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瑠璃色の枷
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お茶会から数日、私は自室に閉じこもって、私を嵌めた「毒の入手経路」を洗っていた。
悲劇のヒロインを演じるつもりはない。私が欲しいのは憐れみではなく、二度目の人生という盤上での完勝だ。
「……まずは侍女のアンナ。彼女の背後にいる司教を叩くには、もっと確実な証拠を掴まないと」
羊皮紙に、前世で私を断頭台へと追いやった名前を書き連ねていく。
アリスターに頼る選択肢は、私の中には存在しなかった。
一度目の最期、彼は私を見捨てたのだ。あの氷のように冷たい瞳――あれこそが彼の本質であり、今の優しさは、単なる幼馴染としての気まぐれに過ぎない。
(彼に心を許すことほど、危険な賭けはないわ。……私は私だけで、この喉元に迫る刃を退けてみせる)
そう自分に言い聞かせた瞬間、ノックもなしに扉が開いた。
この城で、私の私室に無断で入ることを許されているのは、唯一人しかいない。
「ルミナ、中に入るよ」
入ってきたアリスターは、今日は護衛も連れず、手に小さな黒塗りの箱を携えていた。
私は反射的に羊皮紙を裏返し、平静を装って立ち上がる。
「アリスター様……事前にご連絡をいただけると助かりますわ。今は、少し考え事をしていたので」
「そうかい。でも、君が何を考えているかは大体想像がつくよ」
心臓がドクリと跳ねた。
だが、アリスターの瞳には、私の企みを見透かしたような鋭さはなかった。
ただ、何か痛ましいものでも見るような、ひどく静かな、そして昏い色が混じっていた。
彼は私の動揺を気にする様子もなく、机の端に腰を下ろすと、手に持っていた箱を差し出した。
「開けてごらん。君に似合うと思って、職人に急がせたんだ」
私は困惑しながら、その箱を受け取り、蓋を開けた。
中に鎮座していたのは、深みのある瑠璃色の宝石をふんだんにあしらった、チョーカータイプの首飾りだった。
「これは……」
「ベルベットの生地をベースに、特殊な加工を施させた。……これなら、簡単に引きちぎられることも、刃が通ることもない」
……刃が通ることもない?
その言葉に、私は息を呑んだ。
デザインは恐ろしく美しい。けれど、その構造はあまりに重厚すぎた。
首を細く見せるための装飾品というよりは、急所を物理的に保護するための――あるいは、所有者の印を刻むための「首輪」に見えた。
「さあ、着けてあげるよ。……後ろを向いて」
有無を言わせぬ響き。
今の彼には、前世で見せたあの冷淡さは欠片もない。
けれど、その代わりに、底の知れない執念のようなものが、彼を包み込んでいる。
私は抗うことができず、ゆっくりと背を向け、髪をかき上げた。
剥き出しになった首筋。前世で、冷たい鉄が触れたまさにその場所に、アリスターの指先が触れた。
「……っ」
あまりの熱さに、肩が跳ねる。
氷の王子と呼ばれているはずの彼の指が、驚くほど熱を持って、私の肌を這う。
「……アリスター様、擽ったいですわ」
「……動かないで。……ああ、やはりそうだ。ここには、僕以外の指も、風も、ましてや不吉な鉄も……何も触れさせてはいけない気がするんだ。なぜだろうね、ルミナ」
彼の声は、熱に浮かされたように掠れていた。
彼は何も覚えていないはずだ。
私が処刑台に上がったことも、彼自身がそれを黙認したことも。
背後でカチリ、と金具が嵌まる。
ベルベットの厚みと、宝石の重みが、私の首を隙間なく包み込んだ。
それは守られているという安心感よりも、何倍も強い「拘束感」だった。
「鏡を見てごらん」
促されて鏡を見れば、そこには瑠璃色の枷をはめられた自分がいた。
アリスターは私の肩に手を置き、鏡越しに私の瞳をじっと見つめている。
「よく似合っている。……これで少しは、僕の胸のざわつきも収まりそうだ。君が、どこか遠いところへ行ってしまうような、そんな不快な予感がね」
彼は満足そうに微笑んでいるが、その瞳の奥には、自分でも制御しきれていない「飢え」が見えた。
記憶がないからこそ、彼は迷いなく私を「自分のモノ」として扱い、逃げ道を塞いでいく。
「……アリスター様。これを着けていては、夜会のドレスが限られてしまいますわ。……もっと、自由なものがいいです」
私が精一杯の抵抗を試みると、肩に置かれたアリスターの手が、わずかに強さを増した。
「自由? ……ルミナ、君の言う自由の先には、いつも嫌な予感が付き纏う。……放っておけば、君は勝手に僕の手の届かない場所へ消えてしまうだろう? そんな真似、僕は絶対に許さないよ」
その言葉は、まるで呪詛のようだった。
私の「生き残るための計画」が、彼には「自分からの逃走」に見えているのかもしれない。
アリスターは、私の首元にある宝石を、慈しむように親指で撫でた。
「これは僕の誓いだ。……二度と、外そうなんて思わないことだね、ルミナ」
彼が部屋を去った後、私は何度も首飾りの金具に指をかけた。
けれど、複雑に噛み合った仕掛けは、私一人の指先ではどうしても外れなかった。
重い。苦しい。
けれど、この瑠璃色の枷が、アリスターの「無自覚な狂気」の第一歩に過ぎないことを、私は直感していた。
私は鏡の中の、首輪を嵌められた自分を睨みつける。
(ふざけないで、アリスター。……守られるだけの駒になるつもりなんて、毛頭ないわ)
私はペンを握り直し、羊皮紙にさらに深くインクを走らせた。
彼が私を閉じ込めようとするなら、私はその腕さえも利用して、今世を生き抜いてみせる。
悲劇のヒロインを演じるつもりはない。私が欲しいのは憐れみではなく、二度目の人生という盤上での完勝だ。
「……まずは侍女のアンナ。彼女の背後にいる司教を叩くには、もっと確実な証拠を掴まないと」
羊皮紙に、前世で私を断頭台へと追いやった名前を書き連ねていく。
アリスターに頼る選択肢は、私の中には存在しなかった。
一度目の最期、彼は私を見捨てたのだ。あの氷のように冷たい瞳――あれこそが彼の本質であり、今の優しさは、単なる幼馴染としての気まぐれに過ぎない。
(彼に心を許すことほど、危険な賭けはないわ。……私は私だけで、この喉元に迫る刃を退けてみせる)
そう自分に言い聞かせた瞬間、ノックもなしに扉が開いた。
この城で、私の私室に無断で入ることを許されているのは、唯一人しかいない。
「ルミナ、中に入るよ」
入ってきたアリスターは、今日は護衛も連れず、手に小さな黒塗りの箱を携えていた。
私は反射的に羊皮紙を裏返し、平静を装って立ち上がる。
「アリスター様……事前にご連絡をいただけると助かりますわ。今は、少し考え事をしていたので」
「そうかい。でも、君が何を考えているかは大体想像がつくよ」
心臓がドクリと跳ねた。
だが、アリスターの瞳には、私の企みを見透かしたような鋭さはなかった。
ただ、何か痛ましいものでも見るような、ひどく静かな、そして昏い色が混じっていた。
彼は私の動揺を気にする様子もなく、机の端に腰を下ろすと、手に持っていた箱を差し出した。
「開けてごらん。君に似合うと思って、職人に急がせたんだ」
私は困惑しながら、その箱を受け取り、蓋を開けた。
中に鎮座していたのは、深みのある瑠璃色の宝石をふんだんにあしらった、チョーカータイプの首飾りだった。
「これは……」
「ベルベットの生地をベースに、特殊な加工を施させた。……これなら、簡単に引きちぎられることも、刃が通ることもない」
……刃が通ることもない?
その言葉に、私は息を呑んだ。
デザインは恐ろしく美しい。けれど、その構造はあまりに重厚すぎた。
首を細く見せるための装飾品というよりは、急所を物理的に保護するための――あるいは、所有者の印を刻むための「首輪」に見えた。
「さあ、着けてあげるよ。……後ろを向いて」
有無を言わせぬ響き。
今の彼には、前世で見せたあの冷淡さは欠片もない。
けれど、その代わりに、底の知れない執念のようなものが、彼を包み込んでいる。
私は抗うことができず、ゆっくりと背を向け、髪をかき上げた。
剥き出しになった首筋。前世で、冷たい鉄が触れたまさにその場所に、アリスターの指先が触れた。
「……っ」
あまりの熱さに、肩が跳ねる。
氷の王子と呼ばれているはずの彼の指が、驚くほど熱を持って、私の肌を這う。
「……アリスター様、擽ったいですわ」
「……動かないで。……ああ、やはりそうだ。ここには、僕以外の指も、風も、ましてや不吉な鉄も……何も触れさせてはいけない気がするんだ。なぜだろうね、ルミナ」
彼の声は、熱に浮かされたように掠れていた。
彼は何も覚えていないはずだ。
私が処刑台に上がったことも、彼自身がそれを黙認したことも。
背後でカチリ、と金具が嵌まる。
ベルベットの厚みと、宝石の重みが、私の首を隙間なく包み込んだ。
それは守られているという安心感よりも、何倍も強い「拘束感」だった。
「鏡を見てごらん」
促されて鏡を見れば、そこには瑠璃色の枷をはめられた自分がいた。
アリスターは私の肩に手を置き、鏡越しに私の瞳をじっと見つめている。
「よく似合っている。……これで少しは、僕の胸のざわつきも収まりそうだ。君が、どこか遠いところへ行ってしまうような、そんな不快な予感がね」
彼は満足そうに微笑んでいるが、その瞳の奥には、自分でも制御しきれていない「飢え」が見えた。
記憶がないからこそ、彼は迷いなく私を「自分のモノ」として扱い、逃げ道を塞いでいく。
「……アリスター様。これを着けていては、夜会のドレスが限られてしまいますわ。……もっと、自由なものがいいです」
私が精一杯の抵抗を試みると、肩に置かれたアリスターの手が、わずかに強さを増した。
「自由? ……ルミナ、君の言う自由の先には、いつも嫌な予感が付き纏う。……放っておけば、君は勝手に僕の手の届かない場所へ消えてしまうだろう? そんな真似、僕は絶対に許さないよ」
その言葉は、まるで呪詛のようだった。
私の「生き残るための計画」が、彼には「自分からの逃走」に見えているのかもしれない。
アリスターは、私の首元にある宝石を、慈しむように親指で撫でた。
「これは僕の誓いだ。……二度と、外そうなんて思わないことだね、ルミナ」
彼が部屋を去った後、私は何度も首飾りの金具に指をかけた。
けれど、複雑に噛み合った仕掛けは、私一人の指先ではどうしても外れなかった。
重い。苦しい。
けれど、この瑠璃色の枷が、アリスターの「無自覚な狂気」の第一歩に過ぎないことを、私は直感していた。
私は鏡の中の、首輪を嵌められた自分を睨みつける。
(ふざけないで、アリスター。……守られるだけの駒になるつもりなんて、毛頭ないわ)
私はペンを握り直し、羊皮紙にさらに深くインクを走らせた。
彼が私を閉じ込めようとするなら、私はその腕さえも利用して、今世を生き抜いてみせる。
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