梯の皇子と夢語り

佐木 呉羽

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ワタシは蛇

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 チヨは眠っているとき意外、嗚咽が止まらなかった。いや、眠っているときも泣き続けているかもしれない。
 陽が昇っても月が昇っても、寝所で横になったまま泣いては泣き止み、泣き止んではまた泣く毎日。

 どうしてだろう、なぜだろうと、頭の中をグルグルと同じ問いばかりが何度も巡る。
 答えが出ない問い。誰も答えてくれることのない問いが、チヨを責め続ける。

 チヨは、自らが子を成していたと知らなかった。

 皇子が定期的に部屋へ通ってくれるようになり、夜を共にすようになると、雰囲気から夫婦の目交まぐわいをするようにもなった。
 月のものが来ないとは思っていたけれど、もしやという考えは、あれだけ切望しておきながら……恐らく違うと、自分の中で可能性を掻き消していたのだ。

 なぜなら、アサギの妊娠初期のような具合の悪さは見受けられなかったから。眠気も吐き気もなにも、なんの変調も無かったのだ。

「誰か教えてくれてもよかったじゃないのよ~う~……」

 また涙が流れ始める。
 子が流れていく腹の痛さで子の存在を知るだなんて……バカすぎる。なんて惨めだ。

 皇子が伯耆国を立って二週間は経つ。その間アサギやマツが様子を伺いに部屋まで足を運んでくれたけれど、会うことはしなかった。
 会って、どんな顔を見せればいいか……どんな自分を演じればいいか、分からない。
 マツならまだしも、アサギには嫌な態度ばかりをとっていたという自覚がある。意図してやっていたのだから、当然だ。

(なんで、どうしてよ……)

 アサギに嫌な態度をとった報いだろうか。敵対視せず、仲良しのままだったなら、子が流れることはなかったのだろうか。

 後ろめたいせいか、もしもばかりが頭を占める。
 なにより悲しいのは、ヤマトへ帰った皇子は、チヨが子を宿していたと知らないのだ。
 共に喜べなかった。喜びたかった。
 アサギに子ができたと分かったときのように、チヨも皇子と喜びを分かち合いたかったのだ。

(それさえも叶わなかった……。悔しい……悲しいよぅ……)

 皇子が伯耆国に居ないのに、第三夫人とはいえ、后の座に居る意味はあるのだろうか。居座り続けてなんになる。
 皇子の帰りは、いつになるか分からないというのに。いったい、いつまで待てばいいのだろう。

(アサギちゃんは、いいなぁ……)

 皇子の子を産み育て、少しの時間とはいえ、夫と共に子の成長を見届けられた。

 アサギが羨ましい。

 妻木の里をより庇護してもらうために、皇子との絆を強くするためにと側室に宛てがわれたのに……皇子が居ないのであれば、妻木の里の頭領から命じられた仕事を遂行することもできないではないか。

 チヨは、役立たずだ。

 いや、チヨばかりではない。おそらく、きっとマツも、役立たずであると妻木の頭領から烙印を押されるだろう。

(役立たずなら、私ってばどうなるのかしら?)

 なにも無い。チヨには、なにも無いではないか。

(苦しい。もう、無理……)

 チヨの中を絶望の二文字が占拠する。
 絶望を糧に、腹の中に巣食っている蛇がまた肥える。

(あぁ、コイツのせいだ)

 腹の中に巣食う蛇が、皇子の子を死に追いやったに違いない。

(憎い。憎い……。私が、憎い)

 あの蛇を肥やしたのは、チヨのよこしまな想いや考えだ。
 どうしたら、あの蛇を追い出せるのだろう。

 ーー無理だよ。

 蛇が鎌首をもたげ、チヨの頭の中に直接語りかける。

 ーーワタシはチヨだ。チヨの化身だ。

「嫌よ。私の化身だなんて、ふざけたことを言わないで」

 ーーふざけてなどいない。ワタシはチヨ。チヨが自分だと認めたくないチヨだよ。

 蛇は、赤く細い舌をチロチロと覗かせる。

 ーーワタシの囁きは、チヨの囁き。自分ではない誰かのせいにしたいチヨの想いがワタシの核。

 チヨは拳を握り、力の限りお腹を殴る。

「そんなの、嘘よ。出ていきなさいよ!」

 蛇はシャ~ッと不気味な音を立てて笑った。

 ーーワタシはチヨだから、知っている。チヨが選ぶべきかもしれないのに、認めたくないその答えを知っている。

 チヨは、腹を殴ることを止めた。殴っていた拳を反対の手で包み込み、祈るように額に押し当てる。

「ダメ……言わないで!」

 言語化しないで。認識してしまう。認めたくない。

「やめて、やめて! やめなさいよっ!」
 ーー命令に従えないのなら、居る意味が無い。存在意義が無くなった。
「やめて……」

 チヨは耳を押さえ込む。

 ーー存在意義が無くなったのなら、生きている意味が無い。

 チヨの目から、静かに涙が流れる。
 なにもかも失った。幼馴染みも、腹の子も、夫も。頭領からの信頼も。

 蛇の声が、チヨの中で大きくなる。

 ーー生きている意味が無いのなら……
「死ぬしか、ない……」

 チヨは、ポツリと呟いた。
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