【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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後編

鉄の使節

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​ 王宮の本邸へと続く大広間は、私の歩みに合わせて咲き誇る季節外れの花々で、微かに甘い香りに満ちていた。しかし、玉座の間の重厚な扉が開かれた瞬間、その温かな空気は、凍てつくような鉄の臭いによって一変した。

​ 広間の中央には、エリュシオンの華美な装飾とは対照的な、実用一点張りの黒い軍服を纏った一団が待ち構えていた。

 先頭に立つのは、顔の半分を無機質な銀の仮面で覆った男。バルガ帝国の特使、カイン・フォン・ブラントである。彼の周囲には、帝国の科学技術の粋を集めたとされる小型の魔導兵器が浮遊し、不気味な駆動音を響かせていた。

​「――お出迎え感謝いたします、ゼノ・エリュシオン殿下。そして、伝説の聖女、ミア殿」

​ 銀仮面の奥で、冷徹な灰色の瞳が私を射抜く。それは人間を見つめる目ではなく、高性能な観測機器が「未知のエネルギー源」を測定する時のような、無機質な好奇心であった。

​「挨拶はいい。バルガが我が国の国境を侵し、正式な手順を無視してまで要求したい『対話』の内容を聞こうか。……内容次第では、君たちの首はこの床を転がることになる」

​ ゼノ様の声は、別邸で私に向けていた甘い温度を完全に失っていた。

 彼の金髪は怒りに小さく波打ち、情熱的であったはずの赤い瞳は、いまや獲物を屠る直前の捕食者の如き輝きを放っている。彼は私の腰を強く引き寄せ、自身のマントの影に私を隠すようにして立ちはだかった。

​「……手厳しい。我々はただ、世界の安定を願っているだけです。ミア殿の『原初の浄化魔法』……。あれがあれば、我が帝国の魔導原子炉から排出される莫大な汚染物質を一瞬で無害化できる。それはひいては、この大陸全体の霊脈を守ることになる。エリュシオンにとっても、悪い話ではないはずだ」

​ カインは淡々と、数値を読み上げるかのように利益を説いた。

 力を「平和」や「美しさ」ではなく、国家を動かすための「燃料」として扱う。そのあまりにも効率的で傲慢な提案に、私の隣にいたアポロ様が、銀髪を揺らして低く笑った。

​「面白いね。君たちが、『世界の安定』を語るのか。……君たちの原子炉が爆発しようが、霊脈が枯れようが、僕たちには関係のないことだ。ミアちゃんの光は、君たちの汚い煤を掃除するための道具じゃないんだよ」

​ アポロ様の瞳が、侮蔑の色を隠さずに特使を睨みつける。

 特使は動じることなく、私に向かって一歩、歩みを進めた。

​「聖女ミア殿。貴女に問いたい。……貴女を地下室に閉じ込め、無能と蔑んでいた伯爵家から救い出したのは確かにゼノ殿下だ。だが、この国もまた、貴女を『聖女』という檻に閉じ込め、一人の王子の所有物にしようとしているに過ぎない。……我が帝国へ来れば、貴女の力は『真理』を解き明かすための最高級の学術対象として、世界の頂点で敬われることになるだろう」

​ 私の指先が、怒りで僅かに震えた。

 この男は、私を救ってくれたゼノ様の愛を、伯爵家が行っていた監禁と同質のものだと言い切ったのだ。

​「……黙れ」

​ ゼノ様の周囲で、黄金の魔力が激しく爆ぜた。

 彼が右手を一閃させると、虚空から真紅の魔槍が具現化し、その石突が石畳を粉砕して床を揺らす。最強の竜騎士が放つ絶対的な威圧に、バルガの護衛兵たちが一斉に武器を構えた。

​「僕のミアを、君たちの醜い野心と一緒に語るな。……彼女は僕の魂の番であり、この国の希望だ。彼女が笑っているだけで、冬が春に変わる。その奇跡を『効率』という定規で測ろうとする貴様らの存在そのものが、不快極まりない」

​ ゼノ様は一歩踏み出し、魔槍の穂先をカインの喉元へ突きつけた。

​「最後通告だ。今すぐその薄汚い軍旗を畳んで、我が国から失せろ。……次に彼女の名前をその汚い口で呼んだ瞬間、バルガ帝国の国境は、僕の黒龍によって地図から消滅すると思え」

​ 広間を支配したのは、もはや対話の余地を一切残さない、絶対的な拒絶。

 銀仮面の男は、数秒の沈黙の後、肩をすくめて優雅に一礼した。

​「……承知いたしました。本日のところは、退散するとしましょう。ですがゼノ殿下……。解析できない力は、いずれ周囲を焼き尽くす。貴方がいつまで、その『太陽』を独占していられるか、楽しみにしていますよ」

​ 不気味な言葉を残し、バルガ帝国の使節団は霧が晴れるように広間を去っていった。

 静寂が戻った謁見の間で、ゼノ様は呼吸を整え、すぐに私の肩を抱き寄せた。

​「……ミア、怖かったかい? すまない、また不浄なものに君を晒してしまった」

​「いいえ、ゼノ様。……私、あの人の言ったこと、一つも信じていませんから。私の力は……ゼノ様と一緒に、この国を守るためにあるんです」

 実家という闇を払った後、世界という巨大な荒波が私たちを飲み込もうとしている。

 けれど、繋がれた手の熱が、私に確かな勇気を与えてくれていた。
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