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第1章 私のいなくなったお父さんによく似ていて、十歳ほど若い見た目の男の人と出会った。

2.雨の日、怖い思いをした私を助けに、ヒーローが現れた。

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その日は、夕方から小雨。
傘をさすのが、億劫に感じた私は、屋根のある道を選んで帰っていた。

表通りから、一本、裏に入った道は、人通りが全くないわけじゃない。

知っている人は使う道。

自分以外の誰が歩いていようと、気にしない道。

その瞬間は、突然やってきた。

私にとっては、不幸で。

私を見ていた人には幸運な偶然。

小雨は、突然、豪雨に変わった。

私は、屋根が破れていない場所で雨宿りをした。

隣に人が来た。

違う屋根の下に行ってほしかった。
足の位置が、体の距離が近い気がする。
私から離れてくれたらいいのに。

隣に来たのは、知らない男の人。

隣にいるのが公園で会っていた、若い頃のお父さんにそっくりの男の人だったらって、期待してしまった。  

突然の豪雨に心配して、公園から追いかけて来てくれたんだったら、雨宿りを言い訳にして、私から話しかけるのにって。

私の隣に来た男の人は、どうして、わざわざ、私の隣に立っているんだろう。

私のいるところ以外にも、屋根のある場所はある。

駅のホームみたいに、二人で並んで待つような場所じゃない。

隣に立つ男の人と視線を合わせないように、私は雨に打たれている道路を見ていた。

早く、雨が止めばいい、と私は切に願った。

突然。
「今日は、ついている。」
と隣にいた男の人が話し始めた。

「いつもの道じゃないし、雨が降っていて暗いから、誰も、通りすがりの顔なんて見ていない。

毎日、暗くなるまで、年上の男と会っている女子高生が、誰といるかなんて、わざわざ詮索しない。」
と隣にいる男の人は話した。

この男の人は、危険!

雨なんて、ドライヤーで乾かせる。

私は、駆け出そうとした。

男の人の方が早かった。

男の人は、話の途中なのに、と言うなり、逃げようとした私の腕をつかみ、首に手を回してきた。

私は、助けを求めて声をあげたけど、私の声は、雨が地面を叩く音にかき消された。

私の首と腕を掴んだ男の人は、どこかへと私を引きずっていこうとする。

私は、掴まれた腕から、腕を引き抜こうとしながら、首に回された手を外そうと頑張った。

ここで、抵抗しなかったら、連れて行かれる!

絶対に良くないことが起こる!

私は抵抗した。

でも、首に回された手が苦しくて、痛くて。

なんで、今日は、豪雨になったの?

傘をさすのを億劫がるんじゃなかった。

折り畳み傘でも、手に持っていたら、武器になったかもしれないのに。

男の人の指の力は、私の指の力より強くて、腕も首も自由にならない。

このまま連れて行かれるなんて嫌なのに、どうにもできないの?

そんな風に思い始めたとき。

豪雨の中、誰かが走ってくる音がした。

「きーちゃん。」

途端に。
私の首と腕にかかっていた力が消えた。

「もう大丈夫だよ、きーちゃん。」

私を連れて行こうとしていた男の人は、屋根のない道路に倒れ、豪雨に打たれている。

動いていない?

私は、首を撫でながら、駆けつけてきてくれた人に呼びかけていた。

「お父さん、お父さん、お父さんだよね?私のお父さんだよね!」

きーちゃん、という呼び方は、元気だった頃のお父さんが、私を呼ぶときに使っていた。

私の名前は、実月(みつき)。

お母さんは、私を実月と呼んでいる。

お父さんは、私をきーちゃんと呼んでいた。

みーちゃんは、お父さんが昔飼っていた猫の呼び名と同じだから、きーちゃん呼びにしたらしい。

私をきーちゃんと呼ぶのは、お父さんだけ。

私を助けてくれたのは、お父さんだ。

娘のピンチに駆けつけたお父さんだ。

私は、私を助けてくれた人を見上げる。

毎日のように会っている、お父さん似で、お父さんより十歳近く若い容姿の男の人。

豪雨の中、走ってきてくれたであろうその人は、ずぶ濡れになりながら、私の前に立っていた。

「危なかったね。もう大丈夫だよ。きーちゃん。」
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