【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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後編

季節はずれの春

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 サンクチュアリ王国の伯爵家が崩壊し、私を地下室に縛り付けていた鎖が断たれてから、一ヶ月が過ぎた。

 エリュシオン王国の冬は本来、厳しい冷気に包まれるはずだと聞いている。しかし、窓の外に広がる別邸の庭園は、いまや季節を忘れたかのような百花繚乱の輝きに満ちていた。

​「……また、咲いてる」

​ テラスへ一歩踏み出すと、足元から小さな白い花々が、まるで私の歩みを祝うように次々と芽吹き、開花していく。本来なら雪に覆われているはずの石畳は、いまや柔らかな緑の絨毯に覆われていた。
 
 実家の呪いを焼き払ったあの日、私の内側で眠っていた「光」は、その扉を完全に取り払ってしまったらしい。

 私が安らぎを感じれば街の空は晴れ渡り、私が喜びを感じれば枯れ木が若葉を芽吹かせる。

人々はこれを「女神様の祝福」と呼び、奇跡を称えてやまないが、私自身は、己の指先から溢れ出す圧倒的な生命の奔流に、どこか戸惑いを隠せずにいた。

​「ミア。やはりここにいたか。外は……いや、ここはもう、外という概念すら当てはまらないようだね」

​ 背後から響く、聞き慣れた穏やかな声。

 振り返ると、そこには上質な普段着を纏ったゼノ様が立っていた。黄金の髪が陽光に溶け、情熱的な赤い瞳が、愛おしそうに私を射抜く。

 彼は私の側に歩み寄ると、私の周囲でキラキラと舞う光の粒子を、慈しむように手で払った。

​「ゼノ様。……また、お庭を春にしてしまいました。アポロ様が『生態系が壊れる』と頭を抱えていらっしゃったのに」

​「あいつの小言など気にする必要はないよ。……君がここにいて、心穏やかに過ごしている。その事実が世界に溢れ出しているだけだ。これほど誇らしく、美しい光景が他にあるだろうか」

​ ゼノ様は私の手をそっと取り、その掌を自身の頬に寄せた。
 かつての彼に見られた、私を世界から隠そうとするような危うい執着は、いまはもうない。あるのは、一人の女性として、一人の女神として、私の自由を何よりも尊重しようとする騎士の献身だ。

​「だが、ミア。この『季節はずれの春』に惹きつけられたのは、精霊たちだけではないようだ」

​ ゼノ様の瞳に、一瞬だけ騎士の冷徹な色が宿る。
 彼は私の手を引いて、テラスの端へと導いた。
 はるか遠く、王都の正門へと続く街道を見下ろすと、そこにはエリュシオンの青い旗とは異なる、血のようにどす黒い赤の軍旗が列をなしていた。

​「……あれは?」

​「北の軍事帝国、バルガの使節団だ。……あいつらは、力を『美しさ』ではなく『効率』で計る連中だよ。君が実家の私兵を、『おまじない』で無力化し、さらには冬を春に変えてしまったという噂を聞きつけ、その力を魔導兵器の動力源にしようと目論んでいる」

​ バルガ帝国。魔導技術を軍事に転用し、大陸の半分を支配下に置こうとしている巨大な鉄の獣。

 実家という小さな闇を払った後に現れたのは、国を丸ごと飲み込もうとする、巨大な野心であった。

​「ミア。君の光を、醜い野心のために使わせてはならない。それは君への侮辱であり、僕という騎士にとって、万死に値する屈辱だ」

​ ゼノ様は私の肩を引き寄せ、耳元で低く、けれど力強く囁いた。

​「約束しよう。どんな大国の皇帝が君を求めてこようと、僕の槍が届く範囲に、君以外の光を入れはしない。……君は、僕がこの手で見つけ、この国が守り抜くと決めた、唯一無二の女神なのだから」

​ ゼノ様の熱い鼓動が、背中から伝わってくる。

 私は、自分の手のひらに残る黄金の残滓を見つめた。あのお城の地下室で、名前さえ奪われていた頃の私ではない。

 私には、この力がある。

 そして、この力を「誰かの道具」ではなく、「誰かの幸せ」のために使いたいと願う意志がある。

​「……はい。ゼノ様。私の光は、バルガの兵器を動かすためのものではありません。……ゼノ様と、私を迎え入れてくれたこの国の人たちの笑顔のためにあります」

​ 私が顔を上げ、決意を込めて告げると、ゼノ様は感極まったように私を抱きしめた。
 
「ああ……。君は本当に、僕が跪くに相応しい人だ。……行こうか。アポロが本邸で、帝国の不遜な使者を相手に、精一杯の『嫌味』を吐きながら待っているはずだ」

​ 季節を忘れた花々が舞い散る中、私たちは連れ立って王宮の本邸へと向かった。

 平和への祈りが、巨大な野心と衝突する。

 不吉な影と呼ばれた少女の物語は、いまや大陸の運命を揺るがす、真の伝説へと歩みを進めていた。
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