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後編
星の洗礼
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おばあちゃんの幻影が掲げた指先から、黄金の粉雪が舞い降りる。
『星降る谷』を満たしたその輝きは、私の内側に巣食っていたあの「底なしの冷たさ」を、外側から優しく包み込んでいった。
「ミア。貴女が感じているその氷は、呪いでも、ましてや不吉の証でもありません。それは、世界を浄化しようとしたあまりに、貴女の魂が『理』の境界に触れてしまったゆえの、一時的な静寂なのです」
おばあちゃんの声が、頭の芯で心地よく響く。
私は、自分の手を見つめた。
視界の中では、ゼノ様が私を支え、必死な形相で私を呼んでいる。けれど、彼が私の身体を支える強さも、震える指先の熱も、やはり私には届かない。
「……おばあちゃん。私は、ただ、この光を……私を救ってくれた人たちを守るために使いたかっただけなのです」
「ええ、分かっています。……ミア。貴女のその黒髪は、光を吸い込むだけの影ではない。光を守り、命を記録し、あるべき場所へと還すための『宵闇の揺りかご』。……いまこそ、その本当の名前を受け入れなさい」
幻影が私の額に指先を触れた。
その瞬間、視界が真っ白に染まり、私の内側で眠っていた「魔力の穴」が、黄金の炎となって燃え上がった。
ドクン、と。
全身の血管が、一斉に脈動を再開したのが分かった。
それは、暴力的なまでの「熱」の帰還であった。
最初に、足の裏に触れる冷たい石畳の感触が戻ってきた。
次に、頬を撫でる夜風の鋭さ。
そして――私の指先に伝わってくる、ゼノ様の軍服の硬さと、彼が放つ温度が、津波のように私の心を飲み込んだ。
「――っ、ミア! ミア、身体が温かくなって……!」
ゼノ様の悲鳴に近い叫び。
私は、震える手をゆっくりと動かし、彼の頬に添えた。
涙で濡れた、彼の情熱的な赤い瞳の熱さ。
私の指先は、いま、世界を再び「手触り」として認識していた。
「……ゼノ、様……。……あつい。ゼノ様の手……、とっても、あついです」
掠れた私の声に、ゼノ様は一瞬目を見開き、それから崩れ落ちるように私を強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。
彼の金髪が私の首筋をくすぐり、背中に回された腕の力が、昨夜よりもずっと、ずっと確かな安心感となって私を包み込む。
「……ああ、ミア……! よかった……。君を失わずに済んだ……!」
ゼノ様の嗚咽が、私の肩越しに響く。
最強の竜騎士、一国の皇子。そんな肩書きをすべて脱ぎ捨てた、ただの恋人の震え。
私は彼の広い背中に手を回し、自分の胸に溢れる温かな感情を、一粒ずつの光に変えて彼へと注ぎ込んだ。
「ミアちゃん。……おめでとう。君は、自分の光に呑まれることなく、その光を『自分の一部』とすることに成功したようだね」
背後で、アポロ様が安堵の溜息を吐きながら杖を収めた。
彼の瞳も、潤んでいるように見えた。
おばあちゃんの幻影は、満足そうに頷くと、星屑となって空気の中に溶けていった。
不吉だと蔑まれた私の黒髪は、いまや月光を吸い込み、銀の糸のように神々しく輝いている。
けれど。
聖地に訪れた奇跡を祝う間もなく、上空から、あの不快な「鋼の音」が再び響き渡った。
「――やはり、ここでしたか。エリュシオンの逃亡者諸君」
谷の入り口を塞ぐようにして、バルガ帝国の旗艦が姿を現した。
昨日の船とは比べ物にならないほど巨大な、黒い鉄の城。
その最前面に立つのは、帝国の皇帝。
「聖女の真の覚醒……。素晴らしい。これほどの純度、我が魔導要塞の永遠の心臓に相応しい」
皇帝の傲慢な言葉。
けれど、いまの私は、もう震えていなかった。
隣には、私を温めてくれる騎士がいる。背後には、知恵を貸してくれる親友がいる。
「ゼノ様。……いきましょう。私たちの楽園を、これ以上誰にも汚させないために」
『星降る谷』を満たしたその輝きは、私の内側に巣食っていたあの「底なしの冷たさ」を、外側から優しく包み込んでいった。
「ミア。貴女が感じているその氷は、呪いでも、ましてや不吉の証でもありません。それは、世界を浄化しようとしたあまりに、貴女の魂が『理』の境界に触れてしまったゆえの、一時的な静寂なのです」
おばあちゃんの声が、頭の芯で心地よく響く。
私は、自分の手を見つめた。
視界の中では、ゼノ様が私を支え、必死な形相で私を呼んでいる。けれど、彼が私の身体を支える強さも、震える指先の熱も、やはり私には届かない。
「……おばあちゃん。私は、ただ、この光を……私を救ってくれた人たちを守るために使いたかっただけなのです」
「ええ、分かっています。……ミア。貴女のその黒髪は、光を吸い込むだけの影ではない。光を守り、命を記録し、あるべき場所へと還すための『宵闇の揺りかご』。……いまこそ、その本当の名前を受け入れなさい」
幻影が私の額に指先を触れた。
その瞬間、視界が真っ白に染まり、私の内側で眠っていた「魔力の穴」が、黄金の炎となって燃え上がった。
ドクン、と。
全身の血管が、一斉に脈動を再開したのが分かった。
それは、暴力的なまでの「熱」の帰還であった。
最初に、足の裏に触れる冷たい石畳の感触が戻ってきた。
次に、頬を撫でる夜風の鋭さ。
そして――私の指先に伝わってくる、ゼノ様の軍服の硬さと、彼が放つ温度が、津波のように私の心を飲み込んだ。
「――っ、ミア! ミア、身体が温かくなって……!」
ゼノ様の悲鳴に近い叫び。
私は、震える手をゆっくりと動かし、彼の頬に添えた。
涙で濡れた、彼の情熱的な赤い瞳の熱さ。
私の指先は、いま、世界を再び「手触り」として認識していた。
「……ゼノ、様……。……あつい。ゼノ様の手……、とっても、あついです」
掠れた私の声に、ゼノ様は一瞬目を見開き、それから崩れ落ちるように私を強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。
彼の金髪が私の首筋をくすぐり、背中に回された腕の力が、昨夜よりもずっと、ずっと確かな安心感となって私を包み込む。
「……ああ、ミア……! よかった……。君を失わずに済んだ……!」
ゼノ様の嗚咽が、私の肩越しに響く。
最強の竜騎士、一国の皇子。そんな肩書きをすべて脱ぎ捨てた、ただの恋人の震え。
私は彼の広い背中に手を回し、自分の胸に溢れる温かな感情を、一粒ずつの光に変えて彼へと注ぎ込んだ。
「ミアちゃん。……おめでとう。君は、自分の光に呑まれることなく、その光を『自分の一部』とすることに成功したようだね」
背後で、アポロ様が安堵の溜息を吐きながら杖を収めた。
彼の瞳も、潤んでいるように見えた。
おばあちゃんの幻影は、満足そうに頷くと、星屑となって空気の中に溶けていった。
不吉だと蔑まれた私の黒髪は、いまや月光を吸い込み、銀の糸のように神々しく輝いている。
けれど。
聖地に訪れた奇跡を祝う間もなく、上空から、あの不快な「鋼の音」が再び響き渡った。
「――やはり、ここでしたか。エリュシオンの逃亡者諸君」
谷の入り口を塞ぐようにして、バルガ帝国の旗艦が姿を現した。
昨日の船とは比べ物にならないほど巨大な、黒い鉄の城。
その最前面に立つのは、帝国の皇帝。
「聖女の真の覚醒……。素晴らしい。これほどの純度、我が魔導要塞の永遠の心臓に相応しい」
皇帝の傲慢な言葉。
けれど、いまの私は、もう震えていなかった。
隣には、私を温めてくれる騎士がいる。背後には、知恵を貸してくれる親友がいる。
「ゼノ様。……いきましょう。私たちの楽園を、これ以上誰にも汚させないために」
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