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第3章 混じり気のない黒は、濁りのない白と同じくらい純粋で強烈。だから、惹きつけられる。

52.今日、私は、罪を犯した。私に優しいお父さんを、私の共犯者にした。

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医者の若い見た目は、最初に私の頭を握り潰そうとした日から変わっていない。

医者の体を蝕んだのは、心の孤独。

長年の孤独に、心が軋み、体が耐えられなくなった。

医者の家族は、対外的には医者の認識を改めたけれど、医者を探し出して会おうとはしなかった。

医者のいない暮らしに慣れてしまい、今さら医者に会う意味を見いだせなかったらしい。

家族に拒絶されて、家族から離れた医者。

医者の心は、拒絶されても厭われても、離れたときから家族を恋しがっていた。

医者の家族が、医者に寄り添う気になって、医者の側にいれば。

医者が家族を恋しがる気持ちは、今よりも薄らいだのかもしれない。

医者の家族を恋しがる気持ちは、離れていた月日の分、増幅されて濃縮されていった。

あるときから。

医者は、家族を探し求めるようになった。

徘徊し始めたのだ。

施術の仕事をしているときは、患者と向き合う気持ちが勝つらしく、徘徊することはない。

施術が終わって、患者が帰ると、緊張の糸が切れてしまうらしく、医者の意識はあやしくなる。

探しに来ることも、会いにくることもない妻子を求めて。

医者は、彷徨い歩くようになった。

会いたい、会いたい。

会いたい気持ちだけで、医者は体を動かす。

医者の施術で見た目が若返っても、休まず無限に動き続ける体力は、体に備わっていない。

元が人の体だから。

自覚ない疲労が、医者の体に蓄積していき、日常生活に支障をきたすようになっていく。

徘徊が度重なるうちに、医者が誇りとしていた、セラピストとして施術する体力、気力が落ちていく。

セラピストとしての施術の時間が減ると、さらに徘徊時間が増えていく。

医者は、お父さんの創造主。

創造主の危機を見逃さないようなプログラムがおとうさんの脳内に組込まれているんだと思う。

お父さんは、徘徊する医者を探し回って、医者の住処に連れ戻したり、医者の日常の管理に時間を取られることが多くなった。

このままだと、お父さんも疲弊する。

私も、今以上にお父さんを助けることはできない。

私の体は、もう高校生のときのような体力がない。

私は、決断した。

医者、お父さん、私。

決断できるのは、私だけ。

私の意思で、私が終わらせる。

私は、私のしたいことをする。

私は医者の気持ちを優先することにした。

私と医者の家族は、他人。

医者とは、腐れ縁になって、情が湧いた。

他人よりは、医者の気持ちを優先するに決まっている。

私の心の黒さは、いくつになっても変わらない、と大きな口は大喜び。

医者の意識が、覚醒しているタイミングを見計らうために、私は、お父さんと、医者の住処に泊まり込んだ。

医者の意識がはっきりしていることを確認した私は、医者に一つの提案をした。

引き返せない提案を。

「家族に会いに行って、家族と暮らす方法は一つある。
後戻りはできない。

命のある間に体を捨てて、残りの寿命を魂だけで過ごす気があるなら、大きな口に体を食べてもらえば、叶う。

施術して、大きな口に喰われた状態の体では、寿命を迎える前に、家族に会えない。

残りの寿命を魂だけになって、医者が自分から、家族の元へ行けば、医者の残り寿命の分だけ、家族といる時間は増える。

死霊よりは、存在がはっきりするらしいから、医者の存在を家族に満喫させられる。

医者の寿命が来たら、医者は彼岸を渡る。

この方法を使って、心残りの家族の元へ行けばいい。

あいたい気持ちを我慢して、我慢して、今までやってきた。

十分過ぎると私は思う。

残り寿命は、我慢せずに、家族に構い倒して、心を楽にすれば?」

私は、医者の気持ちを肯定して、後押しした。

「それは、いい提案だ。
一刻も早く喰ってくれ。
もう、誰もいない場所を探し回るのは、嫌だ。
体がなければ、一刻も早く会いにいける。」
と言う医者の目尻が濡れているのは、見ないことにした。

「お疲れ様。第二の余生を楽しんで。」

私は、最後なので、餞の言葉を贈った。

「ありがとう。」
と医者は言った。

医者に初めてお礼を言われた私はびっくり。

びっくりしている私に、医者は、初めて、悩みが解消されたような穏やかな笑顔を見せる。

「君と君のお父さんがいてくれて良かったと思っている。
肉体があるうちに礼を言っておきたかった。
ありがとう。
元気で。」

医者は、私の頭の上に手を乗せたけど、もう頭を握り潰そうとはしなかった。

「この頭脳に救われた。」

それが、医者の最期に発した言葉になった。

私は、大きな口に合図した。

「大きな口。医者の体を食べて。医者の魂を体から切り離して、医者の残り寿命分の自由を医者の魂に。」

大きな口は、医者の体を足先から食べていき、最後に頭を飲み込んだ。

『軽い、体が思い通りだ。』
医者は、魂だけになって、施術していた建物から、飛び出した。

医者は、家族の元へ向かったのだと思う。

医者が生きている間、拒み続けたんだから、医者が引き起こすポルターガイストくらい、甘んじて受け入れるといい。

この日、私は殺人犯になった。

大きな口に命じて、大きな口に、医者の体を食べさせて、息の根を止めた。

私は、人を殺したのだ。

「お父さん、私は、医者を殺したことになるよね。
証拠はどこにもないから、失踪扱いになるけど。」

医者の魂が去ったばかりの医者の住処で、私は、お父さんに話しかける。

「そうだね。」
とお父さん。

「主犯は私で、お父さんは共犯。

私は医者を殺した。
お父さんは、私が医者を殺すのを止めなかった。」

「その通りだね。」
とお父さん。

「勝手にお父さんを私の共犯者にしたけれど。

お父さんは、私と一緒に罪を背負って、私と一緒に墓場まで歩いてくれる?」

「お父さんは、きーちゃんのしたいことは、全部叶えるよ。」
とお父さん。

「ありがとう。」

私とお父さんは、医者の住処での一仕事を終えて帰った。

私とお父さんの時間も、徐々に終わりに向かっている。

お母さんを見送ったときに考え始めたことへ向けて、動き出そう。

私は、もう一つの決心を固めた。
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