冤罪で処刑された令嬢は、冷酷な幼馴染王子から距離を置きたい

ムラサメ

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お茶会

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アリスターが部屋を去り、重苦しい沈黙が解けた後、私はすぐにペンを執った。

 震える指先を強引に黙らせ、紙に前世の「詰み盤」の構成要素を書き出す。
​ ――毒殺未遂事件。

 実行犯は私の侍女だが、黒幕は教会の司教と、王子の側近の一人だったはずだ。彼らは私の実家の軍事力を恐れ、王家との縁を切らせるために私を「毒婦」に仕立て上げた。

​(よく考えないと。彼らが動くのは三回目のお茶会の後。なら、その前に私が『アリスターに嫌われて婚約を白紙にする』か、『自ら修道院へ逃げ込む』のが最速の生存ルートね)

​ 
 私にとってのアリスターは、もはや守るべき初恋の君ではない。
​ 身支度を整え、私は王宮の庭園へと向かった。

 五月の風は心地よいはずなのに、首筋をなでる風が、どうしても断頭台の冷たい刃を思い出させて落ち着かない。
 
「遅かったね、ルミナ。着替えに手間取ったのかい?」

​ ガゼボで待っていたアリスターは、白磁のティーカップを手に、絵画のような美しさでそこにいた。

 前世と同じ、完璧な王子様。私を切り捨てた時と同じ、冷ややかな透明感。
 
「お待たせいたしました、アリスター様」

​ 私はあえて椅子を一つ空けて座った。
 普段の私なら、彼の隣に嬉々として座っていただろう。その変化に、彼はどう反応するか。
 
 アリスターは、私が空けた席を一度だけ見た。

 その視線が動くスピードが、私の着席に対してほんの少しだけ遅れる。朝の部屋で見せた、あの不自然な動き。

​「……今日は、ダージリンだ。君が好きな銘柄だろう」

​ 彼が自らポットを傾け、私のカップに褐色の液体を注ぐ。

 その瞬間、私の背筋を氷の刃が走った。

​(お茶。毒。処刑。死――)

​ 前世の記憶がフラッシュバックする。

 たとえ今、このお茶に毒が入っていなくても、彼が私に「与える」という行為そのものが、死への階段に見えてしまう。

​ 私は、差し出されたカップを手に取ることができなかった。
 喉が引き攣り、胃の奥からせり上がる不快感に耐える。
 
「……どうしたんだい? 毒でも入っているような顔をしているね」

​ アリスターの声は冗談めかしていたが、その瞳は笑っていなかった。
 彼は私の顔をじっと覗き込み、一拍置いてから、自分のカップを私のものと交換した。

​「失礼した。僕の注ぎ方が悪かったかな。……ほら、これなら安心だろう?」

 本来なら、ここで「滅相もございません!」と笑って誤魔化すのが貴族の作法だ。けれど、私はあえて沈黙を選んだ。彼に「扱いづらい、不気味な女」だと思わせるチャンスだ。

​「アリスター様……私は、お茶を飲むのが怖くなりましたわ」

「……ほう。なぜ?」

「理由は分かりません。ただ、喉を通れば、二度と声が出せなくなるような気がして」

​ 嫌悪してくれ。気味悪がって、婚約の話を立ち消えにしてくれ。
 私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
​ だが、アリスターの反応は私の予想を完全に裏切った。

​ 彼は私の手を取り、その細い指先を一本ずつ、壊れ物を扱うような手つきで包み込んだ。

 その力は強すぎず、けれど逃げ出そうとすれば即座に骨を砕きそうな、異様な「圧」を孕んでいた。

​「……そうか。それなら、僕が君の代わりにすべての毒を飲もう。君の喉を焼くものは、僕がすべて飲み干してやる」

​ 彼の声は低く、そしてどこか陶酔しているようだった。無関心なはずなのに。私を駒だとしか思っていないはずなのに。

 彼の言葉選びは、前世の彼からは考えられないほどに湿り気を帯びている。

​「アリスター様、冗談はやめてください。あなたは王族です、一令嬢のために命を懸けるなんて、非合理的だわ」

「非合理的、か。確かに君の言う通りだ」

​ アリスターはふっと笑い、私の手を放した。
 そして、空になった私のカップを見つめながら、独り言のように呟いた。

​「……でも、不思議だね。君が苦しむ姿を想像するだけで、僕の心臓が不快な音を立てるんだ。まるで、かつて同じ光景を……」

​ 彼はそこで言葉を切り、自分のこめかみを押さえた。
 
「……いや、何でもない。忘れてくれ」

​ 再び顔を上げた彼の瞳は、いつもの冷徹なものに戻っていた。

 だが、テーブルの下で彼の手が、シーツを握りしめるように固く震えているのを私は見てしまった。
​ ――確信した。

 アリスターには、前世の記憶なんて欠片もない。
 けれど、彼という人間の中に組み込まれた「魂」そのものが、バグを起こしている。

 前世で私を殺したという罪悪感なのか、あるいは、私を失った後に彼が抱いた狂気なのか。

 彼は無自覚に、私の生存を脅かすほどの「過保護な檻」を編み始めているのかもしれない。

​「アリスター様、失礼いたします。気分が優れないので、今日はこれで」

​ 私は逃げるように席を立った。
 これ以上ここにいれば、彼の「違和感」に飲み込まれてしまう。
 
 早歩きで庭園を抜ける私の背後に、再び視線を感じる。
 振り返らなくても分かった。

 彼は、立ち上がったまま、私が視界から消えるまで一歩も動かずに見送っている。
 
 扉を閉める直前、私は盗み見るように背後を振り返った。
 ガゼボの影で、彼は私が飲み残した冷めた紅茶を、愛おしそうに、けれど地獄の底を覗き込むような瞳で見つめていた。
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