拶に行ってくる。……自分たちが何を捨てたのか、そして、誰の怒りを買ったのか……。その身を焼き尽くす絶望の中で、骨の髄まで分からせてやる」
「ゼノ! 待て、独断で隣国へ乗り込むのは国際問題に――」
アポロ様の制止も、今の彼には届かない。
ゼノ様は魔槍を翻すと、背後の壁を衝撃波だけで吹き飛ばし、外で咆哮を上げる黒竜の背へと飛び乗った。
「国際問題? ……結構なことだ。僕を止めたければ、サンクチュアリの軍勢すべてを連れてくるがいい。……ミアを泣かせた代償が、国一つ分で足りると思わないことだな!!」
黒龍が翼を広げ、夜空へと爆音を立てて舞い上がる。
その背中で、燃えるような赤い瞳をしたゼノ様は、もはや騎士でも王子でもなく、愛する者のために世界を敵に回す気迫を纏っていた。
後に残されたアポロ様は、頭を抱えて溜息をついた。
「……やれやれ。あいつ、本気で国を一つ地図から消すつもりだよ。……ミアちゃん、君、責任とって一生あいつを甘やかしてあげてね。じゃないと、この大陸の平和が終わっちゃうからさ」
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